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魔王転生、今世は世界を血に染める  作者: 涙目
第四章 人脈作り

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第十話 手がかりは意外なところに

この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。

 数日後。


 昼を少し過ぎた頃、セレスを乗せた馬車が王都の大通りを進んでいた。


 今日のセレスは、普段の学園の制服ではなく、淡い水色のドレスに身を包んでいる。


 金色の髪は丁寧に整えられ、控えめな髪飾りが午後の日差しを受けて輝いていた。


「ふふ、久しぶりのお茶会ね」


 セレスは楽しそうに窓の外を眺める。


 向かいに座るフィリスが、穏やかに微笑んだ。


「左様でございますね。もっとも、お嬢様が純粋にお茶を楽しまれるだけで終わるとは、私には思えませんが」


「あら、失礼ね。私はお茶もお菓子も大好きよ?」


「存じております。問題は、それ以外にもお楽しみがあることでございます」


「ふふ、否定はしないわ」


 セレスは小さく笑った。


 今日訪れるのは、バレシア公爵家。


 王国に残された三分の一の流通網を掌握する有力貴族であり、セレスにとっても無視できない存在だった。


 その令嬢から直接招待されたのだから、断る理由などない。


「何かございましたら、すぐにお呼びください」


「ええ。でも、ただのお茶会でしょう?」


「お嬢様がそう仰るときほど、私は心配になるのでございます」


「まあ、ひどい」


 セレスは口元に手を当てて笑った。


 やがて馬車は大きな門をくぐり、見事な庭園に囲まれた屋敷の前で止まった。


◇


 バレシア公爵邸。


 ハワード伯爵家の屋敷とは比較にならないほど広大な敷地には、手入れの行き届いた庭園が広がっていた。


 左右対称に整えられた植木。


 美しい彫刻が施された噴水。


 色とりどりの花々。


 その奥には、白い石造りの壮麗な屋敷がそびえている。


(なるほど、さすがは公爵家ね)


 セレスは屋敷を眺めながら、ゆっくりと馬車を降りた。


 玄関前では、公爵令嬢と数人の女生徒が待っていた。


 いずれも華やかなドレスに身を包み、優雅な微笑みを浮かべている。


 セレスはドレスの裾を軽く持ち上げ、丁寧に一礼した。


「本日はお招きいただきまして、誠にありがとうございます」


「お待ちしておりましたわ、ハワード様。どうぞこちらに」


 公爵令嬢はにこやかに応じた。


「ありがとうございます」


 セレスは微笑みを返し、案内に従って歩き始める。


 公爵令嬢の左右には、学園でも見かけた取り巻きの女生徒たちが付き従っていた。


 彼女たちもセレスへ笑顔を向け、当たり障りのない挨拶を交わす。


 そのまま一行は屋敷の脇を通り、中庭へと向かった。


 そこには白い円卓が用意され、人数分の椅子が並べられていた。


 卓上には美しい茶器が置かれ、焼き菓子や小さなケーキが綺麗に盛り付けられている。


「まあ、素敵ですわね」


 セレスは感嘆の声を漏らした。


「お気に召していただけたかしら?」


「ええ。とても美しいお庭ですわ」


「ありがとうございます。母が庭園の手入れには特に気を配っておりますの」


「まあ、お母様が。素晴らしいご趣味をお持ちなのですね」


 公爵令嬢は満足そうに微笑んだ。


 そして、セレスへ席を勧める。


「どうぞ、お掛けになって」


「失礼いたします」


 セレスが腰を下ろすと、侍女たちが手際よく紅茶を注ぎ始めた。


 柔らかな香りが、午後の風に乗って広がっていく。


◇


「改めまして、本日はお招きくださって、ありがとうございます。お誘いいただいてから、楽しみで夜も眠れませんでした」


「あら、そんなに楽しみにしてくださったのね。嬉しいわ」


 公爵令嬢は口元を押さえ、上品に笑った。


 セレスもにこにこと微笑み返す。


 傍から見れば、年上の公爵令嬢が年下の伯爵令嬢を温かく迎え、和やかな交流を楽しんでいるようにしか見えなかっただろう。


 しかし、セレスは別のことを考えていた。


(警戒……は当然ね。でも、これは……怒り……かしら)


 公爵令嬢の笑顔。


 その視線。


 時折、僅かに変化する声の調子。


 どれも表面上は丁寧だった。


 けれど、どうにも歓迎されているようには感じられない。


 むしろ、何かを確かめようとしているような。


 あるいは、こちらの反応を待っているような。


(ふふ、面白いわね)


 セレスは何食わぬ顔で紅茶を口へ運んだ。


 香りも味も申し分ない。


「とても美味しい紅茶ですわね」


「お気に召していただけて何よりですわ」


「こちらは、どちらの茶葉をお使いなのでしょう?」


「南方から取り寄せたものですの。少々珍しい品でしてよ」


「まあ、そうなのですね。香りがとても豊かですわ」


 そんな会話を交わしながら、セレスは周囲の様子を観察していた。


 取り巻きの女生徒たちは、公爵令嬢の発言に合わせて微笑み、時折、セレスへ質問を投げかけてくる。


 学園での生活。


 好きな科目。


 普段の過ごし方。


 どれも、ごく普通のお茶会で交わされる話題だった。


「ハワード様は、学園生活にはもう慣れまして?」


「ええ。皆様に親切にしていただいておりますので、とても楽しく過ごしております」


「まあ、それはよろしゅうございました」


「お友達もできましたの?」


「はい。素敵な方々とお知り合いになれました」


「あら、羨ましいですわ」


 セレスは柔らかく微笑み、相手の話に耳を傾ける。


 時には相槌を打ち、時には質問を返す。


 決して会話を独占せず、かといって黙り込むこともない。


 年上の令嬢たちに囲まれながらも、その振る舞いには不自然なところがなかった。


 しばらくして、話題は学園での授業へと移った。


「そういえば、ハワード様は算術がお得意なのだとか」


「得意というほどではございませんわ。必要に迫られて学んだだけですもの」


「まあ、ご謙遜を。先生が出された難しい問題も、簡単に解いてしまわれたのでしょう?」


「ふふ、少し時間はかかりましたけれど」


 公爵令嬢が静かに紅茶を口へ運ぶ。


 その隣で、取り巻きの一人が微笑んだ。


「私、ハワード様のことを誤解しておりましたわ」


(来たかな?)


 セレスは内心で小さく笑った。


 けれど、表情には出さない。


 ただ、不思議そうに小首を傾げる。


「誤解……でしょうか?」


「ええ、幼くして伯爵家の当主となった方ですもの。よっぽどユーモアのある方なのかと」


 女生徒はにこやかに言った。


 その言葉を聞き、周囲の令嬢たちが小さく笑う。


 セレスも微笑みを崩さなかった。


「ふふふ、私は私自身を普通だと思っておりますわ」


「あら、普通のご令嬢は商売などしないのではなくて?」


 女生徒は扇を広げ、口元を隠した。


 その目は、少しも笑っていなかった。


 セレスは紅茶のカップを静かに受け皿へ戻した。


「まあ、そうでしょうか?」


「ええ。貴族の令嬢たるもの、家の名誉を守り、礼節を学び、相応しい振る舞いを身につけるものではなくて?」


「おっしゃるとおりですわね」


 セレスは素直に頷いた。


 女生徒は一瞬、拍子抜けしたような表情を浮かべる。


 しかし、すぐに微笑みを取り戻した。


「でしたら、どうして商売などを?」


「そうですわね……」


 セレスは少し考えるように視線を落とした。


 そして、柔らかく微笑む。


「私、伯爵家の当主ですもの」


「……それが、何か?」


「家を維持するためには、お金が必要でしょう?」


「それは、もちろん……」


「ですから、必要なことをしているだけですわ」


 あまりにも当然のことのように答えるセレスに、女生徒は僅かに眉を動かした。


「ですが、商売など使用人に任せればよろしいのでは?」


「もちろん、実際の仕事は任せておりますわ」


「でしたら……」


「ただ、任せる以上、何をしているのか把握しておかなければなりませんでしょう?」


 セレスは小首を傾げた。


「自分の家のことですもの。何も知らないまま、すべてを他人に委ねるわけにはまいりませんわ」


 女生徒は言葉に詰まった。


 その様子を見て、公爵令嬢が静かにカップを置いた。


「……なるほど。随分と責任感がお強いのね、ハワード様」


「恐れ入ります」


「さすがですわね、エドガー先生がおっしゃるだけのことはあるわ」


 セレスの手が、僅かに止まった。


「エドガー先生……ですか? もしかして、バレシア公爵令嬢も」


「ええ、先生の教えを受けておりますの」


「まあ!」


 セレスは嬉しそうに微笑んだ。


「それは奇遇ですわね。私も以前、エドガー先生にご指導いただいておりましたの」


「……存じておりますわ」


 公爵令嬢はにこりと笑った。


 しかし、その声には僅かな硬さがあった。


(……あら?)


 セレスは内心で首を傾げる。


 エドガー。


 かつて自分の家庭教師を務めていた人物。


 勉学だけでなく、貴族としての振る舞いや、領地経営についても教えてくれた優秀な教師だった。


 その名前が、まさかこの場で出てくるとは思っていなかった。


「エドガー先生は、とても素晴らしい方ですわね」


「ええ。本当に」


 公爵令嬢の返答は早かった。


「知識も豊富で、どんな質問にも丁寧に答えてくださいますもの」


「ふふ、そうですわね」


「それに、いつも生徒のことを考えてくださって……」


 そこまで言って、公爵令嬢は一度言葉を切った。


 そして、セレスを見つめる。


「……先生は、貴女のことを随分と高く評価していらっしゃいましたわ」


「まあ、そうなのですか?」


「ええ。何かにつけて、ハワード様のお名前を出されるのですもの」


 公爵令嬢は微笑んだ。


 けれど、その指先が、膝の上で僅かに動いた。


「算術の講義でも、商業の話でも、領地経営のお話でも……本当に、よくお名前を伺いましたわ」


「それは……光栄ですわね」


 セレスは穏やかに答えた。


 しかし、頭の中では別のことを考えていた。


(……なるほど)


 公爵令嬢の視線。


 エドガーの名前を口にしたときの声。


 自分の名前が何度も出てきたことへの、僅かな苛立ち。


 そして、先ほどから感じていた敵意。


(もしかして……)


 セレスは公爵令嬢の顔を見つめた。


 年上の少女は、いつもどおり上品に微笑んでいる。


 けれど、エドガーの話になると、その表情が僅かに変わる。


 嬉しそうで。


 誇らしそうで。


 それでいて、どこか面白くなさそうだった。


(……嫉妬、かしら?)


 セレスは内心で微笑んだ。


 確証はない。


 けれど、もしそうならば。


 この公爵令嬢が自分を敵視する理由も、少しは理解できる。


 自分が慕っている相手が、何かにつけて別の少女の名前を口にする。


 それが面白くないという気持ちは、決して不思議なものではない。


 ましてや、その相手が自分より年下の少女ならば。


(ふふ、そういうことなら……)


 セレスはゆっくりと紅茶を口へ運んだ。


 公爵令嬢がエドガーへどのような感情を抱いているのか、まだ断定はできない。


 しかし、少なくとも彼女にとって、エドガーが特別な存在であることは間違いなさそうだった。


 そして、それは。


 この少女と距離を縮めるための、重要な糸口になるかもしれない。


「エドガー先生には、私も大変お世話になりましたわ」


 セレスは柔らかく微笑んだ。


「ですが、先生がそれほど私のお話をされていたなんて、少し恥ずかしいですわね」


「……そうですの?」


「ええ。先生には、まだまだ未熟なところをたくさん見られておりますもの」


 公爵令嬢の眉が、僅かに動いた。


「未熟、ですか?」


「もちろんですわ。私など、まだ学ぶべきことばかりですもの」


「……そう」


 公爵令嬢は静かに頷いた。


 セレスは、その反応を見逃さなかった。


 自分を褒められることに不満があるのなら、無理に謙遜を重ねても逆効果かもしれない。


 かといって、エドガーを悪く言えば、彼女の機嫌を損ねるだろう。


 大切なのは、相手が何を求めているのかを知ること。


 そして、そこへ自然に近づいていくことだった。


「それにしても、エドガー先生に教わっていらっしゃるなんて、羨ましいですわ」


「……羨ましい?」


「ええ。先生は本当に教え方がお上手ですもの。私も、またご指導いただきたいくらいですわ」


 公爵令嬢の表情が、僅かに曇った。


 セレスはその変化を静かに観察する。


(……あら、これは少し違ったかしら)


 どうやら、今の言葉はあまり好ましくなかったらしい。


 セレスはすぐに話題を変えた。


「ですが、先生から学ばれた方とこうしてお話しできるのは、とても嬉しいことですわ」


「……そうですのね」


「ええ。先生のご指導を受けていらっしゃるのなら、きっと私などより、ずっと多くのことをご存じなのでしょうね」


 公爵令嬢は一瞬、驚いたように目を瞬かせた。


 そして、少しだけ表情を和らげた。


「……それほどでもありませんわ」


「ふふ、ご謙遜を」


 二人は再び微笑み合った。


 けれど、セレスの内心では、すでに一つの方針が定まりつつあった。


(なるほど。これは、思っていたより面白いことになりそうね)


 バレシア公爵家。


 王国に残された三分の一の流通網。


 その家の令嬢が、自分を敵視している理由。


 もし、その原因がエドガーへの淡い恋心にあるのなら。


 正面から争う必要など、どこにもない。


 むしろ、その気持ちを理解し、寄り添うことができれば。


 敵意を和らげることも、不可能ではないだろう。


 セレスは紅茶のカップを静かに置いた。


「ふふ、とても楽しいお茶会ですわね」


「……そう言っていただけると、嬉しいですわ」


 公爵令嬢は微笑んだ。


 まだ、その瞳には警戒の色が残っている。


 けれど、先ほどまでの刺々しさは、ほんの僅かに薄れていた。


 セレスはその変化を感じ取りながら、優雅に微笑み返す。


 焦る必要はない。


 相手の気持ちを知り、少しずつ距離を縮めればいい。


 何より。


(ふふ、恋する乙女、ね)


 セレスは心の中で小さく笑った。


(さて、どうしましょうか)


 美しい庭園に、穏やかな午後の日差しが降り注いでいた。


 お茶会は、まだ続いていた。


お読み頂き、ありがとうございます。

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