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魔王転生、今世は世界を血に染める  作者: 涙目
第二章 無知の知

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終話 無知は罪たり得るか

この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。

 目の前で平伏している魔族を、私は静かに見下ろしていた。


 つい先ほどまで、私を殺そうとしていた人物だ。


 それが今では、額を床につけたまま、微動だにしない。


 随分と極端な態度の変わりようね。


「顔を上げなさい」


「……はっ」


 相手は恐る恐る顔を上げた。


 その表情には、明らかな恐怖が浮かんでいる。


 けれど、それだけではないようだった。


 驚きと困惑。


 そして、何かを確かめたがっているような視線。


「そんなに見つめられると、少し恥ずかしいわ」


「も、申し訳ございません!」


「ふふ、冗談よ」


 私は笑った。


 相手はまったく笑わなかった。


 ……あら。


 少しは気を緩めてもらいたかったのだけれど。


 まあ、無理もないか。


 自分が殺そうとした相手が、かつての魔王だったのだから。


 それにしても、気になることがある。


「ねえ、一つ聞いてもいいかしら?」


「はっ! 何なりとお申し付けください!」


「貴方はどうして気づいたのかしら。私と貴方は会ったこと無いわよね?」


 相手は一瞬、言葉に詰まった。


 それから、ゆっくりと口を開く。


「…………私は、自分の魔法に自信がありました」


「あら、そうなの?」


「はい。魔力の扱いに関しては、同胞の中でも優れていると自負しておりました。実際、私の術を見破れる者など、ほとんどおりませんでした」


「なるほど」


 確かに、この魔族の魔法技術は悪くない。


 姿を変える魔法も、精神に干渉する魔法も、かなり精密に組み上げられていた。


 普通の魔法使いなら、見破ることは難しいだろう。


 けれど。


「ですが、穏健派……と言われておりました貴女様を遠目に見たとき、その自信は勘違いであることを知りました」


 私は少しだけ目を細めた。


 穏健派。


 懐かしい呼び方ね。


 確かに、私はそう呼ばれていた。


 人間との和平を望み、争いを終わらせようとしていたのだから、当然かもしれない。


 もっとも、あの頃の私は、そんな呼び方を気にしたこともなかった。


「異質な魔力、強大な魔力を外に一切出さない魔力操作技術、どれを取っても尋常では無い」


 相手は、当時を思い出すように語り始めた。


「私は、初めて貴女様を拝見した際、何も感じませんでした。あれほど強大な魔力をお持ちでありながら、まるでそこに存在していないかのように……」


「魔力が漏れ出ていなければ、逆に弱く見えるのではなくて?」


 私が尋ねると、相手は勢いよく首を振った。


「……っ! とんでもない! 存在感すらも薄れさせるほどの魔力操作ができるお方が弱いなど、あり得ません!」


「そうなの?」


「はい! 魔力を隠すこと自体は、それほど難しいことではございません。しかし、あれほどの魔力量を完全に制御し、一切の漏出を許さないなど、私には到底不可能でございます!」


 随分と熱心に語るものね。


 私は少し感心した。


 この魔族は、少なくとも魔法については相当な知識を持っているらしい。


 単に私の魔力量を恐れているのではない。


 魔力操作の難しさを理解しているからこそ、その異常さに気づいたのだろう。


「それに、先ほどの魔法で確信いたしました」


「先ほどの?」


「はい。私の攻撃を、魔力の流れを乱すことなく止められました。あのような精密な魔法行使が可能な方など、私の知る限り、お一人しかおられません」


「ふうん」


 私は自分の手を眺めた。


 確かに、あの程度の魔法なら、特に意識することもなく扱える。


 けれど、他の魔族からすれば、随分と難しいことらしい。


 ……そういえば。


 昔も、似たようなことを言われた気がする。


 魔法を教えてほしいと頼まれ、実際に見せてみたところ、何をしているのかわからないと怒られたことがあった。


 あれは、誰だったかしら。


 ……。


 思い出そうとした瞬間、胸の奥が冷たくなった。


 ああ。


 そうだった。


 あの子も、最後には私を裏切ったのよね。


 私は小さく息を吐いた。


 今は、そんなことを考える必要はない。


 目の前の相手に集中しましょう。


「…………ふふふ、あははははは!」


 気づけば、私は声を上げて笑っていた。


 相手がびくりと肩を震わせる。


「ま、魔王様……?」


「気に入ったわ、貴方」


「……は?」


「自分の力を過信していたことを認められる。それに、何が優れているのかをきちんと理解している。なかなか素敵なことだと思うわ」


 私は椅子から降り、相手の前まで歩いた。


 そして、しゃがみ込む。


 相手は身動き一つしなかった。


 私はそっと、その頬に触れた。


 指先に、わずかな震えが伝わってくる。


 そのまま顔を持ち上げさせ、私の方へ向かせた。


「一つだけ聞かせて」


「……はっ」


 私は微笑んだ。


「……貴方は私の敵?」


 相手の目が大きく見開かれた。


「……っ! 滅相もございません! 私如きが貴女様の敵になるなど、万に一つもございません!」


 私は、その顔をしばらく見つめていた。


 必死だった。


 嘘をついているようには見えない。


 けれど、私が知りたかったのは、そんなことではない。


 この魔族は、自分が私に敵うはずがないと言った。


 つまり、力の差を理解しているということ。


 それだけだ。


 かつて、私の側にいた者たちもそうだった。


 私の力を知り、私を敬い、私に従っていた。


 それでも、最後には私を殺した。


 強さを理解していることと、裏切らないことは、まったく別の話なのだ。


 私は頬から手を離し、ゆっくりと立ち上がった。


 そして、表情を消した。


「あっ、そ」


 相手の身体が、びくりと震えた。


 私はそれ以上、何も言わなかった。


◇


 しばらく沈黙が続いた。


 相手は床に膝をついたまま、私の様子を窺っている。


 私は椅子に戻り、机の上に置かれていた紅茶へ手を伸ばした。


 ……あら。


 もう冷めている。


 少し残念ね。


 私は指先に魔力を集め、カップの中身だけを温めた。


 ふわりと湯気が立ち上る。


 うん、これでいいわ。


 紅茶を一口飲むと、ようやく相手が口を開いた。


「…………私はいかがすればよろしいでしょうか」


 私はカップを置いた。


「基本は今まで通りで構わないわ。一つだけ、貴方が知り得た情報を私に共有しなさい」


「……今まで通り、でございますか?」


「ええ」


 私は微笑んだ。


「貴方が何をしているのか、私にはまだ詳しくわからないけれど、今まで通り活動すればいいわ」


「……よろしいのでしょうか」


「あら、何か問題でも?」


「い、いえ! 滅相もございません!」


「なら、いいでしょう?」


 私は紅茶を飲んだ。


 この魔族が人間社会で何を企んでいるのか。


 それについて、今のところ私は興味がない。


 少なくとも、止める理由はなかった。


 かつての私なら、違ったのかもしれない。


 人間と魔族の争いを防ぐため、必死になって説得していたことだろう。


 けれど、今は。


 ……ふふ。


 どうでもいいわ。


 私が知りたいのは、あの裏切り者たちが今どこにいるのか。


 そして、私が死んでから世界がどう変わったのか。


 それだけ。


「貴方が知り得た情報は、どんな些細なことでも構わないから、私に伝えなさい。特に、魔族の動向については詳しく知りたいわ」


「承知いたしました」


「それから、私のことは誰にも話さないでね」


「もちろんでございます!」


「ふふ、いい子ね」


 私は微笑んだ。


 相手は深々と頭を下げた。


「…………御身の御心のままに」


 その声には、先ほどまでの震えがなかった。


 代わりに、何か強い決意のようなものが感じられる。


 ……まあ、いいでしょう。


 今のところ、この魔族を信用するつもりはない。


 けれど、利用価値があることは確かだ。


 それに、私の正体を知っている以上、放っておくわけにもいかない。


 情報を共有させ、行動を把握する。


 その方が、ずっと都合がいい。


「それでは、そろそろ失礼するわね」


 私は椅子から立ち上がった。


 相手も慌てて立とうとしたけれど、私は軽く手を振った。


「そのままでいいわ」


「……はっ」


 私は扉へ向かう。


 そして、振り返った。


「有意義な出会いだったわ。またお会いしましょう」


「本日はお時間頂き誠にありがとうございました」


 相手は深々と頭を下げた。


 私は微笑み、そのまま部屋を後にした。


◇


 扉が閉まった。


 足音が遠ざかっていく。


 その音が完全に聞こえなくなったところで、魔族はようやく大きく息を吐いた。


「……はぁ……」


 身体から力が抜ける。


 額には、冷たい汗が浮かんでいた。


 まさか。


 まさか、あのお方が生きておられたとは。


 いや、正確には生まれ変わられたのだろう。


 人間の少女という姿で。


 だが、間違いない。


 あの魔力。


 あの魔法技術。


 そして、あの圧倒的な存在感。


 かつて遠目に拝見した魔王そのものだった。


 いや。


 今の方が、さらに恐ろしい。


 自ら魔力を解放するまで、まったく気づくことができなかったのだから。


 あれほどの魔力を、完全に隠していた。


 魔法に自信を持っていた自分が、まるで赤子のように感じられた。


 畏怖。


 恐怖。


 そして。


「ああ、魔王様! 私は貴女様をお慕い申しております!」


 魔族は、誰もいない部屋で声を上げた。


 その顔には、先ほどまでとはまったく違う表情が浮かんでいた。


 歓喜。


 憧憬。


 かつて魔王が生きていた頃。


 その圧倒的な魔法技術を目の当たりにした日から、彼はずっと魔王に憧れていた。


 魔王は穏健派と呼ばれ、人間との和平を望んでいた。


 その思想に、必ずしも賛同していたわけではない。


 けれど、あの力だけは別だった。


 誰にも真似できない魔法。


 誰にも届かない領域。


 それを当然のように扱う魔王の姿に、彼は心を奪われた。


 そして、今。


 その魔王から、直接命令を受けた。


「……情報を集めねば」


 魔族はゆっくりと立ち上がった。


「魔王様のお役に立てるのであれば、これほど光栄なことはない」


 その目には、強い決意が宿っていた。


 こうしてセレスは、忠実な手駒を手に入れた。


 もっとも、セレス自身は一ミリたりとも彼を信用していないのだが。


◇


「ふふ、これで少しは進むわね」


 屋敷を出た私は、清々しい気分で歩いていた。


 思いがけず魔族と出会い、情報を集める手段まで手に入った。


 もちろん、あの魔族がどこまで役に立つのかはわからない。


 けれど、何もないよりはずっといい。


 それに、現在の魔族社会について知ることができれば、あの裏切り者たちの行方を探す手掛かりにもなるだろう。


 ……ふふ。


 楽しみね。


 私は通りを眺めた。


 屋敷の前には、広い石畳の道が続いている。


 行き交う馬車はそれほど多くなく、歩いている人の姿もまばらだった。


 迎えの馬車は、少し離れた場所で待っているはずだ。


 私はそちらへ向かおうとして――。


「あら?」


 一台の馬車が、猛然とこちらへ向かってきた。


 随分と急いでいるのね。


 私は何気なく、その馬車へ視線を向けた。


 馬車は速度を落とさない。


 そのまま、私のすぐ横を通り過ぎようとする。


 そして。


 すれ違う瞬間、馬車の扉が勢いよく開いた。


 中から、一本の腕が伸びてくる。


 その手が、私の身体をつかんだ。


 次の瞬間。


 私は馬車の中へ、強引に引きずり込まれていた。


お読み頂き、ありがとうございます。

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