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魔王転生、今世は世界を血に染める  作者: 涙目
第四章 人脈作り

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第十一話 乙女の攻略法

この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。

 バレシア公爵家の中庭には、穏やかな午後の時間が流れていた。


 美しく整えられた花壇。


 柔らかな風に揺れる木々。


 そして、香り高い紅茶と色鮮やかな菓子の数々。


 優雅なお茶会は、今も和やかに続いている。


 少なくとも、表面上は。


 「エドガー先生は、本当に素晴らしい方ですわ」


 バレシア公爵令嬢が、そう口にした。


 その声には、先ほどまでとは違う柔らかさがあった。


 「ええ、私もそう思います」


 セレスはにこやかに頷いた。


 しかし、その頭の中では、すでに別のことを考え始めていた。


 (エドガー先生、ねえ……)


 懐かしい名前だった。


 かつて、自分の家庭教師を務めていた人物。


 そして、あの男には一つ、重要な事情があった。


 魔族の潜入者。


 以前、セレスが接触した魔族の男は、エドガーへ洗脳を施していた。


 その潜入者は、セレスが前世の魔王であることを知っている。


 魔王への強い憧れを抱き、忠誠を誓ってきた男だった。


 もっとも、セレス自身はその忠誠を信用していない。


 使えるものは使う。


 ただ、それだけの関係だった。


 (確か、まだエドガー先生とのつながりはあるはずよね)


 洗脳が解かれたという報告は受けていない。


 それに、エドガーが結婚したという話も、恋人ができたという話も聞いていなかった。


 ならば。


 (……使えるわね)


 セレスは紅茶を一口飲んだ。


 目の前にいる公爵令嬢。


 エドガーの名前を出すたびに変わる表情。


 自分のことを褒められたときの不満げな様子。


 そして、エドガー自身について話すときの嬉しそうな声。


 どう考えても、単なる師弟関係以上の感情を抱いている。


 (ふふふ、本当にわかりやすいこと)


 セレスは微笑んだ。


 バレシア公爵家が掌握する、王国に残された三分の一の流通網。


 それを手に入れるためには、公爵家との関係を築く必要がある。


 そして、その入口となるのが、この少女だった。


 正面から商売の話を持ちかけても、警戒されるだけだろう。


 けれど、恋心となれば話は別だ。


 セレスは静かにカップを置いた。


 「バレシア公爵令嬢……いえ、クラリス様」


 公爵令嬢が顔を上げる。


 「……なんでしょうか」


 「少しだけ、二人でお話できませんか?」


 その言葉に、周囲の令嬢たちが顔を見合わせた。


 クラリスも僅かに眉をひそめる。


 「……何が目的?」


 先ほどまでの優雅な口調とは違い、警戒心が滲んでいた。


 セレスは柔らかく微笑んだ。


 「エドガー先生の今後について、でしょうか」


 「…………」


 クラリスの表情が変わった。


 ほんの一瞬。


 しかし、セレスには十分だった。


 「…………いいわ」


 クラリスはゆっくりと頷いた。


 そして、取り巻きの令嬢たちへ視線を向ける。


 「ごめんなさい、少しだけハワード様と二人にさせてくださるかしら」


 「かしこまりましたわ」


 「それでは、私たちはお庭を拝見しておりますね」


 令嬢たちは軽く一礼し、席を立った。


 そのまま庭園の奥へと歩いていく。


 侍女たちも、少し離れた場所へ下がった。


 やがて、円卓にはセレスとクラリスだけが残された。


◇


 「それで」


 クラリスが口を開いた。


 先ほどまでの笑顔は、すっかり消えていた。


 代わりに向けられたのは、隠そうともしない敵意に満ちた視線。


 「エドガー先生の今後とは、どういうことかしら?」


 セレスはその様子を眺めながら、内心で笑った。


 (ふふふ、本当に可愛らしい子猫ちゃんだこと)


 自分の大切なものを守ろうと、必死に毛を逆立てている。


 そんな姿が、どこか微笑ましかった。


 もっとも、セレスにとっては都合がよい。


 感情が表に出る相手ほど、何を望んでいるのか読み取りやすいからだ。


 「クラリス様」


 「……何かしら」


 「エドガー先生と、街に買い物に行きませんか?」


 「…………はいっ!?」


 クラリスが素っ頓狂な声を上げた。


 その拍子に、手にしていた扇を落としかける。


 「な、なな、何を言ってらっしゃるのかしら!?」


 「あら、お買い物ですわ」


 「そ、それは聞こえております!」


 クラリスは真っ赤になった顔を扇で隠した。


 しかし、耳まで赤くなっているため、ほとんど意味がない。


 セレスはにこにこと微笑んだ。


 「実は私、先生とは商売上の交流がございまして、月に二回ほどお会いするのですが、最近はあまり元気がないのです」


 「…………」


 クラリスの動きが止まった。


 扇の向こうから、じっとセレスを見つめてくる。


 「……先生が?」


 「ええ。以前はとてもお元気だったのですが、最近は少しお疲れのようで」


 「そ、そんな……」


 クラリスは心配そうに眉を下げた。


 その反応を見て、セレスは内心で頷く。


 (ふふ、やっぱりね)


 エドガーのこととなれば、途端に態度が変わる。


 どうやら、想像していた以上に深く慕っているらしい。


 「ですので、クラリス様にエドガー先生を元気づけていただけたらと」


 「……っ!」


 クラリスの肩が跳ねた。


 「わ、わたくしが……?」


 「ええ」


 「で、ですが……どうして、わたくしに?」


 セレスは、待っていましたとばかりに微笑んだ。


 「実は私、エドガー先生からクラリス様のことをお聞きしていたのです」


 「っ!」


 クラリスが勢いよく顔を上げた。


 「せ、先生はなんとおっしゃって!?」


 先ほどまでの警戒心は、どこへ行ったのだろう。


 今のクラリスは、ただ恋する少女そのものだった。


 セレスは口元へ手を当て、楽しそうに笑った。


 「ふふ、それはもう素敵な女性なのだと、まるで伴侶を自慢するかのようにおっしゃっておりましたわ」


 「は、伴侶!?!?!?」


 クラリスが椅子から立ち上がりかけた。


 慌てて座り直すものの、顔は真っ赤になっている。


 「そ、そそ、そんな! 先生が!? わたくしのことを!?」


 「ええ」


 「ほ、本当に!?」


 「ふふ、もちろんですわ」


 セレスは穏やかに微笑んだ。


 当然ながら、エドガーがそんなことを言ったという事実はない。


 そもそも、セレスはクラリスの名前を今日初めて知ったのだ。


 けれど、それをわざわざ説明する必要もない。


 (……さて、あとは話を合わせてもらえばいいわね)


 あの潜入者を通じて、エドガーの言動を調整することはできるだろう。


 少なくとも、以前の洗脳が維持されているならば。


 ただし、どこまで可能なのかは確認が必要だった。


 セレスはそんなことを考えながら、目の前の少女を眺めていた。


 「で、ですが……」


 クラリスは扇で顔を隠したまま、小さく呟く。


 「先生は、いつもハワード様のことばかり……」


 「あら」


 セレスは小首を傾げた。


 「それは、私が以前の教え子だからではないでしょうか?」


 「……そう、でしょうか」


 「ええ。それに、私と先生の間に、そのような関係はございませんもの」


 「…………!」


 クラリスが目を見開いた。


 「ほ、本当に?」


 「もちろんですわ」


 セレスは微笑んだ。


 「先生には大変お世話になりましたけれど、私にとっては尊敬する恩師ですもの」


 「……恩師」


 「ええ」


 クラリスは、その言葉を何度も心の中で繰り返しているようだった。


 やがて、少しずつ表情が和らいでいく。


 セレスは静かに続けた。


 「ですので、クラリス様」


 「……はい」


 「先生と一緒に、街へお出かけになってはいかがでしょうか?」


 「…………」


 「きっと、お喜びになると思いますわ」


 「……っ!」


 クラリスは両手で扇を握り締めた。


 その顔には、期待と不安が入り混じっている。


 「で、でも……わたくしからお誘いするなんて……」


 「あら、何も難しいことではございませんわ」


 「そうでしょうか……」


 「ええ。先生もお忙しいでしょうから、少し気分転換をなさってはいかがかと、お声がけすればよろしいのです」


 「気分転換……」


 「それに、お買い物でしたら、自然にお話しする機会も増えるでしょう?」


 「…………!」


 クラリスの瞳が輝いた。


 セレスはその変化を見て、内心で微笑む。


 (ふふ、もう少しね)


 あと一押し。


 それだけで十分だった。


 「もちろん、無理にとは申しませんわ」


 「……え?」


 「クラリス様のお気持ちが一番大切ですもの」


 セレスは優しく微笑んだ。


 「ただ、先生が少しでもお元気になってくだされば、私も嬉しいと思っただけですわ」


 「…………」


 クラリスはしばらく黙っていた。


 そして、ゆっくりと顔を上げる。


 「……ハワード様」


 「はい」


 「その……もし、わたくしがお誘いしたら……」


 「ええ」


 「先生は、喜んでくださると思いますか?」


 その声は、先ほどまでの強気な態度からは想像できないほど小さかった。


 セレスは、にっこりと微笑んだ。


 「もちろんですわ」


 「……っ!」


 「きっと、素敵な一日になると思います」


 クラリスは真っ赤になった顔を扇で隠した。


 そして、消え入りそうな声で呟く。


 「……では、その……考えてみますわ」


 「ふふ、ぜひ」


 二人の間に、穏やかな沈黙が流れた。


 先ほどまで向けられていた敵意は、すっかり薄れていた。


 代わりにクラリスの瞳には、期待と、ほんの少しの恥じらいが浮かんでいる。


 セレスは紅茶を一口飲んだ。


 (……さて)


 公爵令嬢との関係を築くための、最初の一歩。


 それは、思いがけず恋の相談という形になった。


 もちろん、セレスにとっては単なる親切ではない。


 バレシア公爵家へ近づくため。


 残された流通網を掌握するため。


 そして、最終的な復讐を果たすため。


 そのために必要な布石の一つだった。


 けれど。


 目の前で頬を染め、幸せそうに微笑むクラリスを見ていると、少しだけ楽しくもあった。


 (ふふ、恋する乙女というのは、本当に可愛らしいものね)


 セレスは優雅に微笑んだ。


 「それでは、クラリス様。よろしければ、今度は私にも先生のお話を聞かせていただけませんか?」


 「……え?」


 「先生が今、どのようなご様子なのか、私も気になりますもの」


 「え、ええ! もちろんですわ!」


 クラリスは嬉しそうに頷いた。


 その表情には、もう先ほどまでの険しさはなかった。


 セレスは静かに微笑む。


 どうやら、今日のお茶会は予想以上の収穫になりそうだった。


 もっとも。


 エドガー本人が、この先どのようなことに巻き込まれるのか。


 今の彼は、まだ何も知らないのだった。


お読み頂き、ありがとうございます。

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