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断罪される令嬢は黙っている  作者: 九葉(くずは)


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1/10

第一話 終わる日を知っている

あと七十八日で、わたしの世界は終わる。


レティシア・ヴァレンヌは窓枠から指を離した。石の縁は冷たく、離したあとも冷たさだけが残っている。


指先から冷えていく。


秋の光が、回廊の床を白く見せていた。


その先に人だかりがある。学院の生徒たちが、書架へ向かう二人を遠巻きに眺めていた。


王太子アルベールと、書物を抱えた男爵令嬢。ミレイユ・ダンヴィエ。


覚えていないはずがなかった。


二人は短く言葉を交わし、それぞれの方向へ分かれていく。それだけのことだ。


ミレイユがこちらに気づいて、遠くから会釈をした。


レティシアは淑女の笑みを返した。


────順番どおり。


秋に二人が近づいて、冬至の夜会で公爵令嬢が断罪される。前世で読んだ物語は、そういう順番で進んでいた。


順番が狂っていないなら、こちらの支度も狂わせずに済む。


レティシアは踵を返した。次の講義には、まだ間に合う。


公爵邸に戻ったときには、日はもう傾いていた。


自室の机の上に、細い手帳が置いてある。表紙は無地で、鍵もかけていない。


誰も開けないと知っていた。


開いた頁には、縦の線が並んでいる。八十本引いてから、朝ごとに一本ずつ潰していく。


今朝で二本目を潰した。残りは七十八。


冬至の夜そのものは、もう済んだことのように遠い。近いのは、そこまでの七十八日のほうだった。


この顔のまま、歩き通せるかどうか。


────あと七十八回、この顔を作ればいい。


机の脇には、麻布をかけた箱が三つ積んである。


一つ目は学院の図書室へ寄贈する本。二つ目は外した装身具。三つ目はまだ空だった。


書棚から一冊抜いて、寄贈の箱へ移す。


頁の間に押し花が挟まっていたので、それだけ抜いて暖炉に落とした。


紙の焼ける匂いが、少しだけ立った。


置いていくものが減れば、置いていかれる側も減る。そういう計算のはずだった。


寄贈の札を探して、戸棚を開けた。


上段に、平たい包みが五つ積んである。藍色の紙に銀の紐で、どれも解かれていない。


冬のはじめに、毎年ひとつ届く。差出人の名は書かれていないが、書かれていなくても分かった。


今年も、そのうち六つ目が届くのだろう。


届いたら、この上に重ねればいい。重ねるだけなら、こちらは何も困らない。


────数が増えるだけのこと。


レティシアは戸棚を閉めた。


扉が鳴って、侍女のアンナが入ってきた。


箱の山を見て、わずかに足を止める。


「お嬢様、こちらは」


「これは要りません」


淑女の笑みでそう言った。


アンナは何か言いかけて、やめた。箱の角を少しだけ揃え直し、頭を下げて出ていく。


理由は訊かれなかった。


一度も、訊かれたことがない。


────訊かれたら、答えられないのに。


誰も訊かないのは、誰も気に留めていないからだ。


そう置いておくのが、いちばん簡単だった。理由は一つ。そういう筋書きだから。


しばらくして、アンナが湯の支度を告げに戻ってきた。


「ありがとう、アンナ」


淑女の笑みは、鏡を見なくても作れるようになっていた。


装身具の箱の蓋を閉めた。留め金がうまく噛まなくて、三度やり直した。


暖炉は焚いてある。部屋は充分に暖かい。


それなのに、蓋に触れていた指の先だけが、遅れて冷えていく。


指先から冷えていく。


レティシアは両手を組んで、袖の中に入れた。


寝る前に、もう一度手帳を開いた。


線を数える。指で追わなくても数えられるのに、それでも一本ずつ、上から順に指を置いていった。


七十八日。数えられる数だ。数えられるうちは、まだ立っていられる。

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