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断罪される令嬢は黙っている  作者: 九葉(くずは)


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3/10

第三話 優しくしないでほしい

違うものを数えたまま、わたしは王宮に上がった。


晩秋の庭は、思っていたより明るかった。刈り込みの終わった生垣の向こうに、白い卓が一つだけ出ている。


椅子は二脚。付き添いは離れた東屋に控えると告げられた。


指先から冷えていく。


内々に婚約が整ってから、五年になる。


その間、広間で遠くから礼を交わしたことは何度もあった。向かい合って座るのは、これがはじめてだった。


アルベール・ヴァレスタンは、先に来ていた。


立ち上がって椅子を引き、こちらが腰を下ろすまで手を離さなかった。それだけの所作なのに、手順が身についている人の動きだった。


「急に呼び立てて申し訳ない」


「とんでもないことでございます」


淑女の笑みを作った。


噂では、この人は誰にも一瞥をくれないという。学院の廊下でも足を止めない、と。


止めないほうが、こちらは助かる。


「学院はどうですか」


「恙なく過ごしております」


「恙なく」


アルベールは茶器を置いた。


「では、恙なくない日はどんな日ですか」


用意していた答えの束から、どれも抜けなかった。


────そういうのは、訊かないものでしょう。


沈黙が長くなる前に、レティシアは口を開いた。染料学の実習の話をした。


白布を藍に染めるはずが、媒染の順を取り違えて、班ごと沼のような緑にした。


教師は何も言わず、その布で教壇の敷布を作った。


「今も、あの緑が敷いてあります」


言い終えてから、声が出た。


笑っていた。


止めようとしたけれど、肩が一度だけ動いてしまった。


アルベールは笑わなかった。ただ、こちらを見ていた。


「その敷布は、まだ替えていないんですね」


覚えている人の訊き方だった。


────笑ったところで、何も変わらないのに。


茶が冷めるほど、話は続いた。


弟の背が伸びたこと、公爵邸の暖炉の煙突が鳴ること、学院の温室で冬に咲く花のこと。


この人は、こちらの話の途中で自分の話を挟まない。挟まないまま、次の問いだけを置いていく。


置かれた問いに答えるたび、置いていく箱の中身が増えていく。


レティシアは茶器の縁に指をかけた。


茶は、とうに冷めている。


「冬至の夜会には、わたくしも」


言いかけて、やめた。確かめるようなことを言うものではない。


アルベールが手を伸ばした。


触れはしなかった。茶器の脇、卓の上で止まる。


「手が冷たい。次までに用意しておきます」


用意。


社交というのは、こういう言葉を実行しないまま重ねていくものだ。重ねるだけなら、こちらも困らない。


「お気遣い、痛み入ります」


「レティシア嬢」


名を呼ばれて、顔を上げた。


「五年前から決めていることがあります」


生垣の向こうで、庭師が鋏を使う音がした。


五年前。内々の話が持ち上がったのが、ちょうどその頃だった。


────それなら、話が早い。


決めているなら、こちらが乱すことは何もない。順番どおりに終わる。


「さようでございますか」


それ以上は訊かなかった。


帰りの馬車で、レティシアは膝の上で指を折った。


残り五十二日。


今日で、置いていくものが四つ増えた。訊かれ方、答えの続き、緑の敷布、名を呼ぶときの間。


四つ増えて、日数は一日減った。


勘定が合わない。


窓の外を、王都の灯が後ろへ流れていく。灯は暖かそうに見えるのに、見ているこちらの指先から冷えていく。


優しくしないでほしかった。失うものは、少ないほどいい。

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