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断罪される令嬢は黙っている  作者: 九葉(くずは)


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8/10

第八話 父と王太子

姉上が執務室を出ていく足音を、僕は廊下で聞いていた。


角を曲がったのを確かめてから、書庫の扉を押した。


先に入っていたアルベール殿下が、椅子の背に体を預けて、式服の襟をようやく外した。留め具が卓の上に転がる。


しばらくして父が来た。


入るなり、燭台の火を一つ吹き消して、暗いほうの椅子に腰を下ろす。


「湯は」


「支度させました」


家令が答えて、扉を閉めていった。


三人になった。


「訊かれましたか」


殿下が先に口を開いた。


「いつ送られるのか、と」


父は膝の上で手を組んだ。


「二年前からです」


僕は暖炉の脇に立ったまま、そう言った。


「姉上が数えはじめたのは。手帳に線を引いて、朝に一本ずつ潰していました」


「気づいていたか」


「部屋の本が減っていましたから」


父は頷いた。それだけだった。


「わたしも同じ頃だ。夏の終わりに、あれが家令に寄贈の目録を渡した」


「殿下には」


「二年前に伝えた」


父はそう言って、暖炉のほうを見た。


「訊かれなかったのですね」


「訊けば、あの子は先に消える」


父の声は低かった。


「行き先を決めていない娘ではない。修道院の名まで調べていた。こちらが気づいたと分かれば、その日のうちに発つ」


僕もそう思っていた。


姉上に「どうして減らしているのか」と訊いた日、あれは何も答えなかった。答えないまま、次の日には箱が一つ増えていた。


訊いたぶんだけ、姉上は早くなる。


だから僕は、数えるのはやめて、としか言えなかった。


命令にしたら、姉上は従う。従って、そのぶん深く隠す。


「殿下は、いつからでいらっしゃいますか」


「五年前の初雪の日です」


殿下は卓の留め具を指で回した。


「王宮の茶会で、あの人が手袋をしていなかった。侍女に訊いたら、持っていないのではなく、嵌めないのだと」


「それで、毎冬」


「六度目です。五度は棚に積まれていました」


積まれているのを知っていて、六度目を贈った人だった。


「今年は、冬至まで届けずにおきました」


「なぜ今夜に」


「契約の署名がありますから。手袋を外して、また嵌める。冷たさが戻るのを、あの人自身に確かめさせたかった」


父が短く息を吐いた。


「よく待たれた」


「待ったのは公爵も同じでしょう」


「三年待った」


父は書棚の暗がりに目をやった。


「告発の材料が学院に出回ったのが、三年前だ。調べさせて、事実無根と結論した。王家も同じ結論だった」


「その時点で、姉上に伝えるという道はあったはずです」


僕はそう言った。ずっと言いたかったことだった。


「伝えれば、あれは自分が疑われたことを知る」


父はこちらを見なかった。


「疑いは晴れても、疑われた事実は残る。あの子はそれを、出ていく理由に足す」


足す、という言い方が正確だと思った。


姉上は理由を集める人だった。集めた理由を全部数えて、合計が出たところで支度をはじめる。


「ダンヴィエ嬢は」


殿下が言った。


「あの方は、何もご存じない」


「存じません。ただ、噂を消して歩いておられます」


「頼まれてですか」


「いいえ」


殿下は首を振った。


「一度もこちらから頼んでいません。学院の東棟で賭けが立ったとき、真っ先に止めに入ったのがあの方だと聞きました。しつこいと嫌われながら、半年続けておられる」


温室に来た日のことを、僕は思い出した。


姉上は「無理をなさらないで」と言った。あれは、たぶん、断ったつもりだった。


「善意で動く人ばかりで、あの子には一つも届かない」


父がそう言った。


届かないのは、姉上が受け取り口を塞いでいるからだ。塞いだのは姉上で、塞がせたのは筋書きのほうだ。


僕たちは誰も、その筋書きを見たことがない。


「これから、どうなさいますか」


僕は殿下に訊いた。


殿下は留め具を卓に置いて、立ち上がった。


「何もしません」


「何も」


「今夜、公爵が事実を告げられた。あの人はそれを、まだ受け取っていないでしょう」


窓の外が、わずかに白みはじめていた。


「受け取るまで、こちらから何も足しません。手を伸ばして掴んだら、あの人は自分で選んだことにできなくなる」


「時間がかかりますよ」


「かけます」


殿下は扉のほうへ歩いて、そこで一度だけ振り返った。


「五年待ちました。あと少し待って、あの人が自分から手袋を嵌める日まで、私は何もしない」


僕たちは、姉上が自分で気づくのを待つことにした。三月かかった。

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