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断罪される令嬢は黙っている  作者: 九葉(くずは)


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9/10

第九話 三ヶ月後、温室

三月かかって、わたしはようやく、手袋を自分から嵌めた。


春の温室は、冬より明るい。硝子越しの光が鉢の列に落ちて、土の色を薄くしていた。


季節外れの手袋だった。


薄手の白で、手首に細い縫い取りがある。嵌めても暑くはない。ただ、要らないものではあった。


要らないものを、要ると思って嵌めた。


────それだけのことに、三月。


冬至の夜から、レティシアは数えていなかった。


数える先がなかったからではない。数えようとして、数えるための日付が一つも思いつかなかったからだった。


初夏の婚礼までの日数なら、数えられたはずだ。


数えなかった。


かわりに、この三月のあいだ、ずっと同じことを考えていた。


告発は三年前に処理されていた。日取りは五年前に押さえられていた。手袋は六度贈られていた。


どれ一つ、こちらが知らなかっただけだ。


知らされなかったのではない。知らされる前に、荷を減らしていた。


────わたしが、手放せずにいたのは。


断罪ではなかった。


断罪なら、日付があって、順番があって、終わりがある。終わりのあるものは、数えられる。


数えられるかぎり、立っていられた。


手放せなかったのは、あの手帳のほうだった。


八十本の線を引いた朝、レティシアは自分の位置を決めた。決めてしまえば、あとは減らしていくだけでよかった。


減らす作業を取り上げられたとき、立っていられなかった。


前の晩に、手紙を書いた。


初夏の婚礼までに一度、王宮へ伺いたいという内容だった。用件はそれだけで、便箋は一枚で足りた。


署名の前に、宛名をもう一度見た。


殿下、と書いた文字を線で消して、書き直した。


アル様、と。


ご学友の一人がそう呼んでいるのを、学院の中庭で一度だけ聞いたことがある。使ったのは、これがはじめてだった。


朝いちばんに、家令へ渡した。


温室の扉が鳴った。


公爵が入ってきて、鉢の列の間を歩いてくる。手には何も持っていない。


「精が出るな」


「見ているだけでございます」


「そうか」


父は隣の鉢の前で足を止めた。ミレイユ様が育て方を教えてくれた、冬に咲く花だった。花はもう終わって、葉だけが残っている。


レティシアは手袋の指を、揃えた。


「閣下」


「うん」


「なぜ、訊いてくださらなかったのですか」


言ってから、声が思ったより低いことに気づいた。


父は花の残りを見ていた。


「訊けば、お前は先に消えただろう」


そのとおりだった。


訊かれた日のことを、レティシアは覚えている。オレールに数えるのはやめてと言われた翌日、箱を一つ増やした。


隠すために増やした。


「調べは三年前に済んでいたと、伺いました」


「調べはな」


父はこちらを向いた。


「待ったのは二年だ。お前が数えはじめたのに気づいてからは」


「二年」


「間違えたかもしれん」


言い方が、あまりに普通だった。


「伝えれば早く済んだ。伝えなかったから、お前は七十八日を数えた。どちらが正しかったかは、いまも分からん」


「閣下は、迷われなかったのですか」


「迷った」


父は花のない鉢の縁に手を置いた。


「迷えばいい。何度でも。わたしも迷った。これからも迷う。お前が迷ったところで、この家は何も減らん」


減らん、と父は言った。


減るものを数えて生きてきた三月が、その一語で、行き場をなくした。


顔が、保てなかった。


────ああ、崩れる。


左の口角が遅れる。その直し方を、レティシアは母を送った年から知っていた。十年になる。


知っていて、今日は間に合わなかった。


息が喉で引っかかった。


手袋の甲で目を押さえた。布が濡れて、押さえるほど濡れて、それでも手を離せなかった。


声が出た。


言葉になっていない声だった。夜会でも、署名の間でも、一度も出さなかった声で、幼子が出すのと同じ形をしていた。


膝が折れて、鉢の縁に肩がぶつかった。土がこぼれた。


「お父さま」


そう呼んだ。


母を送った日から、そう呼んでいなかった。呼んだあと、続く言葉は何もなかった。


父は何も言わなかった。


かがんで、こぼれた土を手で寄せた。それだけをしていた。


温室の扉が、もう一度鳴った。


オレールが入ってきて、膝掛けを持っていた。畳んだまま抱えている。


弟は何も訊かなかった。


肩に膝掛けを掛けて、少し離れたところに立った。


レティシアは膝掛けの端を掴んだ。掴んだ手には、まだ手袋が嵌まっていた。


濡れた布は冷たいはずだった。


冷たくなかった。


お父さま、と呼んだ声は、みっともなく震えていた。それでも誰も、わたしを笑わなかった。

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