竜殺しの孫
靴音を聴いた気がして、竜はふいと目を覚ました。
金色の眼が、ゆらりと開く。
数度瞬かせて、目の前に何か立っていることに気がついた。
「………」
半ば夢の中で、竜はそれに笑いかける。
穏やかな唸りを威嚇と受け取ったか、それは抜き身の大剣を構えた。
鈍い輝き。初老の男。
白いものが混じった頭に鉢金を巻き、炎獣の革鎧で身を守る姿を、ずっと、ずっと前に見たような気がする。
「竜よ」
重く嗄れた声で、それは竜に呼びかけた。
「祖父の仇を、取りに来た」
ああ。
竜は、口許で笑った。
この人は、竜殺しだ。
ずっと前に出会った、竜を殺した人の孫だ。
大剣の切っ先が、陽の光に煌めく。
心臓の上を、真っ直ぐに狙って。
竜は立ち上がらなかった。
竜殺しが祖父の墓の前で、悲願を果たしたと泣く姿を思い浮かべていた。
ざくりと、濡れた繊維を裂く音が響いた。
「………?」
竜は、戸惑ったように男の顔を見上げた。
「なぜ、立ち上がらん」
竜の横腹を薄く削いだ剣を握り締めながら、男は呻いた。
「なぜ立ち上がらん。
所詮は人と、馬鹿にしているのか。
なぜだ、竜よ」
横腹に当てられた刃が震える。
涙が、金色の鱗に落ちた。
竜は眼を細め、微笑んだ。
ぴくりと身体を動かし、一度、小さな声で鳴いた。
大剣を構え直そうとする男の目の前で、竜の巨体が、金色の霧に変じた。
霧が晴れる。
僅かに見えた光るものに、男は反射的に剣を向けた。
そこには、草色の長衣を纏った人間の男が立っていた。
「何のつもりだ、竜よ」
男は剣を降ろさないまま問うた。
竜は細い両腕を広げ、大剣の切っ先に向けて微笑んだ。
「僕を殺してください、竜殺しよ」
警戒を解かない男に向けて、竜は小さく息を吸い込んで、吐いた。
「僕は、もう生きていけないのです。
大切なものを知って、そして失ったから」
竜は語った。
竜が人となった、長い夢の物語を。
男はひとつとも眉根を動かさず、剣を傍に置いて、ただ、声に耳を傾けていた。
そして竜は男に笑いかけた。
貴方の願いを、叶えたいと。
独り朽ちるはずだった身で。
最期に、貴方に会えて、嬉しかったと。
男は傍らの剣を持ち上げ、両手で振り抜いた。
竜殺しの刃を受け入れようと、竜は大きく両腕を広げた。
鋲打ちの革靴が土を蹴る。
金色の眼は一度、洞窟の外から射す陽光を見上げて。
微笑んで。
背後に、ざくりと剣が突き立った。
「どうして、」
長衣をかすめた軌跡を振り返って、竜は眼を見開いた。
竜に背を向け、剣を拾って鞘に納めながら、男は一度振り向いた。
「竜の願いを叶えてやるほど、優しくはない」
洞窟を出ていく後ろ姿を、竜は引き止められなかった。
見開かれたままの眼から、呆然と涙がこぼれた。
竜は気づいていた。
男は、優しかったのだ。
竜殺しの願いより永い無念よりも、
この場で出会った男の物語を、思ってくれる程には。




