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とある聖女のお話し  作者: 海野 はなび
第1章 遠征にレッツゴー
8/11

8話 月が照らす

本日2回目の投稿です。

森に着いてローダから降りると、ローダの体が淡い光に包まれだした。全速力で森まで飛ばしてもらったからもう限界に近いのだろう。私がローダを召喚して居られる時間はそう長くはないし、力をローダが使うだけその時間は短くなる。

「ごめんねローダ、ありがとう」

「うん」

光が霧散し、ローダの姿が消えた。普段精霊が住んでいるところに帰ったのだろう。


ふと、足元の感覚から土が酷く乾いている事に気づいた。木が生い茂っているし、この森には川も流れている。それなのにこんなに乾いている事がアンナマリーに異質さを感じさせる。

(早く行かなきゃ。何があったのか確かめないと。)

森の中というには、乾きすぎた土の上を進んで行く。きっとこの乾いた土も魔物の影響だろう。辺りの環境にも影響を及ぼすということは強い力を持った魔物ということ。それにいきなり変化したということも含めて、奇妙でしかない。


一歩踏み出したその時だった。まるで心臓を握られたかのような、頭を殴られたような感覚になった。

恐怖だ。まぎれもなく、そしてそれは本能的な恐怖。本能が、警鐘を鳴らしている。


「バイバイ、おにーさん」

まだ幼い子供の声だった。こんなところに子供なんて居るはずもないのに。あれは、魔物だ。感じる魔力の反応が、アンナマリーの経験からそう確信させる。

声の方を見た時、アンナマリーの心臓がドクドクと嫌な音をたてた。茎のような物がアテルの後ろに迫っていた。それは鋭く、いとも簡単にアテルを貫くだろう。

ヒュッと喉が嫌な音をたてる。息が上手く吸えなかった。一瞬、師匠が殺された時が頭の中を駆け巡ったから。

(嫌だ、嫌だ、嫌だ。)


「白の歌始まりの節 乙女の星(リリウム)!!」

(嫌だ、誰ももう目の前で死なないで)

例えそれが、アテルであっても。自分が何(・)度(・)も(・)誰かを殺すのは、もう嫌だ。

(みんな私が殺した。みんな私が居なければ今も笑ってた。)

押し寄せるそれは、後悔だ。もう拭うことの出来ない出来事。

息が上がって苦しい。上手く息が吸えない。

(落ち着け、落ち着け)

「常に笑っていて、優しくありなさい」

自分で言い聞かせるように発したその言葉が、鍵穴に鍵がはまったような感覚にさせた。

そうだ、アンナマリーは、聖女なのだ。聖女とは常に優しく微笑んで、純粋で、国の象徴で


―誰かの希望でなければならない。

(そうだ、聖女なんだ)

再び、胸の辺りにストンと何かが落ちた気がした。それまで滞っていた流れが再び流れ出したみたいな感じだ。

(聖女は誰にでも優しく、微笑まなくちゃ)


アンナマリーはそこにいた、子供の姿をした魔物に優しく微笑んでいた。むしろ、慈しむような笑みと言ったほうが正しいだろう。

そして、こう唱えるのだ

「白の歌第二節 蝶の花(ファレノプシス)」


アンナマリーを攻撃しようと、茎のような物が向けられるが、それは届かない。

神聖術で作り出した蝶が、アンナマリーの軽々とした心のようにヒラヒラと舞う。

先程まで雲が覆い隠していた月が辺りを照らした。


「紫の歌第一節 星風の花(ユーストマ)」

パチンと指を鳴らせば、高威力の光線が魔物目がけて進んでいった。魔物は、茎のような物で防ごうとするが、そんな物お構い無しに光線は魔物の体の大部分を貫いた。魔物は、貫いたところから血が出たりはしない。ただ、何が起きたのかも分からずに、自分の体をずっと不思議そうに見つめている。痛覚が無いのだろう。

いつの間にか飛行魔法で空を飛んでいたアテルを一瞥すると、とても冷めた目で魔物を見ていた。感情なんて籠もっていない目だ。ただ人と魔物の違いを再確認しているだけなのだろう。あぁ、あれは人ではないのだと。

(あれは、子供じゃない。魔物で、敵だ。)

魔物の体が開いた穴を塞ごうとして、再生を始める。このまま放っておけば完全に元通りになるのだろうか。術を唱えようとした、その時だった。

一瞬のうちに魔物は凍りつき、氷の欠片となって瓦解した。アテルの魔法だろう。

(終わった)

アテルが魔法を解除して、アンナマリーに近づいてきた。アテルの方を見ると、いつもの表情ではなかった。先程と同じ、感情の籠もっていない表情。

「助かった」

「いえ―」


その時だった。

「酷いなぁー。そんな跡形もなく壊しちゃうなんて」

甘ったるい蜂蜜みたいな声が耳元で響いた。

「っ!」

直ぐ様距離を取り、背後を取られないようにする。声の主を見ると、そこには夜みたいな黒髪を緩く三つ編みにした不思議な人物が居た。月明かりが照らす顔は、女性とも男性とも分からない中性的な顔立ち。一見したら、大切な物を失ったように悲しげな表情をしている。けれど、髪色と同じ黒色の瞳には悲しみの表情なんて籠もっていない。

その人物は、さっきと同じ甘ったるい声で言うのだ。

「これから強くなってきくだろうなっていう成功作だったのに。そこの失敗作くんと違ってさ」


その時初めて、同じように距離を取り隣で臨戦態勢をとっているアテルが、恐怖と驚きが入り混じった表情をしているのに気づいた。


読んでくれてありがとうございました!

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