第四話 訊かないでオレール
少ないほどいいと思っていた荷物が、弟に見つかった。
初冬の午後だった。自室の扉を開けたままにしていたのが迂闊だったのだと、あとで思った。
オレールは敷居のところで足を止めていた。
視線は書棚に向いている。
三段のうち、上二段が空だった。残っているのは辞書と、寄贈の札を貼っていない数冊だけ。
床には麻布をかけた箱が四つ。
「姉上」
「どうかしましたか」
レティシアは箱の脇へ回った。麻布の端が浮いていたので、押さえて直す。
「学院の図書室に寄贈するのです。持っていても、読み返すことがありませんから」
「装身具も、ですか」
二つ目の箱の蓋が、わずかに開いていた。
────閉めておけばよかった。
オレールが部屋に入ってきた。
この一年で、目の高さがあまり変わらなくなった。
「どうして、少しずつ減らしているのですか」
「片づけているだけです」
「片づけは、増えたときにするものでしょう」
言い返す言葉がなかった。
弟は箱を見ていない。こちらの手を見ていた。
膝の横で、指が動いていた。親指から順に折って、また開く。残り三十。三十を三つに割れば、ちょうどになる。
レティシアは指をほどいた。
「姉上、数えるのはやめて」
薪の音も、外の物音もない部屋だった。
やめてください、ではなかった。命令の形にもなっていない。ただ、そう言った。
────数えるのをやめたら、あと何をすればいいの。
「何のことでしょう」
淑女の笑みは、まだ形を保っていた。
オレールは何も言わなかった。
しばらく立っていて、それから空の書棚の上段に触れ、指についた埃を払って、部屋を出ていった。
その日の夕刻に、ミレイユ・ダンヴィエが訪ねてきた。
前触れのない訪問だった。応接間で待たせるのも失礼なので、温室へ通した。
男爵令嬢は、鉢の並びを一つずつ見てから、こちらを向いた。
「レティシア様。わたくし、あの噂を止めて回っておりますの」
「噂、と申しますと」
「ご存じでしょう。冬至の夜会で、殿下が何かを公にされるという」
聞いていた。学院の東棟では、もう賭けの対象になっているとも。
「わたくし、あちこちで違うと申し上げております。しつこいと嫌がられておりますけれど」
ミレイユは眉を寄せて、それから笑った。
熱心な人だと思った。
殿下の周りで動くには、こちらの評判を整えておくほうが都合がいい。順番どおりの子だ。
「ご親切に、痛み入ります」
「そんなことは」
「ミレイユ様。無理をなさらないでくださいませ」
言ってから、レティシアは鉢の縁に指を置いた。素焼きは冷たかった。
指先から冷えていく。
ミレイユは何か言いたそうにして、結局、鉢の話に戻った。
冬に咲く花の育て方を、ずいぶん詳しく知っている人だった。
九日後、王宮の回廊で二度目に会った。
書庫からの帰りだという。付き添いは柱の陰に控え、こちらとの間に十歩ほどの距離を空けていた。
アルベールは並んで歩いた。歩幅を合わせてくる。
「残りの日数を、数えているそうですね」
足が止まりかけて、止まらなかった。
「弟が何か申しましたか」
「いいえ」
それきり、その話はしなかった。
回廊の窓は西を向いていて、光が床に長く伸びている。
その光の切れ目で、アルベールが立ち止まった。
「手を」
差し出された手に、考える前に指を乗せていた。
温かかった。
外の風は冷たかったのに、この人の手は温かくて、乗せた指の先から、それが上ってくる。
────このまま。
上ってくるものを、レティシアは途中で止めた。
温かいものを受け取れば、失うときに一つ増える。増やさないと決めていた。
指を引いた。
アルベールは追わなかった。手を下ろし、それだけのことのように歩き出す。
回廊の残りを、二人とも黙って歩いた。
あと二十一日。手袋を嵌めていれば、こんなに冷たくはなかっただろうか。




