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魔王転生、今世は世界を血に染める  作者: 涙目
第一章 足固め

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第八話 最後のディナーショー

この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。

 ハワード家の屋敷に、一台の豪華な馬車が到着した。


 磨き上げられた車体には家紋が刻まれ、窓には高価な装飾が施されている。


 御者が馬車を止めると、屋敷の使用人たちが一斉に頭を下げた。


「お帰りなさいませ、奥様、お嬢様」


 老執事が恭しく出迎える。


 馬車の扉が開き、華やかな衣装を身にまとった二人の女性が降りてきた。


 一人は、この屋敷の当主の妻として振る舞ってきた女性。


 もう一人は、その連れ子である少女だった。


「ああ、疲れたわ。やっぱり馬車での移動は嫌になるわね」


「本当よ、お母様。せっかく楽しい旅行だったのに、帰り道で台無しだわ」


 二人は不満を口にしながら、当然のように屋敷へ足を踏み入れた。


 使用人たちは何も言わず、頭を下げている。


「お風呂の用意はできているのでしょうね?」


「はい、奥様」


「それと、お腹が空いたわ。先に食事にするから、すぐに用意してちょうだい」


「かしこまりました」


 執事は静かに答えた。


 その態度は、以前と何も変わらない。


 少なくとも、二人にはそう見えた。


「それにしても、あの子は相変わらずなの?」


 後妻が何気なく尋ねた。


「……あの子、と申されますと?」


「決まっているでしょう。あの陰気な子供よ」


「ああ、セレスお嬢様でございますか」


「そうよ。まったく、名前を聞くだけでも不愉快だわ」


 後妻は顔をしかめた。


「せっかく一月も顔を見ずに済んだのに、また同じ屋敷で暮らさなきゃいけないなんて」


「本当よね、お母様」


 連れ子も頷いた。


「あの子、まだ私の部屋に近づいたりしていないでしょうね?」


「ご安心くださいませ」


 執事は穏やかに答えた。


「お二人のお部屋につきましては、誰も立ち入っておりません」


「ならいいわ」


 二人は満足そうに頷いた。


 執事は何も言わなかった。


 ただ、静かに二人を食堂へ案内した。


◇


「……何よ、これ」


 食堂に入った後妻は、目の前の料理を見て眉をひそめた。


 長い食卓には、二人分の食事が用意されている。


 だが、それは豪華な料理とは程遠いものだった。


 皿の上には、変色した野菜くず。


 乾いて硬くなったパン。


 脂の浮いた冷たいスープ。


 そして、何の肉なのかもわからない、黒ずんだ切れ端。


 明らかに、食べ残しを寄せ集めたものだった。


「……は?」


 連れ子が呆然と呟いた。


「ねえ、これ……何?」


 後妻は皿を持ち上げた。


 鼻を近づけた途端、顔を歪める。


「くっさ……!」


 次の瞬間。


 ガシャンッ!


 皿が床へ叩きつけられた。


「何よこれ! こんなものを出してどういうつもりなの!?」


 金切り声が食堂に響き渡った。


「ふざけているの!? 私を誰だと思っているのよ!」


「そうよ! こんなの食べ物じゃないわ!」


 連れ子も椅子から立ち上がり、怒鳴り散らした。


「料理長を呼びなさい! すぐに作り直させて!」


 だが、使用人たちは動かなかった。


 執事も、侍女たちも、ただ静かに立っている。


「……ちょっと」


 後妻の声が低くなった。


「聞こえなかったの?」


「……奥様」


 執事が一歩前へ出た。


「お食事は、残さず召し上がっていただきます」


「……は?」


「食べ物を粗末にすることは、屋敷の規則で禁じられておりますので」


 後妻は一瞬、何を言われたのかわからなかった。


 そして。


「何を馬鹿なことを言っているのよ!」


 再び怒鳴り声を上げた。


「こんな残飯を食べろって言うの!? 冗談じゃないわ!」


「……左様でございますか」


 執事は静かに頷いた。


「では、失礼いたします」


 その言葉を合図に、背後に控えていた使用人たちが動いた。


「……え?」


 後妻が振り返る。


 次の瞬間、両腕を掴まれた。


「な、何をするの!?」


 連れ子も同じだった。


「きゃっ! ちょっと、離しなさいよ!」


 二人は必死に抵抗したが、大人の使用人たちに押さえつけられては身動きが取れない。


「貴方たち! 誰に向かってこんなことをしているのかわかっているの!?」


「離して! お母様! 助けて!」


 執事は答えなかった。


 ただ、侍女たちへ視線を向ける。


 侍女たちは無言で皿を持ち上げた。


「……な、何よ」


 後妻の声が震えた。


 侍女の一人が、冷えた食べ残しを匙ですくう。


 そして、後妻の口元へ運んだ。


「……まさか」


 後妻の顔が青ざめる。


「やめなさい! そんなもの、食べるわけ――!」


 使用人が顎を押さえ、無理やり口を開かせた。


「んぐっ!?」


 その隙に、侍女が食べ物を口へ押し込んだ。


 後妻の目が大きく見開かれる。


「んんっ! んぐっ!」


 隣でも、連れ子が同じ目に遭っていた。


「んんんっ! や、やめ……!」


 食べ物が口に入るたび、二人は激しく顔を歪めた。


 ようやく拘束が解かれると、二人はその場に崩れ落ちた。


「うっ……おえええっ!」


「げほっ! うえっ……!」


 床へ吐き出された食べ物が散らばる。


 二人は涙を流しながら、何度も咳き込んだ。


「な、何なのよ……!」


 後妻が震える声で呟いた。


「何なのよ、これは……!」


 そのときだった。


 食堂の扉が、静かに開いた。


◇


「ごきげんよう、お二人とも」


 明るい声が響いた。


 私はにっこりと微笑みながら、食堂へ足を踏み入れた。


 今日のために仕立て直させた、美しいドレスを身にまとっている。


 髪は丁寧に整えられ、胸元には小さな宝石が輝いていた。


 かつての、薄汚れた衣服を着せられていた少女の姿は、どこにもない。


「あらあら。随分と賑やかね」


 私は床に座り込んでいる二人を見下ろした。


「お食事中だったのかしら?」


「……あんた!」


 後妻が顔を上げた。


 その目が、怒りで吊り上がる。


「何であんたがここにいるの! 不愉快よ! 出てってちょうだい!」


「あら?」


 私は首を傾げた。


「ここは私の屋敷なのだけれど」


「何を言っているのよ! ここは私の家よ!」


「ふふふ。そうだったかしら?」


「……っ!」


 後妻が何かを言い返そうとしたとき、隣の連れ子が叫んだ。


「ちょっと! その服!」


 私は視線を向けた。


「……服?」


「何であんたがそれを着ているの! それはまだ着てない服なのに!」


 連れ子は私のドレスを指差していた。


 なるほど。


 このドレスは、彼女のために用意されていたものらしい。


 確かに、衣装部屋には一度も袖を通されていない高価な服が、山のように保管されていた。


 私には、まともな服すら与えられていなかったというのに。


 ……ふふふ。


 随分と贅沢なことね。


「そうなの? でも、とても綺麗だったから、着てみたの」


「ふざけないで! 今すぐ脱ぎなさい!」


「あら、嫌よ」


 私は軽く裾を広げた。


「せっかく似合っているのに」


「この……!」


 連れ子が立ち上がろうとした。


 私は気にも留めず、指を鳴らした。


 パチンッ。


 その瞬間。


「きゃっ!?」


「な、何をするの!」


 使用人たちが再び二人を拘束した。


 後妻は椅子へ押し戻され、連れ子も両腕を掴まれる。


「な、何のつもりなの!」


「やめて! 離して!」


 二人の叫び声が食堂に響いた。


 私は微笑んだ。


「あらあら。そんなに騒いでは駄目よ」


 ゆっくりと二人へ近づく。


「お二人とも、出された食事は残さず食べなきゃ駄目じゃないですか」


「何を馬鹿なことを! こんなもの、食べられるわけ――!」


「……それに」


 私は後妻の言葉を遮った。


 そして、笑顔たっぷりに告げる。


「この屋敷での最後の食事なんですから、たっぷり味わっていってください」


「……え?」


 後妻の動きが止まった。


 連れ子も、呆然と私を見つめている。


「……最後?」


「ええ」


 私は頷いた。


「お父様は、もうこの屋敷には戻ってこられないの」


「……な、何を言って……」


「貴族家の財産を不正に扱っていたことが発覚して、騎士団に連れていかれたわ」


 後妻の顔から、みるみる血の気が引いていく。


「そ、そんな……」


「それでね」


 私は楽しそうに続けた。


「お父様が管理していた財産は、正式な相続人である私のものだと確認されたの」


「……う、嘘よ」


「ふふふ。嘘だと思う?」


 私は執事へ視線を向けた。


 執事は静かに頭を下げる。


「セレスお嬢様のおっしゃるとおりでございます。現在、奥様とお嬢様には、当家の財産を使用する権限はございません」


「……っ!」


 後妻の唇が震えた。


「そ、そんなこと……認められるわけが……!」


「認めるも何も、もう決まったことなのよ」


 私は微笑んだ。


「だから、今日はお別れの食事会なの」


 後妻は何も言えなかった。


 連れ子は、ようやく状況を理解し始めたらしい。


「……じゃ、じゃあ、私たちは……?」


「もちろん、出ていってもらうわ」


「そ、そんな!」


 連れ子が叫んだ。


「私の服は!? 宝石は!? お部屋はどうなるの!?」


「あら」


 私は目を丸くした。


「随分と余裕があるのね。まず心配するのが、服と宝石だなんて」


「だって、私のものよ!」


「そうね。貴女自身の財産なら、持っていけばいいわ」


 私はにっこりと微笑んだ。


「ただし、ハワード家のお金で買ったものは、きちんと確認させてもらうけれど」


「……っ!」


 連れ子の顔が歪んだ。


 私は二人を眺めた。


 ああ。


 実に素晴らしい表情ね。


 自分たちが当然のように享受してきたものを、失うと知った顔。


 かつて私を見下ろして笑っていた者たちが、今はこうして震えている。


 ……ふふふ。


 愉快だこと。


「さて」


 私は手を叩いた。


「お話はこのくらいにしましょうか」


 侍女たちが再び皿を持ち上げた。


 後妻が顔を引きつらせる。


「……ま、待ちなさい」


「何かしら?」


「も、もういいでしょう!? 話はわかったわ! だから、こんなことは――!」


「あら、駄目よ」


 私は首を横に振った。


「まだお食事が残っているもの」


「いやっ! やめて!」


 連れ子が必死に首を振った。


 私は笑顔のまま、侍女たちへ頷いた。


「どうぞ」


 次の瞬間。


「んぐっ!」


「んんんんっ!」


 二人の口へ、再び食べ物が押し込まれた。


 後妻は必死に顔を背けようとしたが、使用人に頭を固定されている。


 連れ子も泣きながら抵抗していた。


 執事が二人の鼻を摘まむと、苦しさに耐えかねて口の中のものを飲み込んでしまう。


「んぐっ……ごほっ!」


「んんっ! んぐうっ!」


 吐き気を催し、口の中のものを戻そうとする。


 しかし、その前に次の食べ物が押し込まれた。


 侍女たちは淡々と作業を続ける。


 口に入れる。


 飲み込ませる。


 そして、また口に入れる。


 水差しが傾けられ、食べ物が水とともに流し込まれていった。


「んんんんっ!」


「んぐっ! んぐうっ!」


 二人の目から、ぼろぼろと涙が零れ落ちる。


 私はその光景を眺めていた。


 ……ああ。


 思い出すわね。


 この身体が、まだ私のものになる前。


 使用人たちは、泣きながら嫌がるセレスの口へ、腐りかけた残飯を押し込んでいた。


 それを見て、笑っていた。


 助けを求めても、誰も助けなかった。


 それどころか、泣けば泣くほど面白がっていた。


 だから。


 今度は、私が笑ってあげましょう。


「あはっ……」


 口元から笑いが漏れた。


 後妻が、涙に濡れた顔でこちらを見る。


 その瞳には、恐怖と困惑が浮かんでいた。


 私はにっこりと微笑み返した。


「あははははは!」


 堪えきれず、声を上げて笑った。


 なんて滑稽なのだろう。


 なんて愉快なのだろう。


 自分が他人にしてきたことを、ほんの少し返されただけで、こんなにも必死になっている。


 あれほど偉そうに振る舞っていた二人が、今では涙と食べ物にまみれている。


「ふふふっ……あははははは!」


 私はお腹を抱えて笑った。


 執事も、侍女たちも、誰一人として声を上げなかった。


 ただ、淡々と与えられた役目を果たしている。


 それがまた、可笑しかった。


 かつてこの屋敷で、セレスが泣いても誰も助けなかったように。


 今もまた、二人を助ける者はいない。


 私は笑いながら、涙を拭った。


「ああ、楽しいわね」


 そして、二人へ向かって微笑んだ。


「どうかしら? 私が毎日いただいていたお食事のお味は」


 返事はなかった。


 返事など、できるはずもなかった。


 ただ、苦しげな声と、食器の触れ合う音だけが響いている。


 私は再び笑った。


「あははははは!」


 その日、ハワード家の屋敷には、セレスの笑い声がいつまでも響き渡っていた。


お読み頂き、ありがとうございます。

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