↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王転生、今世は世界を血に染める  作者: 涙目
第二章 無知の知

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/34

第一話 知は力なり

この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。

 朝の日差しが差し込む庭園で、私は紅茶の香りを楽しんでいた。


 以前は食事すら満足に与えられなかったというのに、今ではこうして好きな時間に紅茶を飲むことができる。


 実に素晴らしい変化だと思う。


 もっとも、私が望んでいるのは、この程度の平穏ではないのだけれど。


「お嬢様、本日より家庭教師の方がお見えになります」


 傍らに控えていた執事が、静かに告げた。


「あら、もう決まったの?」


「はい。歴史、地理、魔法学をはじめ、貴族として必要な教養を一通り修めておられる方です。王都でも評判がよく、これまでに複数の貴族家で指導された実績がございます」


「随分と優秀そうね」


「少なくとも、経歴に問題はございません」


 その言い方に、私は小さく笑った。


「経歴には、ね」


「人となりにつきましては、実際にお会いになってからご判断いただくのがよろしいかと」


「ふふ、そうするわ」


 執事は以前と変わらず、慎重な物言いをする。


 私の力を目の当たりにしているというのに、必要以上に媚びへつらうこともない。


 もちろん、恐怖を抱いていないわけではないだろう。


 それでも自分の役目を果たそうとする姿勢は、嫌いではなかった。


「ところで、家庭教師というのは、どのようなことから教えるものなのかしら?」


「一般的には、読み書きや計算の習熟度を確認したうえで、年齢に応じた授業を進めます。お嬢様の場合は、まず現在の学力を確かめることになるでしょう」


「なるほど。私が何を知っていて、何を知らないのかを調べるわけね」


「左様でございます」


「それなら、私からも知りたいことを伝えて構わないのよね?」


「もちろんでございます」


 私は紅茶を一口飲み、少し考えた。


 この身体になってから、まだ日が浅い。


 屋敷の中についてはある程度把握できたけれど、外の世界については、ほとんど何も知らないと言っていい。


 そもそも、私が死んでからどれほどの年月が経っているのかさえわからないのだ。


 かつての国々は、今も存在しているのだろうか。


 人間と魔族の関係は、どうなったのだろう。


 そして、私を裏切った者たちは。


「歴史を重点的に学びたいわ」


「歴史、でございますか」


「ええ。特に、国同士の関係や、魔族との争いについて知りたいの。それから、現在の国際情勢も」


「承知いたしました。先生にもお伝えしておきます」


「お願いね」


 私は微笑んだ。


 知識は力になる。


 それは、かつて魔王として生きていた頃から変わらない考えだった。


 ただ、以前とは使い道が違う。


 あの頃は、争いを終わらせるために知識を求めていた。


 今は、復讐する相手を探すため。


 ふふ。


 人間というものは、目的が変われば同じ行動でも随分と意味が変わるものなのね。


 ……まあ、私は元々人間ではないのだけれど。


◇


 家庭教師が到着したのは、それから一時間ほど後のことだった。


 執事に案内されて応接室へ入ってきたのは、落ち着いた身なりの男性だった。


 年齢は四十歳前後だろうか。


 丁寧に整えられた髪に、皺の少ない衣服。手には革製の鞄を持っている。


 男性は私の前まで進むと、恭しく一礼した。


「初めまして、セレス・ハワードお嬢様。本日より家庭教師を務めさせていただきます、エドガー・ベルモントと申します」


「初めまして、エドガー先生。セレス・ハワードです。これからよろしくお願いしますね」


「こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 先生は穏やかな笑みを浮かべた。


 第一印象は悪くない。


 礼儀正しく、言葉遣いも丁寧。


 何より、私を子供だからと侮るような態度が見られなかった。


「早速ではございますが、お嬢様の現在の学力を確認させていただいてもよろしいでしょうか?」


「ええ、構いませんよ」


「ありがとうございます。それでは、まず読み書きから始めましょう」


 先生は鞄から数枚の紙を取り出した。


 簡単な文章を読ませ、次に同じ内容を書き取らせる。


 その後は計算問題。


 足し算、引き算、掛け算、割り算と進み、少し複雑な文章問題まで出された。


 私は一通り答えた。


「……素晴らしい」


 先生は答案を見つめながら、感心したように呟いた。


「この年齢で、ここまで正確に理解されているとは。どなたかに教わっていたのでしょうか?」


「いいえ。特には」


「そうなのですか?」


「ええ。ただ、屋敷にあった本を少し読んだことはあります」


 もちろん、嘘ではない。


 この身体になってから、書庫に置かれていた本には目を通している。


 もっとも、読み書きや計算については、前世の知識が役立っている部分も大きい。


 言語そのものに大きな違いがなかったのは幸運だった。


「なるほど。独学でこれほどとは、実に素晴らしい才能をお持ちです」


「ありがとうございます」


「それでは、少し難しい内容に進んでもよろしいでしょうか?」


「ぜひ」


 先生は楽しそうに微笑んだ。


 その後も授業は順調に進んだ。


 地理では現在の王国の領土について教わり、周辺諸国の名前や位置関係を確認した。


 私の知る地名もいくつか残っていたけれど、知らない国も増えている。


 国境線も、記憶とは随分違っていた。


 やはり、相応の年月が経っているらしい。


 詳しいことは、歴史の授業で確かめる必要があるだろう。


「先生、一つ質問してもよろしいかしら?」


「はい、何でしょう」


「この国と魔族の関係は、今どうなっているのですか?」


 先生は少しだけ目を細めた。


 ほんの一瞬の変化だったけれど、私にはわかった。


「魔族について、でございますか」


「ええ。昔は争っていたと聞きましたけれど、今も戦争をしているの?」


「現在、大規模な戦争は行われておりません。ただし、魔族は依然として警戒すべき存在です」


「そうなのね」


「彼らは人間とは異なる価値観を持っています。人間社会の秩序を守るためには、正しい知識と判断が必要となります」


「正しい知識と判断……」


「はい。幼い頃から適切な考え方を身につけることは、将来、大きな財産となるでしょう」


 私は小さく頷いた。


 確かに、その通りだと思う。


 正しい知識を身につけることは大切だ。


 けれど。


「先生は、何をもって正しいと判断するのですか?」


「それは、歴史と経験によって証明されたものです」


「なるほど」


 私は微笑んだ。


 その答え自体は、特におかしなものではない。


 ただ、少し気になる。


 先生は先ほどから、知識を教えるたびに、その知識をどう受け止めるべきかまで付け加えている。


 例えば、周辺諸国について説明するときもそうだった。


 ある国については、秩序を重んじる優れた国家だと語る。


 別の国については、自由を尊重するあまり統治が不安定になっていると説明する。


 もちろん、そうした評価には根拠があるのかもしれない。


 でも、なぜそう判断したのかという説明は、ほとんどなかった。


 まるで、私が先生の評価をそのまま受け入れることを前提としているような。


「セレスお嬢様?」


「あら、ごめんなさい。少し考え事をしていました」


「いえ、学ぶうえで考えることは大切です。ただし、最初のうちは正しい知識を身につけることを優先なさるとよろしいでしょう」


「そうなのですね」


「はい。物事を正しく理解するには、まず信頼できる者の教えに従うことが重要です」


 私は先生の顔を見つめた。


 先生は穏やかに微笑んでいる。


 悪意は感じられない。


 少なくとも、表面上は。


「わかりました。ありがとうございます、先生」


「お役に立てたのであれば幸いです」


 私は微笑み返した。


 ……ふうん。


 何だか、面白い先生ね。


◇


 初日の授業が終わり、先生が帰った後。


 私は執事を呼び、応接室で紅茶を用意してもらった。


「お嬢様、初めての授業はいかがでしたか?」


「とても勉強になったわ。先生は随分と物知りなのね」


「それは何よりでございます」


「ただ、一つ気になることがあるの」


「何でございましょう」


 私はカップをソーサーに戻した。


「先生は、私に知識を教えたいのかしら。それとも、自分の考え方を教えたいのかしら?」


 執事はすぐには答えなかった。


 少し考えるように目を伏せる。


「……授業中に、何かございましたか?」


「別に何も。ただ、先生は何かを説明するとき、必ず自分の考え方を添えるのよ。それ自体は構わないのだけれど、その考え方を疑うことは、あまり歓迎していないように感じたわ」


「なるほど」


「私の気のせいかしら?」


 執事は静かに首を振った。


「実際の授業を拝見しておりませんので、断言はできません。ただ……」


「ただ?」


「私の思い込みかもしれませんが、ご自身の教えこそが絶対であると、お嬢様に思い込ませたいのかもしれませんね」


 私は目を瞬かせた。


 そして、ゆっくりと笑みを浮かべる。


「ああ、なるほど」


 そういうことなのね。


 知識を与えるだけではなく、判断するための基準まで与えようとしている。


 そして、その基準を疑わせない。


 確かに、そう考えれば先生の言動にも納得がいく。


「ふふふ」


「お嬢様?」


「ありがとう。おかげで少しすっきりしたわ」


「お役に立てたのであれば幸いです」


「ねえ、先生は明日も来るのよね?」


「はい。明日からは本格的な授業を始める予定となっております」


「そう。楽しみだわ」


 私は紅茶を一口飲んだ。


 先生が何を教えようとしているのかは、まだわからない。


 単に自分の考えに強い自信を持っているだけかもしれないし、何か別の理由があるのかもしれない。


 どちらにしても、確かめる方法はある。


 先生の言葉を一つずつ聞いて、疑問に思ったことを尋ねればいい。


 間違っていると思えば、理由を説明すればいい。


 それだけのこと。


 かつて私は、異なる考えを持つ者たちと、何度も話し合いを重ねてきた。


 人間と魔族。


 国王と魔王。


 貴族と平民。


 立場も価値観も違う相手と、互いの考えを理解しようと努力してきた。


 ……まあ、その結果があの裏切りだったのだけれど。


 私は思わず笑ってしまった。


「ふふ、明日は先生とたくさんお話しできそうね」


 先生は、私に何を教えてくれるのだろう。


 そして、私の質問にどう答えてくれるのだろう。


 明日の授業が、今から楽しみだった。


お読み頂き、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。