7話 白の歌
今回の話でアンナマリー目線に戻ります。襲撃された直後からのお話です。
ヒュッという音と共に刃物が振り下ろされた時。私は、咄嗟に唱えていた。
「白の歌始まりの節 乙女の星」
キィンという音と共に、振り下ろされた刃物が何かに弾かれた。防御術が展開されたのだ。咄嗟に発動したが、間に合った事に安堵のため息を漏らした。
襲ってきた人は、ケタケタと不気味に笑っている。足取りもフラフラとしているし、微弱な魔力の反応がある。 やっぱりこの人達、魔法で操られてる。 ケタケタと笑う彼らをみていると、とても気分が悪くなる。本能的な嫌悪感とでも言うのだろうか、今すぐにでも耳を塞いでしまいたい。
「白の歌第四節 雪の花」
そう唱えると、襲ってきた人達はバタリとその場で倒れた。眠っている。術が効いたのだ。
古くからこの国には、魔法と神聖術という2つの不思議な術が存在している。魔法は、この国に居る人数は少ないが魔力を持っていれば、人も魔物も使う事が出来る。だが、神聖術は別だ。神聖術は、人間それも聖女にしか使えない。初代聖女リリアマリーが神から授けられ、およそ300年前に二代目聖女アイリスマリーが発展させたと言われるその技術は、魔を祓うための物だ。
術で眠らせた2人は、床に倒れている。 このままここで眠らせて置くわけにも行かないし、誰か出来れば騎士団に引き渡したい。
その時、壊れんばかりの勢いで部屋の扉が開いた。
よく通る声が大声で部屋中に響く。
「アンナマリー!大丈夫………みたいだね」
扉を開けたのはルプスだった。心配して駆けつけてくれたのだろう。
「えぇ、状況は?何があったんですか?」
「さっき、館中が襲撃されたんだ。笑いながら襲ってきた人達、盗賊とか暗殺者って感じでもないからとりあえず腹に一発かましてここまで来た」
腹に一発… 死んでないよね?その人達。 なにせ、ルプスは制服越しでも分かるほどがたいが良い。そんな人に一発でも殴られたらそうとう痛いだろう。
当の本人ルプスは、何かを思い出したようにハッとした顔をしている。
「あっ、そうだアンナマリーに伝言があったんだ。筆頭魔術師のアテルって人から」
「アテルから?」
「森に魔物が出た。魔物のところに向かうから、至急来い。だって」
(なるほど、魔物か。多分アテルは、その魔物が今回の原因だって考えてるんだろうな。 魔物が相手なら、神聖術が効果的だ。私を呼んだのもそういうことだろう。)
「分かりました。私は森に向かいます。そうだ、出来ればそこに寝てる2人連れてってくれませんか?このままだとまた暴れだすかもしれませんし」
「分かった!とりあえず拘束しとくね!」
任せろと言わんばかりに、ルプスは親指を立てている。とても頼もしい。
ルプスは、どこからか、拘束用の縄を取り出して、拘束している。
「それにしてもアンナマリー、森までどうやって向かうつもり?」
確かに、ルプスがそう思うのも無理は無い。けれど、私にはこういう時頼れる相棒がいるのだ。
「白の歌第三節 桃菊の歌」
微かな光が現れ、明滅している。その光は段々と数を増やし、一カ所に集まっていく。 やがてその光は、鳥のような形を取り始めるとそれまで明滅していた物が、ピカリと一瞬まばゆい光を発した。
「久しぶり、ローダ」
私が声をかけた先には、空色の羽をした大きな鳥型の精霊がいた。月色の瞳が、私を見つめている。 ローダと私が名付けた精霊は、ハッと驚いた顔をしたあと、パァァァと顔が明るくなった。 相変わらず、表情が豊かだ。
「久しぶり〜!アンナっち!全然呼んでくれないから、ローダ寂しかったよ〜」
「ごめんね、ローダ。ちょっと書類仕事が多くて中々呼ぶ機会が無かったの。」
それもこれも、どこぞのアホ魔術師の所為である。
「ローダ、近くの森まで乗せていってくれないかな?」
「もちろん!ローダに任せてよ!」
ローダはフフンと鼻を鳴らしている。安心安全のローダ運輸なので心配は無用だ。
チラリとルプスの方を見ると、びっくりとした表情で固まっている。確かに、ローダを最初見た人は皆こんな感じにびっくりとした表情で固まる。それだけ、精霊というのは珍しいのだ。
「紹介しますね。こちらは私が召喚した精霊のローダです。この子に森まで乗せていって貰おうと思って」
「始めまして!私ローダ、よろしく!」
ルプスはハッとしてからローダの方を向いて、元気な少年のような笑顔を浮かべた。
「よろしくね、ローダ。あたしはルプス・ミッシュ、ルプスって呼んでよ」
「うん!よろしくねルプス!」
なんだか、仲良くなったようで嬉しくなってしまう。とても心がほんわかする。
「ではルプス、私はローダと一緒に森まで向かいます。後のことはお任せしますね」
「うん、任せておいて」
そう言うと、ルプスは床に転がっている人達を両肩に担いで部屋を出ていった。 大人2人を担げるだけの筋力ってどういう事なんだ、とルプスには驚愕する。
凄い、ドタドタと走る音が聞こえる。ルプスだろうなぁ。とりあえず、森に向かって、アテルと合流しなければ。
部屋にあるバルコニーに出ると、夜風がアンナマリーの髪をふわりと揺らした。 師匠の黄金色とは違う、明るい、ミルクティーの色。
「アンナ、常に笑っていて、優しくありなさい。」
優しい声音の懐かしい、師匠の言葉
―もう会えない、師匠の言葉。
ローダに屈んでもらって、背中に乗ると、ふわふわとした羽が気持ちいい。
「アンナっち、じゃあ森まで向かうね」
「うん、よろしく」
ローダは綺麗な空色の羽を広げると、夜空に向かって飛びたった。
✽✽✽
風が心地良い、月のない夜。
アンナマリーは、先代聖女であり師匠でもあったローズマリーの事を思い出していた。
黄金色の少し癖のある長い髪が綺麗な人だった。両親を無くし、身寄りの無くなった私を引き取って、勉強や生活の仕方から何まで教えてくれた。 大好きな師匠。
「アンナ」と、鈴を転がすような声で私の名前を呼ぶ声が懐かしい。
また会えたなら、どれだけ嬉しいだろう。
胸の奥がチクリと痛くて、けれど思い出がじんわりと心を温める。師匠の神聖術をまた見たい、声をまた聞きたい。
「アンナっち、そろそろ着くよ」 ローダに言われて、目の前を見ると青々とした木々が目に入った。一見すると、豊かな森だ。けれど、若々しい動植物の魔力と生命力の中に異質な反応と慣れた魔力の反応がある。アテルが魔物と戦っているのだろう。
純粋な力の強さだけで見るならアテルに分があるだろう。魔物にそこまで強い力は感じ無い。だが何故か違和感がある。
なんだろう、本当に不思議な…
穏やかな温かい力と禍々しい冷たい力、相反する感じの力がどちらも拮抗しているような。まるで、元から有った力と真逆な力を後から加えたみたいな…
「っ!?」
その瞬間、魔物の反応が変わった。ドロドロと纏わりついてような気持ち悪い感じだ。それに、どういう事なんだ。さっきまでの穏やかな力が、消えた。今はもう、禍々しい力しか感じられない。
「アンナっち!」
ローダも異変に気づいたのだろう。焦りを帯びた声音だった。
「ローダ、全速力でお願い」
「うん!」
そうして私達は、全速力で森に向かったのだった。
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