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断罪される令嬢は黙っている  作者: 九葉(くずは)


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6/10

第六話 冬至の夜会

ミレイユ様は、わたしの前で足を止めて、深く礼をした。


膝を折り、頭を下げる。夜会の祝辞にしては、長い礼だった。


周りの声が、いっそう引いた。


レティシアは手袋の中で指を揃え直した。


「ご婚約、心よりお慶び申し上げます」


顔を上げたミレイユは、笑っていた。


「温室では、失礼を申しました。あの花、咲きましたの」


髪の生花に指を添えて、それだけ言うと、もう一度浅く礼をして下がっていった。


人の流れが戻る。


楽団が曲を始めた。


────それだけ。


レティシアは扉のほうを見た。ミレイユは壁際で、別の令嬢と話している。


こちらを振り返らない。


指先から冷えていく。


アルベールが人の間から現れた。


腕を差し出され、レティシアは手を添えた。広間の中央へ進む。


そこで、書記官が声を張った。


読み上げられたのは、婚礼の日取りだった。


初夏。日付と、場所と、参列の順位。夕刻に署名した契約書の条項が、そのまま音になっている。


拍手が起きた。


普通の拍手だった。


────違う。


順番が違う。ここで告発があるはずだった。書状が回され、名が呼ばれ、証人が立つ。


誰も立たない。


アルベールは一言も発しなかった。並んで立ち、拍手が収まるまで待って、それから静かに腕を下ろした。


参列者が近づいてくる。


老侯爵夫人が祝いを述べ、学院の教師が頭を下げ、いつか回廊ですれ違った文官が娘の名を出して笑った。


レティシアは一人ずつに答えた。


「ありがとう存じます」


「恐れ入ります」


淑女の笑みを作った。作りながら、左の口角が遅れているのが分かった。


直す余裕がなかった。


広間を見渡した。


公爵が柱の脇にいる。誰かと話しながら、こちらを見て、それだけだった。


オレールは軽食の卓のところにいた。皿を持ったまま、何も取っていない。


誰も、様子をうかがっていない。


────見られていない。


見られていないのではなかった。


見られていて、そのうえで、誰もが普通にしている。それが分かるまでに、しばらくかかった。


祝われている。


順番の外側で、この広間の全員が、当たり前の顔でこちらを祝っている。


言い返す言葉を探した。


探して、相手がいないことに行き当たった。


告発する者がいなければ、否認するものもない。反論は、誰かがこちらを名指したときにだけ使える。


名指されていない。


────わたしは、なんの議題にもなっていない。


楽団の曲が変わった。


人が踊りはじめる。レティシアは壁際まで下がり、柱に手をついた。


石は冷たい。手袋の布が間にあって、冷たさは指まで届かなかった。


届かないことが、落ち着かなかった。


「レティシア嬢」


アルベールが横に来た。杯を二つ持っている。


一つを差し出され、受け取った。


「疲れましたか」


「いいえ」


「今夜は長い。──屋敷までお送りします。公爵と話がありますので」


それだけ言って、この人は広間のほうを向いた。


訊かれなかった。


なぜ立ち尽くしているのか、なぜ顔が保てていないのか。


この人は五年前から何かを決めていると言った。決めていることの中に、今夜のこれが入っているのかどうか、確かめる言葉が見つからない。


杯の縁に唇をつけた。中身の味は分からなかった。


夜会が終わったのは、日付が変わる少し前だった。


馬車の中で、レティシアは膝の上に手を置いていた。


後ろから、もう一台の車輪の音がついてくる。


指を折ろうとして、折る数がないことに気づく。


八十本の線は、全部潰した。潰し終えた先に、何も用意していなかった。


窓の外を、王都の灯が後ろへ流れていく。


行きに見たのと同じ灯だった。同じ道を、同じ速さで戻っている。


終わらなかった。誰も、わたしを終わらせてくれなかった。

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