第四話 目的達成には計画をたてる必要がある
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
執事が机の上に紙と筆記具を用意すると、セレスは紅茶を片手に、その様子を眺めていた。
窓から差し込む陽光が室内を照らし、庭からは小鳥のさえずりが聞こえてくる。
実に穏やかな昼下がりだった。
もっとも、これから二人が話し合おうとしている内容は、穏やかとは程遠いものだったが。
「さて、どこから始めましょうか」
「まずは、最終的な目的を明確にするべきかと存じます」
「あら、私の復讐よ?」
「承知しております。しかし、復讐を果たすために、どのような手段を用いるのか。それによって必要な準備も変わってまいります」
「ふふ、そうね」
セレスはカップを置き、机の上に広げられた紙へと視線を向けた。
「私が欲しいのは、単なる破壊ではないわ。国を滅ぼしてしまったら、利用できるものまで失ってしまうでしょう?」
「では、王家を排除し、国家の機能そのものは維持なさるおつもりで?」
「ええ。人も、お金も、土地も、組織も。使えるものは全部使うわ」
「なるほど。国を落とすとは、そういう意味でございましたか」
「ふふ、力任せに王宮を壊すだけなら、わざわざ計画なんて立てないもの」
執事は静かに頷き、紙にいくつかの項目を書き込んだ。
「それでは、実行時期はいかがなさいますか?」
「実行は学園卒業後、私が当主として国に認められた後ね」
「……随分と先のお話になりますね」
「急いで失敗するくらいなら、時間をかけて確実に進める方がいいでしょう?」
「仰るとおりでございます」
執事は一度筆を止め、何やら考え込むように目を伏せた。
「どうしたの?」
「いえ……」
執事は静かに顔を上げる。
「…………国を落とす反逆者を自ら貴族として召し上げることになる王家に、同情を禁じえません」
セレスは一瞬目を丸くした。
そして、楽しそうに笑い始める。
「ふふ、面白いじゃない」
「王家にとっては、少々笑えない冗談かと存じますが」
「あら、今から教えて差し上げるわけにもいかないでしょう?」
「それはもちろんでございます」
「なら、仕方ないわね」
セレスは何でもないことのように肩をすくめた。
執事もそれ以上は何も言わず、再び筆を走らせる。
こうして、二人の国家転覆計画は具体的な形を取り始めた。
◇
「計画をおさらいしましょう。まずは」
「経済圏の掌握ですね」
「ええ、流通網を掌握して、経済的に私を裏切れないようにするわ」
セレスは机に広げられた王国の地図を指さした。
街道が各地を結び、その先には大小さまざまな都市や町が存在している。
「人間も魔族も、食べなければ生きていけないでしょう? 衣服も必要だし、家を建てるには資材もいるわ。どれだけ偉そうな貴族でも、それらが手に入らなければ困るもの」
「確かに、そのとおりでございます」
「だから、まずは物の流れを押さえるの。私と敵対すれば、自分たちの生活が苦しくなる。そういう関係を作ってしまえばいいわ」
「……恐ろしいお考えですね」
「あら、そうかしら?」
「はい。武力で従わせるよりも、はるかに厄介でございます」
「ふふ、褒め言葉として受け取っておくわ」
セレスは満足そうに微笑んだ。
前世では、人間と魔族の双方が手を取り合えるように尽力した。
互いを理解し、信頼を築き、争う必要のない関係を作ろうとした。
しかし、その結果は裏切りだった。
だから、今度は違う。
相手が自分を好きである必要などない。
信頼してくれなくても構わない。
ただ、裏切ることで失うものがあればいい。
それだけで、人は簡単には動けなくなる。
「……まだ当家は商会すらございませんが」
執事が現実的な問題を指摘した。
「そこはなんとかするわ。やりようはいくらでもあるもの」
「末恐ろしい限りです」
「あら、貴方も共犯者じゃない」
セレスが楽しそうに笑う。
すると、執事も口元を緩めた。
「……ふふふ、心躍ります」
「頼もしいわね」
その返答に、セレスは満足そうに頷いた。
まだ商会すら存在しない。
流通網も、商人とのつながりも、これから作らなければならない。
だが、だからこそ面白い。
何もないところから、自分の望む仕組みを作り上げていく。
セレスにとって、それは決して苦痛な作業ではなかった。
「それに、経済圏を掌握するだけでは足りないわね」
「と、申されますと?」
「人よ。どれだけお金があっても、それを動かす人間がいなければ意味がないもの」
「なるほど。人材の確保でございますね」
「ええ。もっとも、今すぐ大勢集める必要はないわ。まずは商会を作って、事業を軌道に乗せることが先ね」
「かしこまりました。では、学園入学までの二年間を、経済基盤の構築に充てるということでよろしいでしょうか」
「そうね。学園に入ってからは、別の仕事が増えるもの」
セレスは地図から視線を上げた。
「学園入学までが勝負ね」
◇
「入学後は子息令嬢を取り込み、勢力の拡大、そして、卒業後には」
「若い世代を取り立てて、王家を転覆させる」
セレスが執事の言葉を引き継いだ。
執事は小さく頷き、紙に新たな項目を書き加える。
「学園に通う方々は、いずれ各家を継ぐ立場になる者も多いでしょう。確かに、今のうちから関係を築いておけば、将来的に大きな力となります」
「ええ。それに、若い世代なら、まだ考え方が固まりきっていないでしょう?」
「既存の権力者よりも、取り込みやすいということでございますか」
「それもあるけれど、何より、これからの国を動かすのは彼らだもの」
セレスは紅茶を一口飲んだ。
「今の王家に忠誠を誓っている者を、無理に寝返らせる必要なんてないわ。次の世代が私の側に立ってくれれば、それで十分よ」
「……なるほど」
「もちろん、全員を味方にする必要もないわ。私の考えに賛同する者もいれば、利益を求める者もいるでしょう。理由なんて、それぞれで構わないの」
「お嬢様に従うことで、利益が得られる状況を作るわけですね」
「ええ。反対する理由がなくなれば、それが一番楽でしょう?」
セレスは微笑んだ。
人を動かす方法はいくらでもある。
恐怖、利益、憧れ、信頼。
そのどれが正しいというわけでもない。
大切なのは、相手が何を求めているのかを知ることだ。
そして、それを利用すること。
かつての魔王は、人々の願いを叶えるために、その力を使っていた。
今のセレスは、自分の目的を叶えるために、人々の願いを利用しようとしている。
「もっとも、学園に入ってから考えればいいことも多いわね。今から誰が味方になるかなんて、わからないもの」
「仰るとおりでございます」
「だから、今は経済基盤を整えることに集中しましょう。人脈を広げるにも、お金があった方が便利でしょう?」
「確かに、資金は多いに越したことはございません」
「ふふ、でしょう?」
セレスは満足そうに頷いた。
執事は紙に書き込んだ内容を確認し、静かに口を開く。
「それでは、現時点での計画は三段階でございますね。学園入学前に経済圏を掌握し、在学中に勢力を拡大。そして卒業後、正式に当主となられた段階で王家を転覆させる」
「ええ。それでいいわ」
「承知いたしました」
執事は筆を置いた。
しばらく、室内に沈黙が流れる。
セレスが紅茶を飲んでいると、執事がぽつりと呟いた。
「…………血が流れますね」
セレスはカップを止めた。
「嫌なの?」
「いえ」
執事は静かに首を横に振った。
「見てみたいと思っている自分に驚いています」
「…………」
セレスは執事を見つめた。
そして、口元を緩める。
「ふっ、あははは! やっぱり貴方面白いわ」
「光栄でございます」
「普通は止めるところでしょうに」
「お止めしたところで、お嬢様のお考えが変わるとは思えませんので」
「あら、それだけ?」
「……いえ」
執事はわずかに微笑んだ。
「お嬢様がどのような国をお作りになるのか、興味がございます」
セレスは一瞬だけ目を細めた。
そして、楽しそうに笑う。
「ふふ、それは私にもわからないわね」
「左様でございますか」
「だって、まだ始まってもいないもの。何が起こるかなんて、やってみなければわからないでしょう?」
「確かに、そのとおりでございます」
「でも、一つだけ約束できるわ」
「何でございましょうか」
「退屈はさせないわよ」
執事は深々と頭を下げた。
「それは、実に楽しみでございます」
セレスは満足そうに微笑んだ。
机の上には、二人で書き上げた計画が置かれている。
経済圏の掌握。
学園での勢力拡大。
そして、王家の転覆。
どれも簡単なことではない。
ましてや、現在のセレスは八歳の少女にすぎない。
商会もなければ、独自の軍勢もない。
政治的な権力も、まだ手にしていない。
それでも、セレスには何の不安もなかった。
時間はある。
力もある。
そして、ようやく自分の目的を理解してくれる協力者も得た。
あとは、一つずつ進めていくだけだ。
セレスは椅子から立ち上がり、窓際へと歩み寄った。
窓の向こうには、穏やかな王国の風景が広がっている。
人々は今日も、何も知らずに日々を過ごしているのだろう。
その平穏がいつまで続くのか。
それは、これからの自分次第だった。
セレスはゆっくりと振り返る。
そして、執事へ向けて微笑んだ。
「それでは始めましょうか、私の復讐のために」
その瞳には、かつての魔王が抱いていた慈愛の色はなかった。
ただ、静かに燃える復讐の炎だけが宿っていた。
「ふふふ、せいぜい覚悟しておいて欲しいわね。自分達の行いの結果に」
執事は何も言わず、深く頭を下げた。
穏やかな午後の屋敷で、二人だけの国家転覆計画が動き始めた。
かつて世界の平和を願った魔王は、今度こそ自分のために世界を変えようとしている。
その先に何が待ち受けているのか。
まだ、誰も知らなかった。
お読み頂き、ありがとうございます。




