第七話 執務室にて
終わらせてくれなかった理由を、わたしは父に訊きに行った。
公爵邸に戻って、外套も脱がずに執務室へ向かった。
扉の下から灯が漏れている。この時刻に、まだ火が入っていた。
叩くと、返事があった。
公爵ジェラールは机に向かっていた。書類の束は端に寄せてあり、手元には何もない。
顔を上げて、こちらを見た。
驚かなかった。
「閣下」
「座りなさい」
レティシアは立ったままでいた。
「わたくしは、いつ送られるのですか」
自分から何かを問うのは、久しぶりだった。声が思ったより低く出た。
公爵は椅子の背に体を預けた。
「どこへ」
「修道院へ」
しばらく、火の音だけがした。
「冬至の日取りは、五年前に押さえた」
公爵は机の抽斗を開け、綴じた書付を出して、机の上を滑らせた。
「王家との取り決めだ。婚礼のために空けてある」
書付の日付を見た。五年前の、初雪の日だった。
「告発の材料はあった。学院に出回った類のものだ」
「では──」
「三年前に調べさせ、事実無根と結論した。王家も同じ結論を出している」
「なぜ、わたくしに」
「議題ではないからだ」
言い切って、公爵は書付を引き戻した。
「議題でないものを、当主が娘に伝える必要はない」
────伝えて、くだされば。
伝えられていたら、どうしていたか。レティシアには分からなかった。
「荷は」
「王宮へ運ばせた」
麻布の箱が四つと、旅行鞄が二つ。数を確かめる家令の声を、玄関広間で聞いていた。
聞いていて、送り先を訊かなかった。
「支度、と仰いました」
「婚礼の支度だ」
公爵は立ち上がった。机を回って、こちらの正面に立つ。
外套を脱いでいないことに、今になって気づいた。
「レティシア」
「その日は、お前の終わりの日ではない。私が決めた婚礼の日だ。」
火が鳴った。
レティシアの手が、外套の前を掴んだまま、緩んだ。
言葉を探した。
探して、何もなかった。
否定するなら、証拠がいる。証拠は机の上にあって、日付は五年前だった。
反論するなら、相手がいる。目の前の人は、こちらを咎めていない。
────数えていた七十八日は、なんだったの。
その問いにも、答える者がいなかった。
公爵は手を伸ばしかけて、途中で止めた。
止めた手を下ろし、机へ戻る。
「今夜は休みなさい」
「はい」
「湯を用意させてある」
外套を脱ぐことすら忘れていた娘のために、湯の支度がしてあった。
そういうことが、五年前から続いていたのだと思った。思っただけで、その先へ進めなかった。
一礼して、扉へ向かった。
扉の外の廊下に、人の気配があった。
灯を持たずに立っている。式服のままの背丈で、こちらが出てくると、壁際へ半歩下がった。
アルベールだった。
目が合った。
何も言われなかった。言わせる言葉を、こちらも持っていなかった。
レティシアは会釈をして、その脇を通り抜けた。
三歩ほど行って、足が止まった。
止まっただけで、振り返らなかった。
自室の扉を閉めてから、鏡の前に立った。
映っている顔は、夜会のときと同じだった。左の口角が、まだ遅れている。
わたしは、返す言葉を持っていなかった。淑女の笑みだけが、まだ顔に残っていた。




