第六話 憧れと嫉妬は紙一重
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
学園生活が始まって数日が経過した。
セレスは相変わらず、友人たちとの賑やかな日々を楽しんでいた。
そして今日、入学してから初めてとなる魔法の実技講義が行われることになった。
「皆さん、本日は屋外訓練場へ移動してください!」
教室へやってきた教師の指示に従い、生徒たちは校舎を出て訓練場へと向かった。
広々とした訓練場には、魔法の練習に使用する的や、頑丈そうな石造りの壁が並んでいる。
その中央に立っていたのは、筋骨隆々とした大柄な男性教師だった。
「よおし! 全員揃ったな!」
教師の声が訓練場に響き渡る。
「俺は実技担当のガルドだ! 細かい理屈は座学で習え! ここでは身体で覚えてもらう!」
あまりの声量に、何人かの生徒が思わず肩を跳ねさせた。
セレスはそんな教師を眺めながら、小さく微笑む。
(ふふ、随分と元気な先生ね)
「魔法で一番大切なものは何だと思う!?」
一人の男子生徒が手を挙げた。
「魔力量です!」
「違う!」
即答だった。
「では、威力でしょうか?」
「それも違う!」
ガルドは胸の前で両腕を組み、豪快に笑った。
「大切なのは魔力を自在に操ることだ! どれだけ魔力があっても、扱えなければ意味がない!」
そう言って右手を掲げる。
次の瞬間、掌の上に青白い光が現れた。
光は球体となり、細長く伸び、さらに輪の形へと変化していく。
「これが魔力操作だ! 魔法を使う前に、まずは自分の魔力を感じ取り、動かせるようになれ!」
生徒たちから感嘆の声が上がった。
「すごい……!」
「綺麗ですわね!」
「俺にもできるかな……」
「できるようになるまでやるんだ!」
ガルドは力強く言い放った。
「さあ! 全員、始めろ!」
◇
生徒たちは訓練場のあちこちに散らばり、それぞれ魔力操作の練習を始めた。
目を閉じて集中する者。
両手を突き出して唸る者。
何も起こらず、首を傾げる者。
反応は様々だった。
「うぅ……全然わかりませんわ……」
ミナが両手を見つめながら唸っている。
「私もよ。魔力を感じるって、どうすればいいのかしら」
ステラも眉をひそめていた。
一方、セレスはというと。
「こうかしら?」
掌の上に小さな光の球を浮かべていた。
それを指先で転がし、細い糸のように伸ばし、再び球体へ戻す。
まるで玩具でも扱っているかのような気軽さだった。
「…………」
ステラが無言でセレスを見る。
「……ねえ、セレス」
「何かしら?」
「貴女、初めての授業よね?」
「ええ、そうね」
「どうしてそんなに簡単にできるのよ!」
「あら、普段から使っているもの」
「それが普通じゃないのよ!」
ステラが頭を抱える。
セレスは不思議そうに小首を傾げた。
「そうなの?」
「そうなの!」
そんな二人のやり取りを眺めながら、サラは自分の手を見つめていた。
「……あの」
「どうしたの、サラ?」
「私、全然できなくて……」
サラは困ったように眉を下げる。
「魔力があるのはわかるのですけれど、どうやって動かせばいいのか……」
「あら、そういうことなら」
セレスは微笑んだ。
「少しお手伝いしましょうか?」
「え?」
「まずは感覚を覚えましょう」
そう言って、サラの両手を優しく握った。
「ひゃっ!?」
「ふふ、そんなに驚かなくても大丈夫よ」
「い、いえ、その、手が……!」
「ええ。こうして触れていたほうが、魔力の流れを伝えやすいの」
セレスは目を閉じ、サラの体内に流れる魔力を感じ取った。
そして、自分の魔力をほんの僅かに流し込み、サラの魔力へ干渉する。
通常、他人の魔力を外部から操作することは容易ではない。
しかし、かつて魔王として膨大な魔力を操っていたセレスにとっては、難しいことではなかった。
「ほら、感じるでしょう?」
「……あっ」
サラの掌に、小さな光が灯った。
「で、できました……!」
「ええ。今の感覚を忘れないでね」
「は、はい!」
「では、もう一度」
セレスは一度魔力を引き、再びサラの魔力を動かした。
「ひゃぅっ!?」
「あら?」
「な、何でも……ありません……!」
「そう? それなら続けましょう」
再び、サラの魔力が動く。
「んっ……!」
「そうそう、その調子よ」
セレスは満足そうに頷いた。
サラの魔力は、先ほどよりも滑らかに流れている。
少しずつ感覚を掴み始めているようだった。
「では、もう一度ね」
「あ、あの、ちょっと、待ってください」
「だめよ、感覚を覚えるまで繰り返す事が大切なの」
「~~~っ!」
サラは真っ赤になり、ぎゅっと目を閉じた。
しかし、セレスは魔力の流れに集中しており、その表情に気づいていない。
「ふふ、上手よ。もう少しで自分でも動かせるようになるわ」
「せ、セレス様ぁ……!」
サラの声が、どこか頼りなく震えた。
◇
「セレス……」
背後から声がかかった。
「何かしら、ステラ?」
「サラがやばい顔してるわよ」
セレスは顔を上げた。
そして、目の前のサラを見つめる。
頬は真っ赤。
瞳は潤み、焦点が少し定まっていない。
唇は僅かに開き、呼吸も普段より荒くなっている。
まるで酔ってしまったかのようだった。
「あら……」
セレスは目を瞬かせた。
「その顔はまずいわね。男子生徒に見られたら、襲われちゃうわね」
「えっ!?」
ミナが驚いた声を上げる。
しかし、セレスは至って真面目だった。
「サラ、こちらへいらっしゃい」
「ふぇ……?」
セレスはサラの手を引き寄せ、その身体をそっと抱きしめた。
そして、サラの顔を自分の肩口へ隠す。
「これなら大丈夫ね」
「…………っ!?」
サラの身体がびくりと跳ねた。
「ふふ、少し休みましょう。無理をしてはいけないわ」
「せ、セレス、さま……」
「はい、深呼吸して」
セレスは優しく背中を撫でる。
サラは何かを言おうとしたが、結局、セレスの肩へ顔を埋めるだけだった。
その様子を見ていたステラが、額に手を当てた。
「……逆効果じゃない?」
「何がかしら?」
「いや、もういいわ……」
ステラは深いため息をつく。
ミナも困ったように笑っていた。
「サラ、大丈夫ですか?」
「……だいじょうぶ、じゃ、ない……」
消え入りそうな声が返ってきた。
セレスは心配そうに眉を寄せる。
「あら、やっぱり少し無理をさせてしまったかしら」
「……そういう問題じゃないと思うけど」
ステラの呟きは、セレスには届かなかった。
セレスはサラを支えながら、訓練場の端にある長椅子へと移動した。
ゆっくり座らせ、自分も隣へ腰を下ろす。
「少し休めば落ち着くでしょう。お水は飲めそう?」
「……はい……」
「ミナ、お水をお願いできるかしら?」
「はい!」
ミナが水を取りに走る。
セレスはサラの背中を優しく撫でながら、穏やかに微笑んだ。
「ふふ、初めてなのだから、焦る必要はないわ」
「……はい……」
「少しずつ覚えていきましょうね」
「……はい……」
サラは顔を真っ赤にしたまま、小さく頷いた。
その光景を、少し離れた場所から眺めていた男子生徒たちがいた。
「……いいな」
一人がぽつりと呟く。
「何が?」
「いや、ああやってセレス様に抱きしめてもらえるなんて……」
「……確かに」
「俺も魔力操作できないって言おうかな」
「やめとけ。お前、さっき普通にできてただろ」
「……そうだった」
男子生徒たちは、羨ましそうに長椅子の方を眺めていた。
その近くで、一人の女生徒が彼らの会話を耳にしていた。
彼女は、セレスとサラの姿へ視線を向ける。
楽しそうに微笑むセレス。
その肩に顔を埋め、幸せそうにしているサラ。
そして、周囲から向けられる好意的な視線。
「…………チッ」
小さな舌打ちが漏れた。
女生徒は不機嫌そうに顔を背ける。
その様子に、セレスはまだ気づいていなかった。
もっとも、気づいたところで、今は目の前の友人を介抱することのほうが大切だっただろう。
セレスはサラの背中を撫でながら、柔らかく微笑んだ。
「ふふ、次はもう少し優しくしましょうね」
「……つ、次も……あるんですか……?」
「あら、もちろんよ。まだ一人ではできないでしょう?」
「~~~っ!」
サラは再び、セレスの肩へ顔を埋めた。
ステラは天を仰ぐ。
「……誰か、この子を止めてあげて」
しかし、セレスは首を傾げるばかりだった。
「何を?」
「……何でもないわ」
こうして、初めての魔法実技講義は、少々騒がしいものとなった。
少なくとも、サラにとっては忘れられない一日になったことだろう。
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