6話 宝石のような
今回は、久々登場アテル目線のお話しになります。
雲が月を隠すそんな夜、サンディレラ王国筆頭魔術師アテル・スィーグラナムは、カリクスの街のはるか上空を飛んでいた。
先程、遠征のために滞在していた館で、何者かに襲撃されたのだ。撃退した後騎士団に捕縛を任せ、その場に居た副団長に街の警備やらアンナマリーへの言伝やらを頼んで、文字通り飛び出して来たのである。
襲撃してきた者達は全員、ケタケタと不気味に笑いながらうわ言を繰り返して襲ってきた。それに微弱だが、魔法の痕跡が残っていた。館の使用人達も同じ魔法の痕跡が残っていたから、彼らも魔法で操られていたのだろう。
この街に着いた時から、常に微弱な魔力の反応が街中からしていた。街の人も操っているのか。
襲撃時に索敵魔法を展開したのだが、明らかに異質な魔力が近くの森の奥に1つあった。魔物だ。そこまでの強さを感じないが、何かおかしい。
おそらくこいつが今回の異変の原因と見て間違いないだろう。
アテルの黒い髪が風に揺れている。
人を操る魔法、ねぇ…
アテルは、ハッと自嘲するような笑みを浮かべた。笑おうと思ったつもりはなかったのだが、自然と口角が上がってしまう。
とても懐かしい
―クソみたいな魔法だ。
魔法を解除して、近くにあった手頃な大木の枝に座った。
木の下には、大きな花をまるで人の顔のようにキョロキョロと動かしている魔物がいた。太い茎のようなものを生やして、ウネウネとタコの触手のように動かしている。そして、茎のようなものが動く度に、触れた植物が枯れている。植物や動物の生命力を吸う類の魔物なのだろう。
「よぉ、お前か?
街のやつら沢山操ったみたいだな。養分にでもするつもりだったのか?」
俺を探しているのだろう、花の部分を人の首みたいに動かしている。
「そんなに、キョロキョロしてんなよ」
魔力を込めた火球を、魔物目がけて放った。
火球は命中し、魔物が短くうめき声をあげる。その瞬間、魔物と目が合った。その目は、恐怖を映しながらも、殺してやるという、明確な殺意がこもった目だ。
アテルの中で、何かを弾くような感じがした。魔物が、アテルの事を操ろうとしたのだろう。けれど、その類の魔法は、アテルには効かない。耐性があるからだ。魔物も、アテルに魔法が効かない事を悟ったのだろう。
効かないと分かって、あの魔物はどう思っただろうか。もっとも、魔物に心があるのかは分からないが。もし有るのならば、今の気持ちが手に取るように分かってしまう。殺意を映したその目を見ていると、酷く吐き気がする。実力の差がある事など明白なのに、何故そこまで殺意を向けるのか。愚か極まりない事をしているという自覚がないのだろうか。そんな事をしても、何にもならないというのに。
アテルは冷めた目で、魔物を見据えていた。そして魔法で剣を作り、魔物に向けた。
魔物は、核となる物を潰せば終わりだ。それを守れば確実に殺せる。
パチンッと指を鳴らすと、魔法の剣が魔物目がけて一直線に飛んで行く。
魔法の剣は命中し、魔物の体中に突き刺さり、貫通している。核も貫通しただろう。けれど、魔物はまだ死んでいない。それどころか、魔力の反応が変わった。
あぁ…お前も生きるつもりなのか。人も魔物も、生への執着は変わらない…のか。
ァ゙ァ゙ァ゙!と魔物が呻くと、魔物はグニョグニョと姿を変えはじめた。段々と、人のような形になっていく。
何の形に、変え始めたのか直ぐに気づいた。
なぜよりにもよって、その姿になるのか。自分が一番嫌いなその姿に。心の奥が、燃えるみたいだ。怒りが、嫌悪が、心の奥底から湧き上がってきてしょうがない。
そこには、ガリガリにやせ細り、薄汚れた9歳位の少年が居た。少年がアメジストのような紫の瞳に殺意を映してこちらを睨んでいる。その目には、少年と同じ色の瞳をした自分が映っていた。
風が吹いた。暗い夜の色をした、2人の髪を揺らしている。
「お前、本当良いセンスしてるよ」
魔物が変えた姿は
―昔の、アテル自身の姿だった。
忌々しい、腹立たしい忘れたい記憶を呼び起こすその姿が、嫌いだ。
記憶の中では、朝から晩まで、暗い室内に閉じ込められ、子供の泣き叫ぶ声や親を呼ぶ声が響き渡っていて。きょうだいのように親しかった子供達はどんどんと、死んでいく。それが、当たり前だった。
なんで、お前はその姿になったんだ。呑気に生き残ってしまった。許しがたいその人間の姿に。
アテルの姿をした魔物は、ケタケタと笑い始めた。そして、アテルを煽るような、許しを請う子供の声で言うのだ。
「おにーさん、ごめんね?」
「っつ!」
その瞬間、魔物の周りが炎に包まれた。パチパチと音をたてて、森の植物が燃えている。
くそ…なんで燃えないんだよ。
一番燃やしたかったはずの、魔物は燃えていない。いくら魔物とはいえど、血にまみれて死んでいく姿を直視するなんて出来ない。見慣れた子供の死に方なんて、これくらいしか無かったのに。唯一、自分が助け出すことが出来ないと、過去に理解させられたのが火の海に飛び込む事だ。子供の姿をそれ以外で殺す事なんて、出来るわけもない。
少年はケタケタと笑いながら、殺意のこもった瞳でアテルを見つめている。
「バイバイ、おにーさん」
アテルの胸を目がけて、太い茎のようなものが突き立てられた―その時だった。
キィンと、硬いもの同士がぶつかる音がした。先程までアテルに突き立てられていた太い茎のようなものが跡形もなくボロボロになっている。
誰かが、アテルを守るために防御術を展開したのだ。
アテルの目の前を、術で作られた蝶が舞っている。
「随分な、ご登場の仕方だな」
索敵魔法には、魔法とは違う反応が示されている。この蝶は魔法で作られた物ではなく、別の力で作られたものだ。この国で、魔法とは違う他の力なんて、聖女だけが使える神聖術位しかない。
森の奥から、少女が一人歩いてくる。一歩、少女が踏み出すと同時に、燃え盛っていた炎が一瞬で消えた。
「白の歌第二節 蝶の花」
柔らかい春の日差しのような声で、少女がそう唱えた。それは、まるでこの世ならざる物のような神々しさがあった。
アテルの姿をした魔物が、その異質さに気づいて茎のようなもので攻撃を仕掛けるが、少女に攻撃は届かない。
少女の術で作られた蝶が、茎のようなものに触れるその度に、ボロボロと崩れていくからだ。まるで意思を持つかのように、蝶はヒラヒラと舞う。
月明かりが、少女を照らした。
ミルクティーのような色の髪は月明かりに照らされて絹のようで、魔物を慈しむように見据えている空色の瞳は、宝石のようだった。小柄だけど、確かに存在感があるそんな少女。
月明かりが、聖女アンナマリーの宝石のような繊細な美しさを際立たせていた。
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