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断罪される令嬢は黙っている  作者: 九葉(くずは)


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2/10

第二話 あと少しだけください

残り七十日の朝、公爵閣下がわたしを呼んだ。


家令が扉の前で用件だけを告げ、夕刻に応接間へ、と言い添えて下がっていく。


何の話かは、言われなかった。


レティシアは机の手帳を開いた。


潰した線を、上から順に指で追う。今朝で十本目。残りは七十。


数は合っている。


────順番どおりなら、そろそろ来る。


秋の終わりに縁談が整い、冬至の夜会で片がつく。前世で読んだ物語は、そういう運びだった。


早いほうがいい。遅れられるほうが困る。


夕刻、レティシアは鏡の前で襟を直した。


淑女の笑みを作る。左の口角がわずかに遅れるので、そこだけ意識して合わせた。


応接間の暖炉には火が入っていた。


公爵ジェラールは肘掛け椅子に浅く腰かけ、卓の上には封を切った書状が一通、伏せて置かれている。


窓辺に弟のオレールが立っていた。十四歳になったばかりで、こちらを見て、それきり動かない。


「王家から正式に話が来た」


公爵は書状に手を置いた。


「アルベール殿下との婚約だ」


指先から冷えていく。


来た、と思った。思っただけで、声は普通に出た。


「お受けいたします」


暖炉の薪が小さく鳴った。


公爵は書状の上に置いた手を、しばらく動かさなかった。


「──ずいぶん早いな」


「早いほうがよろしいかと存じます」


それは本当だった。決まってしまえば、あとは数えるだけになる。


────いつ来るか分からないままのほうが、よほど長い。


窓辺でオレールが身じろぎした。何か言いかけて、口を閉じる。


公爵は弟のほうを見なかった。


「ひとつだけ、お願いがございます」


レティシアは膝の上で手を重ねた。


「冬至の夜会までは、学院に置いてくださいませ」


「学院に」


「途中で抜けては、学友に示しがつきませんので」


嘘ではない。ただ、本当でもなかった。


冬至の夜まで公爵邸にいれば、この家の中で終わることになる。家の中で終わるのは、いちばん避けたかった。


公爵は何も訊かなかった。


「よかろう」


それだけだった。


膝の上で、指がひとりでに動いていた。


親指から順に折って、また開く。七十を四つに割ると、十七と半端が出る。半端の日数をどこに寄せるか、まだ決めていない。


オレールの視線が、そこに落ちている。


レティシアは指をほどいて、手を平らに置き直した。


「レティシア」


公爵が身を起こした。


「ほかに望むものはあるか。何でもいい」


薪の音が続いている。


何でもいい、と言われて答えられる娘は、たぶん、まだ先のある娘だ。


理由は一つ。要るものを増やせば、置いていく箱が増える。


「いいえ。ございません」


淑女の笑みを作った。左の口角も、今度は遅れなかった。


公爵はしばらくこちらを見ていた。


それから、書状を裏返して封蝋の面を上にした。


「では、冬至までに支度を済ませよう」


支度。


────ええ。わたしも、そのつもりです。


寄贈する本の箱は、あと二日で締められる。装身具はもう外した。


三つ目の空の箱に何を入れるかは、まだ決めていない。


決めていないものが、少しずつ減っていく。


「下がってよろしいでしょうか」


「ああ」


一礼して、扉へ向かった。


窓辺のオレールが、一歩だけこちらへ動いた。


それきりだった。弟は口を開かず、レティシアも足を止めなかった。


廊下は暖炉から遠い。


肩掛けの下で、指先から冷えていく。


支度、と父は言った。わたしも同じ言葉で頷いた。同じ言葉で、違うものを数えていた。

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