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死に戻りは一度きり――「無才」の俺は禁忌の隠し職を手に入れ、クラスメイトの覚醒イベントを先回りする  作者: 夜守灯
王都祭壇編

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第7話 殺して、それから? 【本日1話目(このあと1話あります)】

俺は笑った。


馬鹿げている。


この世界に、百パーセント安全な選択肢など、初めから存在しない。


迷宮(めいきゅう)へ入れば、死ぬかもしれない。


任務を引き受けても、死ぬかもしれない。


何もせず、教会が用意した部屋に閉じこもっていたところで、生き延びられる保証などない。


目の前に強くなれる可能性が差し出されている。


それを「死ぬかもしれない」というだけの理由で手放すなど、俺にはできなかった。


俺は手を伸ばし、黒い血の(しずく)を受け取った。


重さはない。


温度もなかった。


(てのひら)へ落ちた感触は、深夜の闇から剥がれ落ちた、小さな氷の欠片(かけら)のようだった。


ドーンの眉が、はっきりと動いた。


「ずいぶん迷いなく受け取ったな」


「後悔したのか?」


「代償を最後まで聞く前に手を出すとは、思わなかっただけだ」


老人は手を引いた。


黒い血は俺の掌の(しわ)に沿って流れることなく、中央に留まっていた。


そして、ゆっくりと皮膚の内側へ染み込んでいく。


その跡に傷は残らなかった。


影の種子(かげのたね)というものは、影職(かげしょく)の血を一滴受け取るだけの儀式ではない」


消えていく黒い血を見つめながら、ドーンは低い声で続けた。


「ノクスに仕える者は、生涯を通して影とともに歩く」


「身を隠し、監視し、追跡し、欺く。そして、他人の視界の外から命を奪う」


「暗闇に潜み続ける恐怖」


「誰からも忘れ去られることへの無念(むねん)


「裏切られたときの憎悪」


「人を殺したあとの吐き気。逃げ延びたあとの羞恥(しゅうち)


嫉妬(しっと)猜疑(さいぎ)、怒り、絶望」


「そうしたものは、跡形もなく消えてはくれない」


ドーンは自分の左手を持ち上げた。


年老いた、節くれ立った手だった。


掌には分厚い硬い皮が幾重にも重なっている。


だが、油灯(あぶらび)の光さえ届かない指の隙間では、何か漆黒のものがゆっくりと(うごめ)いているように見えた。


「すべて、俺たちの影へ沈んでいく」


「レベルが上がり、歩いてきた闇が深くなるほど、影の中に溜まるものも増えていく」


「影の種子を凝縮(ぎょうしゅく)するというのは、自らの影から力の一部を切り離すことだ」


ドーンは俺を見た。


「そこに沈んだものごと、別の人間へ渡す」


掌にあった黒い血は、すでに半分以上が消えていた。


「だから、影の種子を受け入れて最初に得るものは、力ではない」


「まずは、それに耐えなければならない」


「お前には、そこに込められた感情が聞こえる」


「そいつらは記憶の中へ潜り込み、お前が最も思い出したくないものを掘り起こす」


「わずかな恨みを、百倍に膨れ上がらせる」


「たった一度の屈辱を、目の前で千回も繰り返す」


「そして、こう(ささや)く」


「お前を傷つけた者は、全員死ぬべきだ」


「お前を裏切った者も、全員死ぬべきだ」


「光の中に立ち、お前が影の底から見上げることしかできなかった者たちも――」


ドーンは一度、言葉を切った。


「全員、死ぬべきだとな」


黒い血の最後の一滴が、俺の掌へ沈んだ。


俺は何事もなかったかのように元へ戻った皮膚を見下ろした。


「今になって言うのは、少し遅くないか?」


「お前が受け取るのが早すぎた」


ドーンは平然と答えた。


「せめて一つくらい、質問すると思っていた」


次の瞬間、俺の視界から光が消えた。


暗くなったのではない。


すべてが、消えた。


油灯。


露店。


灰煙(はいえん)を満たしていた人々の声。


目の前に立っていたドーン。


それらすべてが、一瞬にして遥か遠くへ引き離された。


冷たい何かが腕を伝い、血管の中へ潜り込む。


肩を通り抜け、そのまま心臓を貫いた。


痛みはなかった。


だが、心臓を巨大な手でつかまれ、下へ向かって一気に引きずり落とされたような感覚がした。


意識が闇の底へ沈む、その直前。


誰にも見られていない場所で、淡い青緑色のパネルがひとりでに浮かび上がった。


天賦(てんぷ)


固有天賦(こゆうてんぷ):【終焉回帰(しゅうえんかいき)】S+[発動済み/永久ロック]


灰色に沈んでいた文字が、かすかに明滅(めいめつ)した。


『永久ロック』の文字が、見えない手で拭い取られたかのように消えていく。


死んだような灰色だった天賦の名も、発動前と同じ純白へ一瞬だけ戻った。


本当に、ほんの一瞬だけ。


次の瞬間、闇が俺の意識を完全に呑み込んだ。


パネルの文字も、再び暗く沈んでいく。


固有天賦:【終焉回帰】S+[発動済み/永久ロック]


まるで、今の変化など最初から起きていなかったかのように。


* * *


再び目を開けると、俺は礼拝堂の中央に立っていた。


三枝拓真(さえぐさたくま)が人混みの中で顎を突き上げ、礼拝堂の天井を貫くような笑い声を上げている。


「この役立たず!」


その隣には久世直哉(くぜなおや)がいた。


いつもどおり、穏やかな笑みを浮かべている。


「こういうのは、努力でどうにかなるものじゃないだろ? なあ?」


神官は眉をひそめていた。


道を塞ぐ虫でも追い払うような目で、俺を見ている。


朝倉悠真(あさくらゆうま)。いつまでそこにいる。早く下りろ」


声が増えていく。


四方八方から押し寄せ、耳のすぐそばへまとわりつき、頭の中へ入り込んできた。


――殺せ。


こいつらを殺せば、もう笑われることはない。


まずは三枝を殺せ。


喉を切り裂け。


二度と声を出せないようにしてやれ。


次は久世だ。


偽善者ぶった顔を引き剥がせ。


それでも笑いながら、他人に寛容であれと言えるのか確かめろ。


あの神官も。


教官たちも。


盾や荷物をお前に押しつけた連中も。


全員、殺せ。


俺は礼拝堂の中央に立っていた。


周囲にいる者たちの顔が、少しずつ溶け始める。


最後に残ったのは、醜く裂けた口だけだった。


笑い声が大きくなる。


――殺せ。


――殺せ。


――全員、殺せ!


最初は無数の人間が叫んでいるように聞こえていた声が、徐々に一つへまとまっていく。


それは俺の耳元へ寄り添い、まるで心から俺を案じているかのような優しい声で囁いた。


あいつらは、お前を見下した。


お前を辱めた。


いつでも捨てられる、ごみ同然の人間として扱った。


あいつらが生きているかぎり、またお前の頭を踏みつける。


だから、殺せ。


俺は黙って、その声を最後まで聞いた。


そして、尋ねた。


「殺して、それから?」


周囲を満たしていた笑い声が、一瞬止まった。


声は、質問の意味を理解できなかったようだった。


――殺せ。


「それは分かっている」


俺は平静に答えた。


「俺が聞いているのは、殺したあと、何が手に入るのかということだ」


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