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魔王転生、今世は世界を血に染める  作者: 涙目
第四章 人脈作り

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第八話 他人の温もり

この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。

 窓の外では、夕日がゆっくりと沈み始めていた。


 セレスは窓際に立ったまま、静かにその光景を眺めていた。


 先ほどまで荒れ狂っていた魔力は、ようやく落ち着きを取り戻している。


 室内を震わせていた気配も消え、今はただ、静寂だけが残されていた。


「…………」


 セレスは小さく息を吐いた。


 久しぶりに思い出した、魔王だった頃の記憶。


 幸せだった日々。


 共に笑い、未来を語り合った仲間たち。


 そして、最後に待っていた裏切り。


 あれから、どれほどの時間が経ったのだろう。


 転生して十年。


 その間、一度たりとも忘れたことはなかった。


 けれど、こうして何もせずに過ごしていると、普段は意識の奥へ押し込めている記憶まで浮かび上がってくる。


(……困ったものね)


 セレスは窓際から離れ、椅子へ腰を下ろした。


 今さら、過去を嘆いたところで何も変わらない。


 自分がすべきことは、もう決まっている。


 そう思っていた。


 そのときだった。


「……レス!」


 遠くから、何かが聞こえた。


 セレスは顔を上げる。


「……セレス!」


 聞き覚えのある声だった。


「あら?」


 セレスは椅子から立ち上がり、扉へと歩み寄る。


「ミナ、聞こえる?」


「セレス! ここにいるの!?」


「ええ、先生に呼ばれてきてみたら、閉じ込められたみたい」


「……っ! 開かない、待ってて、鍵取ってくるから!」


 扉の向こうで、取っ手を動かす音が響いた。


 何度か試しているようだったが、やはり開かないらしい。


「お願いできるかしら?」


「もちろん! すぐ戻ってくるから!」


 慌ただしい足音が響き始める。


 セレスは思わず声をかけた。


「廊下は走っちゃだめよ」


「こんな時に何言ってるの!? もう!?」


 ミナの声が遠ざかっていった。


 それとともに、廊下を駆ける足音も小さくなっていく。


 セレスは閉ざされた扉を見つめたまま、動かなかった。


「…………」


 あの声。


 焦ったような口調。


 必死に扉を開けようとしていた様子。


 そこに込められていた感情が、嫌というほど伝わってきた。


 心配してくれていた。


 ただ、それだけだった。


 自分が閉じ込められていると知って、助けようとしてくれた。


 何の見返りも求めずに。


 セレスはゆっくりと目を伏せた。


「…………今さら最低ね」


 小さな呟きが、誰もいない部屋に落ちた。


 何に対してそう思ったのか、自分でもよくわからなかった。


 ミナの優しさを疑いそうになったことだろうか。


 それとも、ほんの一瞬、あの頃の仲間たちの姿を重ねてしまったことだろうか。


 この身体に生まれ変わってから、セレスは一度も過去を忘れたいと思ったことがなかった。


 裏切られた記憶も。


 命を奪われた瞬間も。


 そのすべてが、自分の復讐の理由だったから。


 忘れてしまえば、あの者たちを許してしまうような気がした。


 だから、忘れようなどとは思わなかった。


 けれど。


「疲れたわね」


 ぽつりと、言葉が漏れた。


 それは、誰に聞かせるつもりもない本音だった。


 怒り続けること。


 憎み続けること。


 誰かを信じたいと思う自分を、押し殺し続けること。


 それが、こんなにも疲れるものだったとは。


 セレスは扉へ背中を預け、そっと目を閉じた。


◇


 どれほど経っただろうか。


 廊下を駆ける足音が聞こえてきた。


 それは次第に大きくなり、扉の前で止まった。


「セレス! 鍵借りてきた!」


「あら、随分と早かったわね」


「いいから、ちょっと待ってて!」


 扉の向こうから、金属の触れ合う音が聞こえてくる。


 ガチャガチャ。


「……あれ?」


 ガチャガチャ。


「もう! なんで開かないの!?」


「ふふ、落ち着いて、ミナ」


「落ち着いてるわよ!」


「そうかしら?」


「……落ち着いてない!」


 思わず、セレスの口元に笑みが浮かんだ。


 ガチャガチャ。


 そして、ついに。


 カチャ。


 小さな音を立てて、鍵が回った。


 扉が勢いよく開かれる。


「セレス!」


 目の前に立っていたのは、息を切らしたミナだった。


 頬は赤く、額には汗が浮かんでいる。


 髪も少し乱れていた。


 それでも、セレスの姿を見つけた瞬間、真っ直ぐに駆け寄ってきた。


「怪我は無い!? 何もされてない!?」


「大丈夫よ、ミナ」


「本当に!? どこも痛くない!?」


「ええ。ずっと一人で座っていただけよ」


「……はぁ、はぁ……っ」


 ミナは膝に手をつき、荒い呼吸を繰り返した。


 そして、ようやく顔を上げる。


「……良かった……」


 心の底から安堵したような声だった。


 その言葉には、何の飾りもなかった。


 誰かに聞かせるための言葉でもなければ、相手の機嫌を取るための言葉でもない。


 ただ、セレスが無事だったことを喜んでいる。


 それだけだった。


 だからだろうか。


「…………セレス?」


 気がつけば、セレスはミナを抱きしめていた。


 自分でも、どうしてそんなことをしたのかわからなかった。


 ただ、目の前の少女が無事を喜んでくれたことが、どうしようもなく嬉しかった。


「ありがとう、ミナ」


 セレスは小さく呟いた。


「少しだけ……心細かったの」


「セレス……」


 ミナは一瞬だけ驚いたように目を見開いた。


 けれど、すぐにその表情を緩めた。


 そして、そっとセレスの背中へ腕を回す。


「……うん」


 優しく、抱きしめ返してくれた。


 その温もりが、ゆっくりと身体に染み込んでくる。


 温かかった。


 驚くほどに。


 セレスは目を閉じた。


 かつて、こんな風に誰かに抱きしめてもらったことがあっただろうか。


 あったはずだ。


 魔王だった頃にも、仲間たちと肩を寄せ合い、笑い合ったことがあった。


 けれど、今はその記憶を辿りたくなかった。


 思い出せば、きっとまた、最後にはあの光景へ辿り着いてしまうから。


 だから、今だけは。


「もう少しだけ……いい?」


 セレスはミナの肩に顔を埋めたまま、尋ねた。


「ふふ、いいよ」


 ミナの声は、どこまでも優しかった。


 小さな手が、セレスの頭を撫でる。


 金色の髪を、ゆっくりと。


 そして、もう片方の手が背中を優しく撫でてくれた。


 セレスは何も言わなかった。


 ただ、その温もりに身を委ねていた。


 いつぶりだろうか。


 こんな風に、誰かの優しさを素直に受け取ったのは。


 いつぶりだろうか。


 何も考えず、誰かの腕の中で安心できたのは。


 復讐のために近づいた少女。


 いずれ自分の計画に利用するつもりでいた少女。


 その少女が今、自分を心から心配し、抱きしめてくれている。


 セレスは、その事実をどう受け止めればよいのかわからなかった。


 ただ一つ、わかることがあった。


 今、この手を離したくない。


 それだけだった。


◇


 廊下には、夕日が差し込んでいた。


 開け放たれた応接室の扉。


 その前で、二人の少女は静かに抱き合っていた。


 ミナは何も尋ねなかった。


 なぜ閉じ込められていたのか。


 誰がそんなことをしたのか。


 どうして、いつも余裕のあるセレスがこんなにも心細そうにしているのか。


 聞きたいことは、きっとたくさんあっただろう。


 それでも、今は何も聞かなかった。


 ただ、セレスが自分から離れるまで、優しく抱きしめ続けていた。


 セレスも、何も言わなかった。


 復讐のことも。


 裏切りのことも。


 自分が何者なのかということも。


 今は、何一つ考えたくなかった。


 ただ、目の前の温もりを感じていたかった。


 やがて、夕日はさらに傾き、廊下を照らす光が柔らかく変わっていく。


 それでも、二人はしばらくの間、そのままだった。

お読み頂き、ありがとうございます。

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