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死に戻りは一度きり――「無才」の俺は禁忌の隠し職を手に入れ、クラスメイトの覚醒イベントを先回りする  作者: 夜守灯
王都祭壇編

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第52話 オースティンvsグレゴリー

銀白色の剣光が、血霧を切り裂いた。


グレゴリーは上体を後ろへ反らす。


剣先が頬を掠め、細長い傷を刻んだ。


鮮血が顎を伝って滴り落ちる。


それでも後退せず。


舌を伸ばし、口元へ流れた血を舐め取った。


「ずいぶん凶暴だな、裁判官のお嬢さん」


オースティンは答えない。


空中で佩剣の軌道を変え、再びグレゴリーの首へ斬りつけた。


グレゴリーは二本の短剣を交差させる。


ガキンッ!


火花が飛び散った。


凄まじい力に両足を浮かされ、そのまま数メートル後方へ滑っていく。


まだ体勢を立て直していない。


だが、オースティンはすでに目の前まで迫っていた。


刺突。


横薙ぎ。


続けて、心臓を狙った重い一撃。


グレゴリーは後退し続ける。


足元で暗赤色の月紋が立て続けに明滅し、その身体が通路と部屋のあいだを高速で移動した。


オースティンと正面から打ち合おうとはしない。


彼女が距離を詰めるたび。


毒針。


血液を詰めた瓶。


事前に仕掛けておいた術式。


手段を選ばず、接近を妨害する。


壁の内部から弩矢が飛び出した。


床から毒霧が噴き上がる。


通路の隅に転がっていた死体が突然破裂し、血に濡れた数十本の骨棘を四方へ撒き散らした。


オースティンは正面から飛来する骨棘を剣で叩き砕く。


そのうち数本が、突如として軌道を変えた。


狙いは後方の神官。


オースティンは振り返り、聖光の障壁を展開するしかなかった。


バババッ!


骨棘が光幕へ衝突し、次々と砕け散る。


その隙に、グレゴリーは距離を取った。


「また助けたか」


通路の反対側に立ち、不快な笑みを浮かべている。


「ずいぶん多くの荷物を背負っているようだな?」


グレゴリーは両手を広げた。


「ご苦労なことだ」


オースティンは冷ややかに睨みつける。


「この下衆が。仲間を盾にしたな」


「仲間?」


グレゴリーは、先ほど自分で剣の前へ突き飛ばした血月教徒を見下ろした。


男はすでに床へ倒れ、動かなくなっている。


「これは仲間ではない」


「これが、あの男の価値だ」


「聖契裁判官の一撃を、私の代わりに受け止めた」


「一信徒が得られる栄誉としては、十分ではないか?」


オースティンが剣を握る手に、ゆっくりと力が入る。


「自分の部下すら使い潰すのか」


「部下?」


グレゴリーは、ひどく滑稽な言葉を聞いたかのように笑った。


「狩人になれない者は、獲物になるしかない」


胸元の指骨の首飾りを、軽く撫でる。


「強者は名を残す」


「弱者は骨を残す」


「死んだあとに少しでも役立てるのなら、十分だろう」


指骨同士がぶつかる。


カラカラと、細かく耳障りな音が響いた。


グレゴリーは、その中から小さな指骨を一本摘み上げる。


何でもないことのように言った。


「これは、若い騎士のものだ」


「死ぬ間際まで、弟だけは助けてくれと頼み続けていた」


「私は約束した」


オースティンの眼差しが、さらに冷え込む。


「それで?」


「先に弟を殺した」


グレゴリーは笑った。


「そうすれば、もう頼み続ける必要もない」


轟音。


オースティンの足元で、石床が炸裂した。


その姿が一瞬で消える。


銀白色の刃が通路全体を駆け抜け、グレゴリーの頭部へ迫った。


グレゴリーの顔色が変わる。


即座に【猟跡転移(りょうせきてんい)】を発動した。


剣光が振り下ろされる。


先ほどまで彼が立っていた床も。


その背後の壁も。


まとめて一刀のもとに切り裂かれた。


「怒ったのか?」


グレゴリーが側面へ姿を現す。


「聖契裁判官ともあろう者が、数匹の生贄のために?」


「黙れ」


オースティンの刃が、男の口を狙った。


グレゴリーは双剣を掲げて受け止める。


ガキィィン――!


身体ごと部屋の中へ吹き飛ばされた。


背中が実験台へ衝突し、台を粉々に砕く。


オースティンは、床に散乱したガラス片を踏み越えた。


「あの者たちは、生贄ではない」


「材料でもない」


「お前が呼ぶような獲物でもない」


佩剣を持ち上げる。


「人間だ」


グレゴリーは瓦礫の中から立ち上がった。


「人間?」


足元に散らばる切断された手足へ目を向ける。


薬液へ浸されていた頭部を、無造作に蹴り飛ばした。


「人間と魔獣に、何の違いがある?」


「どちらも叫ぶ」


「どちらも血を流す」


「皮を剥げば、中身にも大した違いはない」


オースティンの剣が振り下ろされた。


グレゴリーは再び転移する。


剣光が床の頭部と実験台を、まとめて粉砕した。


「お前たち教会は、実に面白い」


グレゴリーの声が、血霧の奥から響く。


「すべての命は、神の庇護を受けるべきだと口では唱える」


「だが、信じる神を間違えた瞬間、容赦なく殺すではないか」


「少なくとも、私たちは他人を苦しめることを娯楽にはしない」


「それは、お前たちが不誠実だからだ」


グレゴリーが影の中から短刀を二本投げつけた。


オースティンは顔を傾け、一本目を回避する。


二本目を剣で弾いた。


次の瞬間。


グレゴリーが左側へ現れる。


新たに抜き出した二本の短剣が、先ほど射抜かれた左肩へ同時に突き出された。


オースティンは身体を横へ向け、後退する。


切っ先が鎧を掠め、深い傷を残した。


右足が床へ着いた瞬間。


膝から突然、力が抜ける。


動きが遅れた。


オースティンの胸中に、嫌な感覚が走る。


グレゴリーが速くなったのではない。


自分の身体が鈍り始めている。


すぐに左肩の状態を探った。


弩矢による傷は、神術によってすでに塞がっている。


通常の毒も浄化済み。


それでも。


冷たい力が魔力回路へ付着し、魔力が流れるたびに四肢へ広がり続けていた。


指先が痺れる。


呼吸が重くなる。


足運びも、先ほどより半拍遅い。


弩矢に塗られていた毒は、直接HPを削るものではなかった。


継続的に弱体状態を与える毒。


「ようやく気づいたか?」


グレゴリーは遠くに立ったまま。


オースティンの右脚を見て、心底愉快そうに笑った。


「私の最高傑作――【遅暮の血(ちぼのち)】」


「麻痺性魔獣四種の毒腺へ、血月の恩寵を混ぜて作った」


「すぐに死ぬことはない」


「少しずつ、身体を奪われていくだけだ」


自分の指を軽く動かしてみせる。


「最初に、指が言うことを聞かなくなる」


「次は両脚」


「最後には、自分の心臓がいつ止まったのかさえ分からない」


「倒れたあとは、私が直々に指を切り落としてやろう」


グレゴリーは胸元の指骨の首飾りを撫でる。


「公爵令嬢」


「二十三歳の聖契裁判官」


「お前の指一本なら、ここにいる全員の骨を合わせたものより価値があるだろう」


オースティンは男を睨み続けた。


「それを集めて、自分が何人殺したか証明しているつもりか?」


「違う」


グレゴリーは真剣な表情で訂正する。


「私が集めるのは強者だけだ」


「弱者の骨に価値はない」


「先ほど泣きながら命乞いをしていた生贄など、触れる気にすらならなかった」


オースティンの顔が、完全に沈んだ。


「自分は強者だとでも思っているのか?」


「少なくとも、もうすぐ動けなくなるお前よりは強い」


グレゴリーの足元で月紋が輝く。


姿が消えた。


オースティンは、わざと身体を僅かに揺らした。


左。


予想どおり。


グレゴリーは左後方へ出現した。


一方の短剣が、うなじへ。


もう一方が、心臓へ迫る。


オースティンは勢いよく振り返った。


銀白色の剣光が、血霧を一瞬で切り裂く。


ガキンッ!


一本目の短剣が弾き飛ばされた。


佩剣はその勢いのまま、グレゴリーの胴へ走る。


命中すれば。


身体を腰から両断できる一撃。


だがグレゴリーは、最後の瞬間に上体を反らした。


剣先が長衣の表面を通過する。


切れたのは、布地一枚だけ。


グレゴリーは反撃しなかった。


足元の月紋を再び輝かせ、即座にオースティンから離れる。


「惜しかったな」


切り裂かれた長衣を見下ろした。


「恐ろしい」


「毒に侵されても、まだあれほどの剣を振るえるとは」


口調は軽い。


だが、その目はオースティンの両手から一瞬も離れていなかった。


嫌になるほど慎重な男だ。


オースティンは理解していた。


この男は、自分が毒に侵されているからといって軽率に接近しない。


距離を保ち続ける。


時間を稼ぎ続ける。


【遅暮の血】が、完全に身体を押し潰すまで。


通常の【解毒】では、この毒を除去できない。


複雑な神経毒。


浄化系の上級職業者が、集中して長時間詠唱することで、ようやく完全に剥離できる可能性がある。


オースティン自身が習得している解毒神術では足りない。


戦闘中に、長い浄化を行う余裕もなかった。


そして、さらに悪いことに――


先ほどから地下第三層より、不吉な魔力が伝わってきている。


その気配は、今も急速に強まっていた。


何かが目覚めようとしている。


冷たい。


飢えている。


見えない巨大な口が、ゆっくりと開いていくような感覚。


ただちに戦闘を終わらせなければならない。


オースティンは腰の小袋へ手を差し入れた。


指先が、冷たいガラス管へ触れる。


使いたくない。


彼女は金色の薬液が入った小瓶を取り出した。


内部には、小さな白い光点が漂っている。


まるで星々を、そのまま液体の中へ封じ込めたかのようだった。


グレゴリーが目を細める。


「何だ、それは?」


オースティンは手の中の薬を見た。


目に、わずかな惜しさが浮かぶ。


聖骸秘薬(せいがいひやく)】。


高位聖職者が遺した魔力結晶を中核として精製される秘薬。


服用後、短時間だけ――


【レベル+5】


【全能力値+10】


効果は単純。


だからこそ、極めて貴重だった。


オースティンでさえ、二本しか持っていない。


本来は、本当に撤退すら許されない絶境で使うために準備したものだ。


だが、ここで使わなければ。


取り返しのつかない事態が起きる可能性が高い。


オースティンは封口を噛み切った。


金色の薬液を、一息に飲み干した。


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