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魔王転生、今世は世界を血に染める  作者: 涙目
第一章 足固め

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第六話 因果応報は世の常

この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。

 一週間後。


 バンッ!!


 屋敷の一室に、凄まじい音が響き渡った。


 扉が乱暴に開け放たれ、一人の男が飛び込んできたのだ。


 顔を真っ赤に染め、額には青筋が浮かんでいる。


 荒い呼吸を繰り返しながら、男は部屋の中を見渡した。


 そして、寝台に腰掛けて本を読んでいる少女を見つけると、怒鳴り声を上げた。


「貴様! あれはどういう事だ!」


 私は本から目線だけを男に向けた。


 随分と騒々しい来客だこと。


 もっとも、こうして訪ねてくることは予想していた。


 むしろ、一週間もかかったことの方が意外だったくらいだ。


「あら、お父様。今は読書の時間だから、後にしてくださる?」


「……っ!」


 男の顔が更に赤くなった。


 額に浮かんだ青筋が、今にも破裂しそうなほど膨れ上がっている。


「ふざけるな!」


 男は大股で近づいてきた。


 そして、私の目の前まで来ると、手に持っていた本を乱暴に払い落とした。


 パシンッ!


 本が床へ落ち、開いた頁が折れ曲がる。


 私は落ちた本へ視線を向けた。


 まだ読みかけだったのに。


 まったく、困ったものだ。


 ゆっくりと顔を上げ、男を見つめる。


「野蛮ですわね」


「……っ!」


 男の右手が振り上げられた。


 私はその動きを静かに見つめていた。


 避けることは簡単だった。


 魔力で腕を止めることもできる。


 その気になれば、指一本動かさずに男の身体を粉々にすることだって可能だ。


 けれど。


 今は、そうする必要がない。


 むしろ、好都合だった。


 パァンッ!!


 乾いた音が部屋に響いた。


「きゃっ!」


 私は短い悲鳴を上げた。


 男の平手打ちを受けた幼い身体は、いとも簡単に寝台から吹き飛ばされ、床へ転がった。


 頬が熱い。


 口の中に、僅かに血の味が広がった。


 ……なるほど。


 人族の子供の身体というのは、本当に脆いものなのね。


 前世の私であれば、こんな攻撃など蚊に刺されたほどにも感じなかっただろう。


 だが、今は違う。


 この身体は八歳の少女のものだ。


 魔力で強化しなければ、ただの大人の平手打ちですら、これほどの衝撃を受ける。


「このクソガキが! ここまで育ててやった恩を忘れおって!!」


 男は怒鳴り散らした。


 私は床に倒れたまま、その言葉を聞いていた。


 ……育ててやった恩、ね。


 思わず笑いそうになった。


 この身体の記憶を辿っても、父親に優しくされた記憶など、ほとんど見当たらない。


 母親が亡くなってからは、屋敷に寄りつくことすら少なくなった。


 食事は残飯。


 部屋は物置同然。


 使用人たちから虐げられても、誰一人として助けてくれなかった。


 それなのに、育ててやった恩とは。


 ……ふふふ。


 本当に、面白い人ね。


 私は内心でほくそ笑みながら、目元に涙を浮かべた。


 少し魔力を操作すれば、涙を流すことくらい造作もない。


 もっとも、頬の痛みは本物だったけれど。


「痛いわ……お父様」


 震える声で呟く。


 男は、そんな私を見下ろしていた。


「黙れ! 貴様のせいで、私がどれほどの迷惑を被ったと思っている!」


 男は更に声を荒らげた。


「貴族管理局から呼び出しを受け、財産の管理権を停止され、挙げ句の果てには不正の疑いだと!? 全部、貴様が余計なことをしたせいだろうが!」


 私は床に座り込んだまま、男を見上げた。


 あらあら。


 随分と話が進んでいるのね。


 執事には、必要な書類を揃え、貴族管理局へ確認を取るように頼んでいた。


 正式な記録との照合が終われば、父親の行ってきた不正は明らかになる。


 その後の対応は、王国の役人たちに任せればいい。


 私が直接手を下す必要などないのだ。


 それなのに。


 この男は、わざわざ自分から証拠を増やしに来てくれた。


「……お父様、何のお話をされているの?」


 私は涙を拭いながら尋ねた。


「とぼけるな!」


 男は再び手を振り上げた。


 ……さて。


 そろそろかしら。


 そう思った瞬間だった。


 バタンッ!


 部屋の扉が開いた。


「そこまでです!」


 鋭い声が響く。


 数人の騎士が、次々と部屋へ入ってきた。


 全員が鎧を身につけ、腰には剣を佩いている。


 先頭に立つ騎士は、男の姿を見るなり表情を険しくした。


「なんだ貴様らは!」


 男が怒鳴った。


 騎士は冷静に答えた。


「ハワード卿。貴方に実子への虐待と、貴族家乗っ取りの容疑がかけられております」


「なっ!?」


 男が目を見開いた。


 騎士は男の振り上げられた手へ視線を向けた。


 そして、その足元に倒れている私を見る。


 赤く腫れた頬。


 涙に濡れた顔。


 床に倒れたまま震えている、八歳の少女。


 騎士の表情が、一段と険しくなった。


「……虐待については、容疑ではないようですね」


「ち、違う! これは!」


「ご同行願います」


 騎士が一歩前へ出た。


 男は慌てて後ずさった。


「ま、待て! これは誤解だ!」


「……誤解、ですか?」


「そ、そうだ! 娘が我が儘を言うから躾をしていたのだ!」


 私は床に座ったまま、俯いた。


 肩を小さく震わせる。


「……ごめんなさい、お父様……」


 消え入りそうな声で呟く。


 すると、騎士の表情が更に険しくなった。


「……八歳の子供を殴り飛ばすことが、躾だと?」


「そ、それは……!」


「言い訳は牢の中でどうぞ」


 騎士は後ろに控えていた部下へ目配せした。


 すぐさま二人の騎士が男の両脇へ回り、その腕を拘束する。


「な、何をする! 離せ!」


「抵抗はおやめください」


「私はこの家の当主だぞ! 貴様ら、誰に向かって――!」


「現在、貴方の当主権限は停止されております」


「なっ……!」


 男は言葉を失った。


 騎士は淡々と続けた。


「ハワード家の財産および相続に関する不正が確認されております。詳細については、取り調べの場でお聞きします」


「ふ、ふざけるな! 私は何もしていない!」


「では、そのことを取り調べでご説明ください」


 騎士たちは男を連行し始めた。


 男は必死に抵抗したが、鍛え上げられた騎士たちの力に敵うはずもない。


 扉の前まで引きずられていく。


 そのとき。


 男が振り返った。


 床に座り込んでいる私を見つけると、顔を醜く歪めた。


「あの疫病神が!」


 私はびくりと肩を震わせた。


 騎士の一人が、男の背中を強く押した。


「お静かに!」


「くそっ! 全部あいつのせいだ! あのガキさえいなければ!」


 男の怒鳴り声は、廊下の奥へと遠ざかっていった。


◇


 しばらくして。


 私はゆっくりと立ち上がった。


 頬に手を当てる。


 まだ少し痛みが残っていた。


「……まったく、随分と乱暴な人ね」


 指先に魔力を集める。


 淡い光が頬を包み、腫れが静かに引いていった。


 口の中の傷も、すぐに塞がる。


 私は床に落ちていた本を拾い上げた。


 折れ曲がった頁を指でなぞる。


 魔力を流すと、紙は元の形へ戻った。


「……これでよし」


 私は本を閉じ、机の上へ置いた。


 そのとき、扉が静かに叩かれた。


「……お嬢様」


 執事の声だった。


「どうぞ」


 扉が開き、老執事が姿を現した。


 その表情は、どこか複雑そうだった。


「……旦那様は、連行されました」


「ええ、見ていたわ」


 私は窓際へ歩み寄った。


 屋敷の正門では、騎士たちが男を馬車へ乗せているところだった。


 男は最後まで喚き散らしていたが、やがて扉が閉まり、馬車が動き始めた。


 私はその光景を眺めながら、微笑んだ。


「いいタイミングだったわ。ありがとう」


「……いえ」


 執事は深く頭を下げた。


 騎士たちが到着したのは、偶然ではなかった。


 貴族管理局への届け出を済ませ、父親の権限が停止された後、執事は騎士団へ連絡を入れていた。


 そして、父親が屋敷へ向かっているという知らせを受け、騎士たちを待機させていたのだ。


 父親が私の部屋へ押しかけてくることも、ある程度は予想していた。


 ただ。


 まさか、あれほど簡単に手を上げるとは思わなかった。


「……ふふふ」


 私は小さく笑った。


 執事は、そんな私を見つめていた。


「……お嬢様」


「何かしら?」


「……お怪我は、ございませんか?」


「あら、心配してくれるの?」


「……はい」


 私は頬に手を当てた。


 既に傷は治っている。


「大丈夫よ。もう痛くないわ」


「……左様でございますか」


 執事は安堵したように息を吐いた。


 私は再び窓の外へ視線を向けた。


 馬車は既に見えなくなっていた。


「……さて」


 私はゆっくりと振り返った。


「お父様はいなくなったわね」


「……はい」


「それじゃあ、次は誰かしら?」


 執事の表情が強張った。


 私は楽しそうに微笑んだ。


「ふふふ、まだ屋敷には随分とお客様が残っているものね」


 執事は何も答えなかった。


 ただ、深く頭を下げる。


「……ご指示を、お待ちしております」


 私は満足そうに頷いた。


 まずは一人。


 屋敷を取り戻すための邪魔者が、消えたのだった。


お読み頂き、ありがとうございます。

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