第二話 目的は変わらず
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
学園での初日を終えたセレスは、迎えに来ていた馬車へと乗り込んだ。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
「ただいま、フィリス」
向かいの席に座る執事へ微笑みかけると、セレスは窓の外へ視線を向けた。
王都の街並みを眺めながら、今日出会った少女たちの顔を思い浮かべる。
緊張しながらも勇気を出して声をかけてきたミナ。
優しく、少し恥ずかしがり屋のサラ。
遠慮のない物言いながら、周囲への気遣いを忘れないステラ。
それぞれ違った魅力があり、見ていて飽きない。
「ふふふ」
「随分とご機嫌でございますね」
「あら、そう見える?」
「ええ。お嬢様がそのように楽しそうにされるのは、久しぶりかと」
「そうね。思っていた以上に楽しかったもの」
セレスは小さく笑い、座席に深く腰掛けた。
フィリスはそんな主人の様子を見て、僅かに目を細める。
「学園はいかがでしたか? お嬢様」
「面白かったわよ、可愛い子達にも会えたしね」
「……お手柔らかに、と言うわけには参りませんね」
「わかっているのならいいわ。これは計画の一部だからね」
「承知しております」
フィリスは静かに頭を下げた。
学園への入学は、単なる教育のためではない。
セレスが目指すのは、王家の転覆。
そのためには、今の貴族たちだけでなく、これから貴族社会を担う子息令嬢たちを取り込む必要がある。
十歳という年齢は、そのために都合がよかった。
まだ家同士の利害に深く染まっていない者も多く、友情や憧れが人間関係に与える影響も大きい。
もっとも、セレス自身が学園生活を楽しんでいることも事実だった。
「それにしても、あの子たち、本当に可愛かったわ。特にサラなんて、名前を呼んだだけで真っ赤になるのよ?」
「それはそれは」
「ステラも面白い子だったわね。遠慮がないように見えて、ちゃんと周りを見ているの」
「お嬢様のお眼鏡にかなったのでしたら、将来が楽しみでございますね」
「ふふ、そうね」
セレスは楽しそうに笑った。
フィリスも、それ以上は何も言わなかった。
少女たちが将来どのような立場になるのか。
今はまだ、誰にもわからないのだから。
◇
屋敷へ戻ったセレスは、制服から普段着へと着替え、執務室へ向かった。
机の上には、フィリスが整理した書類が並べられている。
「さて、学園の話に戻りましょうか」
「はい。まずは担任教師について、ご報告がございます」
「ああ、あれね」
セレスは椅子に腰掛けると、愉快そうに頬杖をついた。
「随分とわかりやすい方だったわ」
「ハロルドという男でございます。家督を継ぐことができなかったことに、以前から強い不満を抱いているようでして」
「なるほど。それで十歳の私が当主を務めていることが気に入らないのね」
「そのようでございます。学園でも、あまり評判のよい教師ではございません」
「でしょうね。あの態度では、生徒から慕われるとも思えないもの」
セレスは机の上に置かれた報告書を手に取った。
ハロルドの経歴や周囲からの評価が、簡潔にまとめられている。
ざっと目を通すと、セレスは小さく笑った。
「そう、あれについてはむしろ好都合だわ。ふふ、自分が当主になれなかったからって、浅い男。せいぜい駒として使ってあげるわ」
「同級生達の離反にも使えそうですね」
「その通りよ、ふふふ、ありがたく使うわ」
報告書を机へ戻し、セレスは紅茶を一口飲んだ。
「子供というのは、大人に反発するもの。同級生、それも可憐で努力を怠らず慈愛を持った愛される少女が矛先に向けられれば」
「図らずも、同級生達はセレス様の元に集うでしょうね」
「その通りよ」
満足げに頷くセレス。
しかし、フィリスはそこで僅かに眉を上げた。
「自分で可憐で慈愛を持っているというのは、いかがなものかと」
「えー、いいじゃない、ぷー」
セレスは頬を膨らませた。
フィリスは深いため息をつく。
「今さら年相応の反応をされても……はぁ」
「失礼ね。私はまだ十歳なのよ?」
「存じております。ですが、十歳の少女が教師を利用して同級生を掌握しようとするのも、いかがなものかと」
「あら、今さらそこを気にするの?」
「いえ、まったく」
「でしょう?」
二人は顔を見合わせた。
そして、セレスが先に吹き出した。
「あははは! 貴方、本当に面白いわね!」
「光栄でございます」
フィリスは恭しく頭を下げる。
その表情は、いつもと変わらず涼しげだった。
◇
「さて、学園の話はこのくらいにしておきましょうか」
「かしこまりました。それでは、商会についてご報告いたします」
フィリスは別の書類を差し出した。
「先方との契約が、無事に締結されました」
「あら、ようやく?」
「はい。多少の抵抗はございましたが、最終的には快くご承諾いただけました」
「快く、ねぇ」
セレスは書類に目を通し、契約内容を確認した。
そして、満足そうに頷く。
「さすがね。これで、国の2/3の流通網は私のものね」
「はい、おっしゃるとおりでございます」
商会を設立してから二年。
セレスは各地の商人や有力貴族と契約を重ね、物流に関わる事業を次々と傘下に収めてきた。
商品を作る者。
商品を運ぶ者。
商品を売る者。
それぞれが利益を得るためには、商品が滞りなく流通しなければならない。
その流れを押さえることで、セレスは国内に大きな影響力を持つようになっていた。
もっとも、すべての契約が円満に成立したわけではない。
「ふふ、あの強突く張りに手放させるのは骨が折れたわ」
「夜な夜な夢の中で骨を折られていたのは辺境伯閣下の方かと」
「あら、実際に折れるよりはマシでしょ?」
「それはそうかもしれませんが、毎晩となれば随分と恐ろしいことでしょうな」
「ふふふ、そうかしら?」
セレスは楽しそうに首を傾げた。
今回の契約相手である辺境伯は、強欲な人物だった。
提示された条件に納得せず、さらなる利益を要求し続けたのである。
そこでセレスは、少々手を貸すことにした。
眠りについた辺境伯の夢へ干渉し、何度も骨を折られる悪夢を見せたのだ。
もちろん、現実の身体に傷はない。
ただし、夢の中で感じる痛みは本物と変わらない。
それを幾晩も繰り返された辺境伯は、最終的に契約を受け入れた。
「しかし、契約を結んだ途端、悪夢が止まったとなれば、何かを疑われるのでは?」
「疑えばいいじゃない。証拠なんてないもの」
「左様でございますね」
「それに、今さら契約を破棄する気にもならないでしょう?」
「ええ。先方にとっても、利益のある契約でございますから」
「なら、問題ないわね」
セレスは書類に署名を済ませ、フィリスへ返した。
辺境伯が何を考えていようと、契約が成立した事実は変わらない。
これで、国内の流通網の三分の二を押さえたことになる。
残る三分の一についても、今後の交渉次第で影響力を拡大できるだろう。
しかし、セレスは急ぐつもりはなかった。
今は、学園での人脈形成を進める時期でもある。
焦って動く必要はない。
◇
「ひとまずは順調ね」
「はい、ですが、お嬢様の目的達成にはまだ遠いかと」
「ええ、わかっているわ」
セレスは椅子の背もたれに身体を預けた。
窓の外では、夕日が王都の屋根を赤く染めている。
人間の国。
かつて自分を裏切った者たちが暮らしていた世界。
その一角を掌握するための準備は、着実に進んでいた。
だが、復讐すべき相手は人間だけではない。
「人間の方はいいのよ。時間をかければ、どうにでもなるわ」
「では、魔族の方は?」
「……まだ遠いわね」
セレスは紅茶の水面を見つめた。
数百年前。
和平を願い、信じた者たちに裏切られたあの日。
その記憶は、今も鮮明に残っている。
あのときの声も。
向けられた刃も。
自分を見下ろしていた者たちの顔も。
何一つ、忘れてはいない。
「いずれ、必ず手が届くわ」
「そのためのご準備も、すでにお考えなのでしょうか?」
「もちろんよ」
「差し支えなければ、お聞かせいただけますか?」
セレスは顔を上げた。
フィリスはいつものように、静かに主人の返答を待っている。
その姿を眺めていたセレスは、悪戯っぽく微笑んだ。
「秘密。その方が面白いでしょ?」
「お嬢様には敵いませんね」
フィリスは苦笑する。
セレスは椅子から立ち上がり、窓辺へと歩いた。
夕焼けに染まった王都を見下ろす。
街を行き交う人々。
忙しなく動く馬車。
家路を急ぐ商人たち。
何も知らずに日常を送る人々の姿が、そこにはあった。
「ふふふ、必ず見せてあげるわ。あいつらが這いつくばって命乞いする姿を」
「楽しみにしております」
背後から、フィリスの穏やかな声が返ってくる。
セレスは振り返り、にっこりと微笑んだ。
「それまでは、貴方にもたくさん働いてもらうわよ?」
「もちろんでございます。ですが、お嬢様」
「何かしら?」
「明日も学園がございますので、夜更かしはほどほどにお願いいたします」
「……今、随分と雰囲気を壊さなかった?」
「お嬢様の健康管理も、執事の務めでございますので」
「もう、わかっているわよ」
セレスは不満そうに頬を膨らませた。
そんな主人の姿に、フィリスは小さく微笑む。
数百年越しの復讐を誓う少女と、その計画を支える執事。
二人の会話は、今日も何事もなかったかのように続いていく。
そして翌日も、セレスは学園へ向かう。
可愛らしい友人たちと過ごす、楽しい学園生活のために。
その先に待つ未来を、まだ誰にも悟らせないまま。
お読み頂き、ありがとうございます。




