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魔王転生、今世は世界を血に染める  作者: 涙目
第四章 人脈作り

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第九話 友人と知人と

この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。

 翌朝。


 セレスはいつもと変わらぬ様子で教室にいた。


 机の上には教科書が並べられ、窓から差し込む朝日が金色の髪を柔らかく照らしている。


 昨日、誰もいない応接室に閉じ込められていたことなど、まるでなかったかのようだった。


「おはようございます、セレス様!」


「あら、おはよう、ミナ」


 教室へ入ってきたミナに、セレスはにっこりと微笑みかけた。


 しかし、ミナはいつものように挨拶を返すだけでは終わらなかった。


 セレスの顔をじっと見つめ、少しだけ眉を寄せる。


「……セレス、本当に大丈夫?」


「ええ、もう大丈夫よ。ありがとう、ミナ」


「……本当に?」


「ふふ、本当よ」


 セレスが微笑むと、ミナもようやく表情を緩めた。


「それなら、よかった」


「昨日は助けてくれてありがとう。とても嬉しかったわ」


「そんなの、当たり前だよ」


 ミナは少し照れくさそうに笑った。


 セレスもつられるように笑う。


 昨日のことを思い出せば、まだ胸の奥に僅かな痛みが残っている。


 けれど、今は目の前の友人と笑い合えている。


 それだけで十分だった。


 少なくとも、セレスはそう思っていた。


◇


 午前の講義が終わり、次の教室へ移動することになった。


 セレスが教科書を抱えて廊下へ出ると、ミナがすぐ隣へ並んだ。


「あら、ミナもこちらなのね」


「うん!」


 元気よく頷くミナ。


 そのまま歩き始めたのだが、しばらくすると妙なことが起こり始めた。


 向こうから男子生徒が歩いてくる。


 すると、ミナはさりげなくセレスの前へ移動した。


 男子生徒が通り過ぎると、再び隣へ戻る。


 今度は数人の上級生が歩いてきた。


 ミナはすっとセレスの横へ寄り、まるで壁になるかのように身体を動かした。


「…………」


 セレスは小首を傾げる。


 さらに曲がり角へ差しかかると、ミナは一歩先へ進み、廊下の向こうを確認してから振り返った。


「大丈夫!」


「……何がかしら?」


「えっ? 何でもないよ!」


 満面の笑みだった。


 セレスは思わず苦笑する。


 その様子を後ろから見ていたステラが、とうとう口を開いた。


「ミナ……何やってるの?」


「えっ、なんとなく」


「なんとなくで人の前に飛び出したり、曲がり角を確認したりする?」


「するんじゃない?」


「しないわよ!」


 ステラが即座に突っ込む。


 しかし、ミナはどこ吹く風だった。


「でも、ほら、ぶつかったら危ないでしょ?」


「それはそうだけど、セレスは普通に歩けるわよ?」


「知ってるよ?」


「じゃあ、何でそんなに守ろうとするのよ!」


「……なんとなく?」


「絶対違うでしょ!」


 二人のやり取りを眺めながら、セレスは口元を押さえた。


「ふふふ」


「セレスも笑ってないで、何とか言ってあげて!」


「あら、私は嬉しいわよ?」


「ほら!」


 ミナが得意げに胸を張る。


 ステラは額に手を当てた。


「……もう、好きにして」


 そんな三人の後ろで、サラが小さく笑っていた。


「ふふ、ミナさん、騎士様みたいですね」


「騎士?」


「はい。セレス様をお守りする騎士様です」


「あ、それいいかも!」


「よくないわよ!」


 ステラの声が廊下に響く。


 セレスはとうとう声を上げて笑ってしまった。


「ふふ、あははは!」


 その笑顔を見て、ミナは嬉しそうに微笑んだ。


 昨日の夕暮れ、腕の中で心細そうにしていたセレス。


 その姿を思い出すと、どうしても放っておけなかった。


 けれど、今こうして笑ってくれているのなら。


 少しくらい過保護でも、構わないだろう。


 ミナはそんなことを考えながら、再びセレスの隣へ並んだ。


◇


 昼休み。


 四人はいつものように食堂で昼食を取っていた。


 今日の献立は、温かな肉料理と野菜の煮込み、焼きたてのパンだった。


 セレスが料理を口へ運んでいると、ミナが昨日の出来事を話し始めた。


「それでね、先生に呼ばれたって言ってたのに、部屋には誰もいなかったんだって」


「えっ、そんなことがあったんですか!?」


 サラが思わず大きな声を上げた。


「サラ、声が大きい」


 ステラが慌てて注意する。


「あっ、ごめんなさい」


 サラは口元を押さえ、周囲を見回した。


 幸い、食堂は多くの生徒で賑わっており、こちらを気にする者はいなかった。


「でも……閉じ込められたんですよね?」


「ええ、そうみたいね」


 セレスは穏やかに頷いた。


「誰がそんなことを……」


「さあ、わからないわ」


「怖くなかったんですか?」


 サラが心配そうに尋ねる。


 セレスは少し考えてから、微笑んだ。


「特に何かあったわけじゃないから大丈夫よ」


 その言葉に、三人は顔を見合わせた。


 何もなかった。


 確かに、怪我をしたわけではない。


 誰かに直接危害を加えられたわけでもない。


 けれど、誰もいない部屋へ閉じ込められ、いつ出られるのかもわからないまま、一人で過ごしていたのだ。


 しかも、セレスはまだ十歳だった。


「……セレス」


 ミナが小さく名前を呼んだ。


 昨日、扉を開けた瞬間のことを思い出す。


 いつも穏やかに微笑み、何が起きても動じないセレスが、自分に抱きついてきた。


 少しだけ心細かったと、そう言っていた。


 だからこそ、何もなかったという言葉を、そのまま受け取ることはできなかった。


 サラも、悲しそうに眉を下げている。


 ステラは何か言いかけたが、結局、口を閉じた。


 三人から向けられる視線に、セレスは困ったように微笑んだ。


「あらあら、そんな顔をしないで」


「でも……」


「ほら、食べましょう、冷めちゃうわ」


 セレスはそう言って、再び料理へ手を伸ばした。


 それ以上、昨日の話をするつもりはなかった。


 ミナたちも、その気持ちを察したのだろう。


 しばらくすると、話題は午後の講義へと移っていった。


「そういえば、午後は歴史学でしたよね?」


「ええ。今日は王国建国の歴史だったかしら」


「私、歴史は少し苦手で……」


「サラは魔法学のほうが得意そうよね」


「そ、そんなことは……」


 少しずつ、いつもの賑やかな昼食が戻ってくる。


 セレスは三人の会話を聞きながら、静かに微笑んでいた。


 昨日の出来事を、彼女たちに背負わせるつもりはなかった。


 ただ、こうして一緒に食事ができることが、今は少し嬉しかった。


◇


 食事も終わりに近づいた頃だった。


「少々よろしくて?」


 背後から、凛とした声が響いた。


 セレスが振り返ると、そこには数人の女生徒が立っていた。


 先頭にいるのは、整った身なりの上級生。


 その顔には見覚えがあった。


(……あら)


 以前、この食堂で出会った少女だった。


 三年生の男子生徒たちがセレスへ声をかけてきた際、通路を塞いでいると注意してきた人物。


 そして、フィリスの調査によれば。


 王国に残る三分の一の流通網を掌握している、バレシア公爵家の令嬢。


 セレスはゆっくりと立ち上がった。


「ごきげんよう。何かご用でしょうか?」


 公爵令嬢はセレスをじっと見つめた。


 その後ろには、取り巻きと思われる女生徒が二人控えている。


「貴女、セレス・ハワード様ですわよね?」


「はい。お初にお目にかかります、セレス・ハワードと申します」


 セレスは丁寧に一礼した。


「ご丁寧にどうも。わたくしはバレシア公爵家の娘ですわ」


「まあ、公爵家のご令嬢でしたのね」


 セレスは驚いたように目を瞬かせる。


 もちろん、すでに知っていたことだった。


 しかし、初対面の相手に、事前に調べ上げた情報を披露する必要はない。


「先日は、少々騒がしくしてしまい申し訳ございませんでした」


 セレスが頭を下げると、公爵令嬢は僅かに眉を動かした。


「……そのことは、もう結構ですわ」


「ありがとうございます」


「それよりも、本日は貴女にお話があって参りましたの」


「私に、ですか?」


「ええ」


 公爵令嬢は一拍置いてから、口を開いた。


「近いうちに、わたくしのお茶会を開く予定ですの。よろしければ、貴女にもご参加いただきたいと思いまして」


 ミナたちが驚いたように顔を上げた。


 公爵家の令嬢が主催するお茶会。


 それは単なる友人同士の集まりではない。


 貴族の子女にとって、交友関係を広げる重要な社交の場でもある。


 ましてや、入学したばかりの一年生が、三年生の公爵令嬢から直接招待されるなど、そう多いことではなかった。


「まあ、それは光栄ですわ」


 セレスは柔らかく微笑んだ。


「ぜひ参加させていただきたいのですが、日程をお伺いしてもよろしいでしょうか?」


「詳細は後ほど招待状をお届けしますわ」


「承知いたしました。楽しみにしております」


「……そう」


 公爵令嬢はセレスの表情を確かめるように見つめた。


 しかし、そこに浮かんでいるのは、どこまでも穏やかな微笑みだけだった。


「それでは、失礼いたしますわ」


「ごきげんよう」


 セレスが一礼すると、公爵令嬢は取り巻きを連れて食堂を去っていった。


 その背中を見送りながら、ステラが小さく呟いた。


「……何だったのかしら」


「お茶会のお誘いでしょう?」


「それは聞いてたわよ!」


 セレスはくすくすと笑った。


「ふふ、冗談よ」


 ミナは少し心配そうに尋ねた。


「セレス、本当に行くの?」


「ええ、せっかくのお誘いだもの」


「でも、あの方、前にセレスへ随分きついことを言っていたでしょう?」


「そうね。でも、あのときは通路を塞いでしまっていたのだから、注意されても仕方がなかったわ」


「セレスが塞いでいたわけじゃないけどね」


 ステラが付け加える。


「ふふ、それでも、あの場にいた一人なのは確かでしょう?」


 セレスは微笑んだ。


 もちろん、公爵令嬢がなぜ自分を招待したのか、その真意はわからない。


 単純に交流を深めたいのか。


 何か別の目的があるのか。


 あるいは、以前の出来事が関係しているのか。


 今の段階で判断する必要はなかった。


(ふふ、向こうから来てくださるなんてね)


 セレスは静かに紅茶を口へ運ぶ。


 バレシア公爵家。


 残された三分の一の流通網。


 その家の令嬢から、直接お茶会に招かれた。


 これほど都合のよい機会も、そうそうないだろう。


 けれど、焦る必要はない。


 相手が何を考えているのか、まずは確かめればいい。


「セレス?」


 ミナが声をかける。


「あら、何かしら?」


「……また、何か考えてる?」


「ふふ、どうかしらね」


 セレスは悪戯っぽく微笑んだ。


 ステラが呆れたように肩をすくめる。


「まったく、貴女って本当に何を考えてるのかわからないわ」


「そう?」


「そうよ!」


 四人の笑い声が、食堂に響いた。


 セレスは友人たちと笑い合いながら、先ほどの公爵令嬢の姿を思い浮かべる。


 昨日は、思いがけず過去と向き合うことになった。


 そして今日は、新しい縁が目の前に現れた。


 その縁が何をもたらすのか。


 今はまだ、誰にもわからなかった。


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