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死に戻りは一度きり――「無才」の俺は禁忌の隠し職を手に入れ、クラスメイトの覚醒イベントを先回りする  作者: 夜守灯
王都祭壇編

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第59話 命の価値

仮面人は消えた。


祭壇の奥に残っているのは、どこにでもある普通の影だけ。


まるで最初から、あの場所には誰も立っていなかったかのように。


オースティンは、今も長剣を握っていた。


切っ先を誰もいない暗闇へ向けたまま、いつまでも下ろそうとしない。


――俺たちは、敵ではない。


仮面人が去る直前に残した言葉が、何度も耳の奥で繰り返されていた。


邪教徒が人を惑わせるために口にした、意味のない戯言。


そう考えるべきだ。


深く考えてはならない。


信じてもならない。


ましてや、自分の判断へ影響させるなど論外だった。


それでも。


オースティンは、一つの事実を否定できなかった。


自分は、見逃された。


それだけではない。


天城は聖剣の過負荷使用によって、すでに戦闘能力を失っていた。


神谷と椎名も床へ倒れている。


相沢の防御も、限界寸前。


外の執行官たちはこちらへ向かっているが、先ほどの力を止められる者など一人もいない。


仮面人が彼らを殺そうとしていたなら――


この場にいる全員が死んでいた。


地下第二層に残っている執行官や神官たちでさえ、無事に逃げられたとは限らない。


だが、仮面人は殺さなかった。


理解できない言葉をいくつか残し。


そのまま、悠然と立ち去った。


オースティンがこれまで目にしてきた邪教徒とは、まるで違う。


奴らは力を得ると、真っ先に殺戮を始める。


神を喜ばせるため。


儀式を完成させるため。


自らの信仰を証明するため。


中には、理由すら必要としない者もいた。


教会の紋章を目にしただけで、狂った獣のように襲いかかってくる。


だが、あの仮面人は違った。


オースティンは、すでに抵抗する力の大半を失っていた。


殺すには、これ以上ない好機だったはずだ。


それなのに。


男は彼女の前へしゃがみ込み、こう言った。


――可哀想な少女だ。


ギリッ。


オースティンの手に力が入る。


佩剣が床を擦り、耳障りな音を立てた。


死を免れた安堵などなかった。


あるのは、悔しさだけ。


胸を焼くほど激しい、どうしようもない悔しさ。


自分は、十分に強いと思っていた。


Aランク天賦。


二十三歳。


レベル46。


上級職【聖契裁判官(せいけいさいばんかん)】。


見習い兵士から始まり。


一歩ずつ、今の地位まで登ってきた。


公爵令嬢という身分を理由に、訓練から逃げたことはない。


家の権力を使い、自分のものではない功績を奪ったこともない。


同年代の中で、本当の意味で敵わないと感じた相手は、ほとんどいなかった。


教会の先達たちも口を揃えていた。


途中で命を落とさない限り。


彼女が英雄の領域へ踏み込むのは、時間の問題だと。


オースティン自身も、そう信じていた。


世界には、自分より強い者がいくらでもいる。


本当の頂点までは、まだ遥かに遠い。


それくらいは分かっていた。


だが――


自分が、これほどまでに脆いとは思っていなかった。


あの影を前にして。


反撃する資格すらなかった。


全力の一撃は、あまりにも簡単に止められた。


そして、たった一度の反撃で。


聖光も。


鎧も。


まとめて打ち砕かれた。


最初から最後まで。


仮面人は、自ら手を動かしてすらいない。


あれは戦闘ではなかった。


ただの警告。


相手は意図的に彼女の命を残し。


両者のあいだに存在する差を、嫌というほど見せつけた。


――もっと上を目指せ。


その言葉が、再び頭をよぎる。


オースティンは奥歯を噛み締めた。


呼吸するたびに、胸へ激痛が走る。


湧き上がる感情を、無理やり押し殺した。


今は、そんなことを考えている場合ではない。


仮面人は去った。


祭壇の異常も、ひとまず収まっている。


まず確認すべきなのは。


学生たちの状態だ。


オースティンは佩剣を杖のように使い、どうにか立ち上がった。


聖骸秘薬(せいがいひやく)】の効果が消え始めている。


一時的に上昇していた能力値が失われると。


遅暮の血(ちぼのち)】が、再び身体を蝕み始めた。


両脚が重い。


右手には痺れがある。


陥没した胸当ては、動くたびに傷ついた肋骨を圧迫した。


それでも止まらない。


一歩ずつ、祭壇へ登っていく。


「小野寺」


返事はなかった。


小野寺真也は、血溜まりの中へ仰向けに倒れている。


オースティンは隣へ膝をつき、首筋へ指を当てる。


脈はない。


皮膚からも、すでに温度が失われ始めていた。


続いて、胸へ掌を置く。


生命反応を探る神術を発動した。


淡い白光が、身体の内部へ染み込んでいく。


だが。


何の反応も返ってこなかった。


魂と肉体を繋いでいたものは、すでに断ち切られている。


「死んでいる……」


しかも、たった今ではない。


少なくとも、数分は経過している。


オースティンの目から、迷いが消えた。


仮面人がなぜ他の者たちを見逃したのか。


その理由が何であろうと。


小野寺を殺したという事実は変わらない。


次に会えば。


彼女は、やはり剣を抜くだろう。


だが、小野寺にもまだ可能性は残されている。


この世界には。


死者を蘇らせる魔法が存在した。


ただし、その条件は極めて厳しい。


遺体が可能な限り完全な状態で残っていること。


死亡から、あまり時間が経過していないこと。


魂が深刻な損傷を受けていないこと。


それに加えて。


高位の復活職業者。


希少な材料。


莫大な魔力。


すべてを揃え、初めて儀式を行える。


一度の復活に必要な費用だけで、並の貴族なら家が傾く。


条件をすべて満たしても。


失敗する可能性は残る。


だが、小野寺は違う。


彼はS+ランク天賦の所有者だ。


教会にとって。


S+天賦を持つ異界人は、一人一人が極めて重要な戦力。


教会なら、彼のために復活儀式を行うはずだ。


オースティンの動きが、不意に止まった。


はず?


血の気を失った小野寺の顔を見つめる。


今。


自分は「はず」と考えた。


いつから。


一人の命を救うことが、価値を測る問題になった?


S+天賦を持っているから。


だから、復活させる価値がある。


もし、ここに倒れていたのが普通の兵士だったなら?


天賦もない。


強者となる可能性もない。


教会は、同じだけの代価を払うだろうか。


答えを考える必要すらなかった。


払わない。


復活術に必要な資源は、あまりにも貴重だ。


死者全員へ使うことなど、できるはずがない。


教会は身分を測る。


天賦を測る。


将来性を測る。


そして最後に。


その人間が、再び目を開くに値するかどうかを決める。


オースティンは、急に滑稽な気分になった。


少し前まで。


仮面人が教会を侮辱したことに、激しく怒っていた。


教会は命を守るのだと。


そう信じていた。


だが、本当に代価を払う段階になれば。


命には、はっきりと異なる価値がつけられる。


それ以上は考えなかった。


今は、教会そのものを疑うべきときではない。


制度が正しいかどうかは。


目の前で行うべきことを変えない。


小野寺が死んでいる時間が長くなるほど。


復活の成功率は下がっていく。


一秒を無駄にするたび。


彼が二度と戻れなくなる可能性が高まる。


オースティンは小野寺の胸へ手を置いた。


「【聖契封存(せいけいふうぞん)】」


銀白色の符文が、急速に遺体を覆っていく。


血液の流出を止める。


肉体の腐敗を遅らせる。


残された魂の痕跡を、一時的に固定する。


遠くから、慌ただしい足音が聞こえ始めた。


ようやく増援が到着した。


「ここに重傷者が四名!」


オースティンは声を張り上げた。


「それと、復活処置が必要な遺体が一体ある!」


「ただちに地上へ連絡しろ!」


「大聖堂の復活神官を呼べ!」


数人の執行官が、破壊された隠し扉を通り抜けた。


祭壇の惨状を目にし、揃って動きを止める。


だが、オースティンは驚いている時間を与えなかった。


「急げ!」


「一秒遅れるごとに、復活の成功率が下がる!」


「はっ!」


執行官たちは即座に動き始めた。


一人は天城のもとへ。


別の者は神谷と椎名のもとへ向かう。


二人の神官が祭壇へ上がり、小野寺の肉体を維持する術式へ加わった。


オースティンは、今も遺体の隣へ跪いている。


掌から絶え間なく、銀白色の光を注ぎ続けた。


毒は、なおも身体を侵している。


胸の奥からは、何度も目眩が押し寄せていた。


それでも。


手を離さない。


少なくとも、今だけは――


これ以上。


誰一人として失うことを、自分に許さなかった。


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