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死に戻りは一度きり――「無才」の俺は禁忌の隠し職を手に入れ、クラスメイトの覚醒イベントを先回りする  作者: 夜守灯
王都祭壇編

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第57話 激怒するオースティン

「何者だ?」


オースティンの声が、祭壇の広間へ響いた。


朝倉悠真はすぐには答えなかった。


まず足元へ視線を落とし、倒れている小野寺を見つめる。


それから、同じことを何度も経験してきたかのように、深いため息をついた。


「はぁ……」


オースティンがわずかに眉を寄せる。


ため息?


男の足元には、生死すら分からない異界人が倒れている。


その身体からは、邪神と同質の魔力まで感じられた。


武器を構えた【聖契裁判官(せいけいさいばんかん)】を前にして。


この男は、ため息をついたのか?


朝倉悠真は片手を持ち上げ、苛立ったように仮面を押さえた。


「どうして教会の人間は、顔を合わせるたびに『何者だ』と聞くんだ?」


「尋ねて、何の意味がある?」


「俺が本当のことを答えても、お前は知らないだろう」


オースティンの眼差しが冷たくなる。


「言ってみなければ、私が知らないかどうかなど分からない」


「なぜ勝手に決めつける?」


「なぜ?」


朝倉悠真は、ひどく滑稽な質問を聞いたかのように返した。


ようやく顔を上げる。


灰白色の仮面越しに、オースティンを見据えた。


「お前は、たかがレベル46の裁判官だ」


「話したところで、知るはずがない」


オースティンが剣を握る手に、僅かな力が入った。


相手は一目で自分のレベルを見抜いた。


鑑定魔法を使用した形跡はない。


探知を受けたときに生じるはずの魔力変動も感じなかった。


やはり、普通ではない。


朝倉悠真は、彼女の警戒など気づいていないかのように続けた。


「なら、一番簡単なことを聞こう」


「血月の邪神と呼ばれている存在の、本当の名を知っているか?」


オースティンは答えなかった。


朝倉悠真が小さく笑う。


「【血月と狩猟の神けつげつとしゅりょうのかみ】――ヘルカニス」


オースティンの眉間に皺が寄った。


「血月と狩猟の神?」


「奴は邪神だ」


「ほらな」


朝倉悠真は、その言葉を遮った。


「お前は知らない」


「自分が討伐している神が、かつてどのような神職を有していたのか」


「その程度の情報にさえ触れる資格がない」


オースティンは冷たく答えた。


「呼び名を変えたところで、邪神が行ったことは消えない」


「血月教団が生贄を捧げ、魔獣を生み出し、民間人を虐殺していることは事実だ」


「もちろん事実だ」


朝倉悠真は否定しなかった。


「ただ、ヘルカニスは最初から邪神だったわけではない」


「かつては正神だった」


「オルドランと同じように人々から信仰され、第一次神戦(だいいちじしんせん)にも参戦した」


「狩人や辺境の民を庇護したこともある」


「【豊穣と繁育の神ほうじょうとはんいくのかみ】と対立するまではな」


「ヘルカニスは敗北した」


「その結果、名は教会の典籍から消された」


「神職は別の意味へ書き換えられ」


「過去の功績も削除された」


「最後には、お前たちが呼ぶ邪神になった」


オースティンは、仮面の男を注視した。


言葉が真実とは限らない。


血月教団が信仰を美化するために捏造した歴史かもしれない。


だが、男の口調はあまりにも自然だった。


邪教徒が使う教義を暗唱しているようには聞こえない。


議論する価値すらない常識を、淡々と説明しているようだった。


「お前は血月教団の人間か?」


オースティンが尋ねる。


「血月教団?」


朝倉悠真は、セレスが倒れた方向を一瞥した。


「骨を集め、死体を縫い合わせることしかできない愚か者どもと、俺を一緒にするな」


「血月教徒でないのなら、その話には何の証拠もない」


オースティンは平静な声で告げた。


「武器を捨て、小野寺から離れろ」


「説明する機会は与える」


「説明?」


朝倉悠真は、とうとう我慢を失ったように答えた。


「だから、教会の末端と話すのは退屈なんだ」


オースティンの目つきが変わる。


だが、朝倉悠真は止まらなかった。


「どいつもこいつも、馬鹿のように正義を掲げて邪教討伐を叫ぶ」


「自分たちが属する教会が何をしてきたのかも知らないくせにな」


「結局のところ――」


「お前たちこそ、この世界で最大の邪教ではないのか?」


広間の空気が、一瞬で冷え切った。


「貴様……」


オースティンの声に、初めて隠し切れない怒りが滲んだ。


銀白色の聖光が、剣身に沿って立ち上る。


「今の言葉を撤回しろ」


オースティンにとって、教会は単なる組織ではなかった。


幼い頃から教会の教えを受けてきた。


剣術を。


神術を。


法を学んだ。


力を何のために使うべきなのか。


それを初めて教えられた場所も、教会だった。


邪教徒が生きた人間を木へ吊り下げ、血を抜く光景を見た。


魔法によって改造され、人の形を保てなくなった子供を見た。


召喚儀式によって、村全体が骸の山へ変わった場所も見た。


教会は完璧ではない。


それでも、無数の騎士と神官が、そうした怪物の前へ立ちはだかってきた。


血塗られた祭壇の上に立つ正体不明の男が。


たった一言で、そのすべてを邪教と断じることなど。


絶対に許せない。


だが、朝倉悠真は意にも介さなかった。


「何だ?」


「言うことすら許されないのか?」


「教会の教義は何だった?」


わざと少し考えるような間を置く。


「ああ、そうだ」


「『知識は人の世を照らす聖火なり』」


「随分と立派な言葉だ」


「だが、お前たちが進んで知識を広めているところなど、見たことがない」


オースティンの瞳孔が、わずかに収縮した。


「俺が見たのは、印刷工房を密かに破壊する姿だ」


「教会の審査を通していない書物を没収し」


「旧時代の歴史を記した写本を焼き」


「安価な書籍が平民の手へ渡ることを妨げる」


朝倉悠真は両手を広げた。


「お前たちは異端を恐れているのではない」


「平民が多くを知りすぎることを恐れているだけだ」


「黙れ」


オースティンが一歩踏み出す。


「図星だったか?」


「黙れと言った!」


銀白色の聖光が、一気に爆発した。


オースティンの怒りは演技ではない。


だが、冷静さを失ってもいなかった。


相手が故意に自分を挑発している。


それはあまりにも明白だ。


教会に関する言葉はすべて、彼女を自ら近づかせるための誘導。


それを理解していても。


オースティンは攻撃する必要があった。


睨み合いを続ければ、さらに予想外の事態が起こり得る。


聖骸秘薬(せいがいひやく)】の効果時間も、残り少ない。


それに、確認しなければならないことがある。


仮面の男が持つ、本当の実力。


オースティンは、あえて顔の怒りを隠さなかった。


僅かに肩を前へ傾ける。


教会を侮辱され、判断力を完全に失ったように見せる。


だが、二歩目を踏み出した瞬間には。


剣の角度を、すでに調整していた。


最初から急所は狙わない。


短剣を持つ右腕を切断する。


次に聖光で影を封じ、逃走系のスキルを抑える。


最後に生け捕りにする。


怒りに我を忘れたと思わせ。


相手が油断した瞬間に、一撃で制圧する。


オースティンの足元で、石床が砕けた。


ドンッ!


今の身体で発揮できる最高速度。


十数メートルの距離が、一瞬で消失する。


だが、朝倉悠真はまったく動かなかった。


武器を抜かない。


魔法も使わない。


防御姿勢すら取らない。


まるで、何が起きたのか理解できていないかのように。


オースティンの目に、驚きが走った。


遅すぎる。


この男は、意図的に実力を隠しているわけではない。


少なくとも肉体能力だけなら、確かに初級職業者の水準だ。


制圧できる。


先ほど感じた危険は、祭壇に残った邪神の気配が生んだ錯覚かもしれない。


ならば――


このまま捕らえる。


邪教徒の言葉を、これ以上聞く価値はない。


オースティンは剣の軌道を変えた。


右腕へ向かっていた刃が、突然上方へ移動する。


男が纏う邪神の気配は、予想以上に濃い。


危険を冒すべきではない。


祭壇を起動する兆候が少しでもあれば。


即座に首を切断する。


銀白色の刃が、灰白色の仮面へ迫った。


残る距離は、指一本にも満たない。


剣先が朝倉悠真の首へ触れようとした、その瞬間――


男の影が動いた。


詠唱はない。


スキル発動前の兆候もない。


足元へ落ちていた普通の黒い影が、突如として上方へ伸びた。


深淵から差し出された漆黒の掌のように。


オースティンの剣身を、一瞬で掴んだ。


ガキィィン――!


オースティンの腕に、激しい衝撃が走る。


剣が止まった。


どれほど力を込めても。


刃は、それ以上僅かにも進まない。


「何だと?」


次の瞬間。


漆黒の影が剣身を伝い、逆方向へ押し寄せてきた。


オースティンは即座に左手を離す。


剣柄へ伝わる力を利用し、後方へ退こうとした。


だが、影のほうが速い。


闇が空中で、ぼやけた腕の形へ凝縮された。


そして無造作に。


前方へ一度、振るわれる。


技術はない。


スキルの光もない。


ただの単純な一撃。


オースティンは即座に佩剣を身体の前へ構えた。


銀白色の聖光で、第二の防壁も形成する。


轟音。


衝突した瞬間。


頭に浮かんだ感覚は、一つだけだった。


重い。


グレゴリーを遥かに超える力。


いや。


グレゴリーの全能力値を十倍にしても。


これほどの一撃を放てるかは分からない。


佩剣が、限界を訴えるような悲鳴を上げた。


剣身を覆っていた聖光が、その場で粉々に砕ける。


凄まじい衝撃が防御を貫通し、オースティンの胸へ叩き込まれた。


身体が後方へ吹き飛ぶ。


祭壇の外側に並ぶ石柱を、何本も立て続けに粉砕した。


最後に両足を無理やり床へ食い込ませ。


ようやく止まる。


「ぐっ……」


唇から血が溢れた。


胸当ては内側へ大きく陥没している。


塞がったばかりの左肩の傷も、再び裂けていた。


大量の血が腕を伝って流れ落ちる。


オースティンは顔を上げた。


眼差しから、怒りは完全に消えている。


残っているのは、強い警戒だけだった。


仮面の男は、変わらず同じ場所へ立っていた。


最初から最後まで。


片手すら持ち上げていない。


剣を止めた黒い影も、すでに足元へ戻っている。


まるで、何も起きなかったかのように。


オースティンは佩剣を握り直した。


先ほどの衝突によって、右腕は今も震えている。


この男は強い。


自分より、遥かに。


両者の差は、数レベル程度では到底説明できない。


影だけを操り。


何気なく放った一撃で、彼女の防御を粉砕した。


少なくとも、すでに英雄の領域(えいゆうのりょういき)へ踏み込んでいる。


しかも、英雄の領域においてさえ――


決して凡庸な存在ではない。


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