9話 忌むべき相手
キャラクターの台詞等で不快な気分にになるおそれがあります。御注意ください。
「酷いなぁー。そんな跡形もなく壊しちゃうなんて」
その声を聞いた時、底しれぬ恐怖がアテルの全てを支配した。紛れもなく、その声はかつてアテルを魔法の実験体にして、全てを奪った人物の声だった。
✽✽✽
「やめろ」
昔そう声に出しても、抵抗をしようとしてもあいつは喜ぶだけだった。まるで、誰かに対して復讐しているように。あいつの瞳の奥には、俺ではない別の誰かが常に映っていた。
「もっと声を聞かせてよ。苦しい?苦しいよね。可哀想にね」
可哀想だとか、そんな言葉を口にしても、表情は気持ち悪い笑みを浮かべているだけだ。
何度、魔法の火で焼かれただろう。焼かれたその度に魔法で治されて。何度、人を操る魔法の実験体にされただろう。雷に打たれても、水に沈められても。何をされても、殺してはくれない。
苦しくて、苦しくてだけど、それが日常で。他の子供は、心を病んで、体を壊して。そうして死んでいった。
✽✽✽
なんで、ここにいる
あの惨状を作り出したお前が
なんで なんで どうして
―忘れるものか、許せるものか
聞き慣れたその声も顔も表情も。全てが嫌だ。無力な自分だった頃を思い出すから。親を呼ぶ子供の叫び声が、泣き声が、耳にこびりついている。もう、忘れてしまいたい。
「失敗作くんと違ってさ」
その言葉が、昔の記憶を呼び覚ました。ずっと言われ続けた言葉。あいつは、俺の事を忌むべき仇のように見るくせに殺しはしなかった。
―可哀想な失敗作くんその瞳が歪むところもっと見せてよ―
その言葉が、気持ち悪くて、怖くて、大嫌いだった。
「どうして、お前が―」
「生きているのかって?そっか、そっか死んだと思ってたんだ」
「あの日生き残ったのは、俺だけのはずだ。実際お前は目の前で、瓦礫に飲まれた」
「魔法を使って実験してるのに、実験体の暴走に対して、何も対策してないなんてあり得ないでしょ?死んだと思わせてまた目の前に現れたら、どんな顔するのかも気になったしね」
「何を、言って」
「先程から何の話かは知りませんが。話の流れから、貴方は敵という事は間違いないのですね」
アンナマリーの声が響いた。彼女は、冷たい瞳であいつを見据えている。
「まぁ、そういう事だよ。お嬢さん」
「そうですか。それだけ聞けたなら十分です」
「紫の歌第一節 星風の花」
アンナマリーが唱えたと同時に強い風が、すぐ横を通り抜けていく。いくつもの光線があいつを目がけて進み、その体を貫いている。あと少しの攻撃で、あいつは死ぬだろう。それだけの傷だった。なのに不気味な事にあいつはまだ立っていて、笑っていた。
「何か、言いたい事はありますか?」
アンナマリーがそう問いかけた。恐らく聖女としての慈悲なのだろう。
「そうだなぁ。あっ、そうだ一つだけ面白い事教えてあげるよ。」
「なんですか?」
「君の大切な大切な、師匠なんだけどね。僕が殺したんだよ」
その時、アンナマリーが息を呑んだのが分かった。それと同時に凄まじい殺気が場を支配した。
「殺した…?あなたが、師匠を?」
「うん。そうだよ僕が殺した。ねぇ、どんな気持ち?」
「っ!!」
アンナマリーが動揺したのが手に取るように分かった。
あいつは、アンナマリーの師匠を殺したという事を当然のように口にした。あれは、殺した相手の事で後悔をしたことも恐怖を感じた事もない奴の言葉だ。
「僕、聖女って好きじゃないんだよね。だから殺したあの時凄く気持ちが晴れたよ。あっ、あとね―」
「黙れ!」
今までに聞いたことのない程大きな声だった。アンナマリーが、強く握りしめた拳からは、血が流れている。
その様子を見てあいつが気持ち悪い笑みを浮かべた。それは、まるで獲物が罠に掛かったとでも言わんばかりの表情だ。けれど、アンナマリーはそんな事気づいていない。
アンナマリーの空色の瞳はユラユラと淡く光っている。感情が聖女の力を制御できていないのだろう。再び光が放たれる。許さない、殺してやる、そんな思いが嫌なほど伝わってくる。
何かを壊され、大切な物を奪われた。なのに奪った奴は、それを気にもせず当然のような態度でいる。それが許せなくてなんだと言うのだろうか。誰が許せるだろうか。
(今ここで、こいつを殺さなくては)
それを考えてからは、心が軽かった。楽だった。
けれど、自分の頭をよぎった殺すための動機がつくづく嫌になる。
きっとこれから先色んな物をまた奪うから。もう、誰からも奪わせない。その感情が少しあったのも事実だ。けれど、そんな明るい感情があいつを殺すための動機の全てだったら良かったのに。そう思ってしまった。
結局、自分の動機の殆どは、自分と同じかそれ以上の目に合わせて殺したいということなのだから
―なるべく、自分がされて苦しいと思った事で殺さなければ
その思いが心の奥で溢れている。ドロドロとしたその感情が、今はただ心地よかった。
された事の中で一番痛かったのは、何だっただろうか。それをしてやろう。
アテルの頭の中には、一つだけ浮かんだそれは、光と轟音を持って振り注いだ。直撃すれば、ただでは済まないそれが、直撃した。アテルがあいつに最初に仕返したかったそれは、雷だった。
けれど、まだそれで終わりにする訳もない。
(もっと、もっとだ)
次は火で攻撃を仕掛けた。その次は水で、またその次は氷で。そうやって攻撃をした。
殺意を込めて。
✽✽✽
師匠を殺したと聞いて、アンナマリーの頭を支配したのは、困惑と、とても熱くて身を焼かれてしまいそうな程の怒りだった。
何故殺したの
何故、死体すら残さず殺したの
師匠を殺した、あなたが何故生きているの
―許さない
その感情が頭を支配した時、とてつもなく魔法の調子が良い事に気がついた。今なら、辺りを焼き尽くすことも簡単に出来るだけの力がある気がした。なら、それだけの力をただ一点に注いだなら、どれだけ高威力な攻撃が出来るだろう。
「紫の歌第一節 星風の花」
アテルの放つ魔法が目に入った。雷が振り注いだ。これで死なないはずなどない。けれど―
(なんで、なんで死なないの)
高威力の攻撃をもってしても、変わらず忌むべき相手は、そこに立っていた。それだけでなく先程まであった傷が消えている。どれだけ、高威力の魔法を放とうとも、どれだけ感情を込めようとも、効いていない。その事実が、怒りに溢れたアンナマリーの心に、絶望という影を落とした。
「もう良いかな?退屈になってきたんだけど」
直後、耳慣れない、言葉のような音が聞こえた。
その瞬間、背中に激しい痛みがはしった。辺りを見て、自分が木に叩きつけられたのだと悟った。
けれどそれが何だ。体が痛くても、壊れてもお前だけは。
「絶対に、許さ、ない」
術を発動しようとした、その時だった。
「アンナマリー!筆頭魔術師!」
聞き覚えのある声が森に響いた。ルプスだ。
ルプスは、瞬時に私とアテルを庇うような位置に入り、剣を構えた。
「ねぇ、ちょっとそこ退いてくれない?まだ途中なんだけど」
「断ると言ったら?」
「ふぅん。そうなんだ」
ルプスが一歩踏み出した。そして、その次にはもう、剣が届いていた。とてつもなく速いのだ。一歩踏み出すところまでしか見えなかった。
「はぁ。面倒くさいな」
少しため息交じりにそう言った。ルプスの攻撃を受けても、全く効いている様子は無い。けれど、効いていないからといってルプスは攻撃の手を緩めなかった。
「今日はもう駄目かな」
その言葉が聞こえた時にはもう、そこに忌むべき相手は居なかった。転移魔法で逃げられたのだろう。
(逃げられた)
ルプスは一瞬驚いた表情をしてから、辺りを確認し、こちらに駆け寄ってきた。
アテルの方を見ると、アテルも私と同じように吹き飛ばされたのだろう。立ち上がろうとしているが、フラフラとしていて、とても立てる様子ではない。
「アンナマリー!?」
大きなその声が頭に響いて痛かった。
けれど、ルプスが来たという安心が胸を軽くしてくれる。なのに、そんな心とは裏腹に、まるで何かが纏わりついているように体が言うことを聞かなかった。
(力使いきっちゃったな。体が重たいや。
それになんだか、目の前が暗くなっていくような…)
段々と暗くなっていく視界が、ついに真っ暗になった時、私は気絶していた。
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