第47話 過負荷
「聖剣だと?」
セレスが初めて声を荒らげた。
「あり得ない」
「なぜ、お前が聖剣を持っている!?」
他の四人を観察することも。
実験材料について独り言を続けることもやめた。
その意識はすべて、天城蓮へ向けられている。
灰白色の剣身には、細かな亀裂が無数に刻まれていた。
眩い聖光を放っているわけではない。
それでも、剣から漂う気配が、セレスの本能へ危険を訴えかけていた。
「盗んだのか?」
セレスはすぐに、自分の推測を否定する。
「いや、違う」
「聖剣は、盗めば使えるような代物ではない」
「お前は勇者なのか?」
天城の若い顔を凝視した。
「まだ十数レベルしかない勇者だと?」
「だが、たとえ勇者であっても、そのレベルで聖剣の装備条件を満たせるはずがない」
天城は答えなかった。
〈断誓〉の聖剣を握ってから、その顔色は目に見えて青ざめている。
呼吸も次第に重くなっていた。
ただ剣を構えているだけで、額にはすでに汗が浮かんでいる。
それでも、剣を手放さなかった。
床を蹴り。
再びセレスへ突進する。
灰白色の刃が、横薙ぎに振るわれた。
セレスは即座に後退した。
今度は手術刀で受け止めようとしない。
先ほど一度衝突しただけで、右手には今も痺れが残っていた。
剣先が胸元を通過する。
セレスは連続して数歩後方へ跳び、そこでようやく天城の異常に気づいた。
「そういうことか」
顔に浮かんでいた驚きが、信じがたいものを見る表情へ変わる。
「過負荷使用」
「お前、聖剣を過負荷状態で使っているのか!」
天城は答えない。
セレスへ追いつき、胸元を狙って剣を突き出した。
セレスは身体を横へずらす。
刃が白い研究服を掠めた。
小さな音とともに。
服だけでなく、その内側を覆っていた防護術式まで切り裂かれる。
セレスは胸元の裂け目を一瞥した。
表情が完全に険しくなる。
「狂人め」
「条件を満たしていない聖器を無理に使えば、どうなるか分かっているのか?」
「体力が尽きる程度なら、まだ軽い」
「魔力回路が断裂する可能性もある」
「能力値が永久に低下することすらあるんだぞ」
「このまま続ければ、二度と剣を持てない廃人になるかもしれない!」
天城は両手で剣を握っていた。
胸が激しく上下している。
返答の代わりに、次の斬撃を放った。
そういうことか。
S+天賦【聖器適格】を持っていても、天城が装備条件を完全に無視できるわけではない。
高位の装備には通常、レベル、能力値、職業。
場合によっては、魂の強度にまで条件が設けられている。
聖剣〈断誓〉にどのような制限があるのか、俺も詳しくは知らない。
だが、今の天城が正常に使用できる武器ではないことだけは確かだった。
装備条件を満たしていないからといって、武器を持ち上げることすら不可能とは限らない。
もう一つの方法がある。
過負荷使用。
戦士でも短剣を握ることはできる。
暗殺者でも重剣を振るうことはできる。
専門外の武器であっても、性能を完全に引き出せないだけで、無理に使うこと自体は可能だ。
だが、聖剣ほどの装備になると話は違う。
内部の力を強制的に起動すれば、使用者は肉体の限界を遥かに超える負荷を受ける。
体力と魔力を大量に消耗するのは、始まりにすぎない。
筋肉の断裂。
魔力回路の損傷。
重症になれば、能力値が永久に失われることさえある。
それでも――
聖剣は聖剣だ。
本来の力をすべて発揮できなくとも、普通の武器とは比べものにならない。
今の天城には、セレスを倒せるだけの力がある。
問題は一つ。
どれほど長く持ちこたえられるか。
これは時間との勝負だ。
そして同時に。
俺が待ち続けていた機会でもあった。
『急げ』
俺はすぐに小野寺へ声を届けた。
『機は訪れた』
『祭壇へ向かえ』
聖剣を呆然と見ていた小野寺が、我に返った。
祭壇へ続く道は開いている。
セレスは天城に押し戻され、入口の中央を守れなくなっていた。
小野寺は、天城の持つ聖剣へ一度目を向けた。
その胸にも、強い衝撃が走っている。
こいつ、こんな物まで隠し持っていたのか。
だが、天城の状態は明らかにおかしい。
顔は青ざめている。
剣を持つ両手も、わずかに震えていた。
あの力を長時間維持できるはずがない。
天城が倒れる前に、祭壇へ辿り着かなければならない。
そこで完全な雷霆の権能を手に入れる。
小野寺はすぐに背を向け、広間の奥へ走り出した。
「おい!」
その動きを見た神谷が、怒鳴り声を上げる。
「小野寺、また何をするつもりだ!」
「止まれ!」
小野寺は無視した。
祭壇は目の前にある。
残る距離は、数十メートル。
だが、セレスは即座にその意図へ気づいた。
左手を鋭く振る。
指の間から三本の銀針が飛び出した。
狙いは、小野寺の後頭部。
腰。
膝。
『右へ』
俺は針が放たれるより先に告げた。
小野寺は迷わず進路を変えた。
一本目が耳元を掠める。
『頭を下げろ』
二本目が頭上を通過した。
『跳べ』
小野寺が地面を蹴る。
最後の一本は、先ほどまで足を置いていた石床へ突き刺さった。
動きには一瞬の停滞もない。
セレスの目に、わずかな驚きが浮かぶ。
だが、小野寺はすでに祭壇へ向けて走り続けていた。
「死にたいらしいな!」
セレスが床を蹴った。
天城を飛び越え、小野寺を追おうとする。
その眼前へ、灰白色の刃が割り込んだ。
ガキンッ!
セレスは二本の手術刀を交差させ、斬撃を受け止める。
身体が再び数メートル後方へ押し戻された。
天城は荒い息を吐きながら、セレスと小野寺のあいだへ立った。
「お前の相手は、俺だ」
セレスは、ますます青ざめていく天城の顔を見た。
不意に笑みを浮かべる。
「あと何回振れる?」
「十回か?」
「五回か?」
「私が正面から打ち合わなければ、お前は勝手に倒れる」
言っていることは正しかった。
セレスのレベルは、天城より高い。
速度でも優位に立っている。
回避へ徹すれば、天城が短時間で決着をつけるのは難しい。
小野寺も、その事実に気づいた。
足を止め、振り返って叫ぶ。
「天城!」
「このままじゃ駄目だ!」
天城はセレスから目を逸らさなかった。
「お前は、どこへ行くつもりなんだ?」
「祭壇だ!」
小野寺は広間の中央を指差した。
「あそこへ行けば、俺はもっと強くなれる!」
その言葉を聞いた神谷が、すぐに罵声を上げた。
「何を訳の分からないこと言ってやがる!」
小野寺は完全に無視する。
見ているのは、天城だけだった。
「今のお前は、確かにあいつより強い」
「でも、速度では負けている!」
「あいつが逃げ続ければ、お前の剣は当たらない!」
天城が剣を握る手に力を込める。
小野寺の言葉が事実であることは、本人が最も理解していた。
〈断誓〉は今も、猛烈な勢いで体力を奪っている。
剣を一度振るうたび。
両腕の筋肉が引き裂かれるように痛んだ。
時間が延びるほど、不利になる。
「俺は祭壇へ行く必要がある!」
小野寺が続ける。
「あそこへ辿り着けば、もっと強い力を手に入れられる!」
「そうすれば、俺があいつを倒せる!」
天城は小野寺へ視線を向けた。
その言葉が真実なのかは分からない。
小野寺は、明らかに多くのことを隠している。
なぜ罠を避けられた?
なぜ隠し扉の位置を知っていた?
なぜ、あの祭壇へこれほど執着する?
何一つ説明できていない。
だが、ここへ来るまで。
小野寺は、正しい道を最初から知っているかのように進んできた。
彼の案内がなければ、今も地下第三層の罠と改造魔獣に足止めされていた可能性が高い。
そして、このまま戦い続ければ――
本当に負ける。
天城は背後へ一瞬だけ視線を向けた。
椎名と相沢は、どちらも負傷している。
神谷も魔力を大きく消耗していた。
自分も、聖剣を長く維持できない。
他に選択肢はなかった。
「分かった」
天城が言った。
「お前を信じる」
小野寺の目が輝く。
二人の意図を察したセレスが、即座に祭壇側へ移動した。
同時に、天城が踏み込む。
灰白色の剣光が、進路を完全に塞いだ。
セレスは足を止めざるを得ない。
二本の手術刀で、三度の斬撃を連続して防ぐ。
ガキンッ!
ガキンッ!
ガキンッ!
衝突するたびに、両腕へ激痛が走った。
四撃目。
ついに、その場では受け止めきれない。
セレスは身体を横へ逃がした。
祭壇への道が、完全に開く。
「今だ!」
天城が叫んだ。
小野寺は全力で飛び出す。
両脚へ雷光が絡みつき、速度が一気に上昇した。
セレスが追おうとする。
だが、天城が剣を横へ構え、再び前を塞いだ。
「どけ!」
セレスが初めて冷静さを失った。
天城は何も答えない。
ただ、もう一度〈断誓〉を持ち上げる。
小野寺は二人の横を駆け抜けた。
祭壇の中央。
無数の牙を生やした巨大な石の口は、もう目の前にある。
その影へ潜む俺もまた。
古代の祭壇を、静かに見据えていた。




