第46話 天城の切り札
全員が即座に戦闘態勢へ入った。
小野寺の視線は、セレスの向こう側へ向けられていた。
白い研究服を着た男の背後には、広大な地下広間がある。
その中央に、暗赤色の血痕で覆われた古い祭壇が立っていた。
祭壇の周囲には、大量の白骨が散乱している。
石台から外側へ伸びる無数の溝は、すでに乾いた血で黒ずみ、最後には中央にある巨大な石の口へ集まっていた。
無数の鋭い牙が生えた、不気味な口。
見つけた。
祭壇は、あそこだ。
あと一歩。
それなのに、この男が立ちはだかっている。
小野寺の影へ潜んでいる俺も、その祭壇を確認した。
計画は、ついに最終段階へ入った。
そして同時に。
ここからが、最も危険な段階でもある。
先ほど小野寺をここまで誘導したこと自体、一つの賭けだった。
地下祭壇に守備役がいることは分かっていた。
そして、ここを守っている可能性が最も高いのは。
グレゴリーに呼び出され、地下へ向かった研究区画の責任者――セレス。
動作。
呼吸。
肉体と魔力の制御。
そこから判断すると、レベルはおそらく27から28。
すでに中級職への転職を終えている。
普通に考えれば、小野寺たち五人では絶対に勝てない。
だが、彼らも一般的な初級職業者ではなかった。
全員がAランク以上の天賦を持っている。
正面から倒すのは難しい。
それでも、一時的にセレスを足止めし、小野寺が祭壇へ近づく隙を作れれば十分だ。
俺は低く、重々しい声で告げた。
『祭壇は、あの男の背後にある』
『眼前の者は、今の汝では倒せぬ相手だ』
『機を見つけ、まず祭壇へ辿り着け』
『そこで我が権能を取り戻すのだ』
『さすれば初めて、あの者と戦う資格を得られる』
小野寺の目つきが、瞬時に変わった。
そういうことか。
目の前の男を倒す必要はない。
祭壇へ入り、完全な雷霆の権能を得れば。
すべての問題は自然と解決する。
セレスは、緊張する五人を眺めていた。
すぐに攻撃する様子はない。
手にした手術刀を軽く回しながら、実験台へ並べられた材料を観察するように見比べていく。
「剣士が二人」
「元素魔法使いが一人」
「治療役が一人」
「そして、防御型の補助職が一人」
五人を順番に見た。
「構成としては、ずいぶん整っている」
「さて……どこから始めるべきか」
セレスの視線が、相沢美咲へ止まった。
「防御型の肉体は、通常、異物への拒絶反応が強い」
「月獣の心臓を移植する実験に向いていそうだ」
次に、椎名綾音を見る。
「こちらの治療役も悪くない」
「負傷しているにもかかわらず、すでに正常に動けている」
「解体すれば、何か特殊な器官が見つかるかもしれないな」
椎名の顔から血の気が引いた。
天城蓮の目が、完全に冷え切る。
「黙れ」
床を蹴り、最初に飛び出した。
金色の光が長剣を覆う。
そのままセレスの胸へ、真っすぐ刺突を放った。
セレスは手術刀を持ち上げただけだった。
ガキンッ!
細い刃が、長剣の切っ先を正確に受け止める。
天城の剣は、それ以上一寸も進まなかった。
神谷玲司は、すでに詠唱を終えている。
「【火矢】!」
三本の炎の矢が、天城の横を通過した。
頭部。
胸。
右脚。
それぞれ異なる位置へ迫る。
セレスは半歩だけ後退した。
手術刀を連続で振るう。
三筋の銀光。
炎の矢は、空中で一つずつ切り裂かれた。
そこへ、小野寺が側面から飛び込む。
長剣に雷が爆発的に集まった。
「【雷鳴斬】!」
青白い斬光が、セレスの腰へ走る。
セレスは振り返らなかった。
代わりに、白衣の下から左手を伸ばす。
そこには、もう一本の手術刀が握られていた。
小野寺の剣を正確に受け止める。
バチバチッ!
雷が刃を伝って広がった。
セレスの指が、わずかに震える。
「雷属性」
「しかも、肉体の雷耐性も高い」
なおも、独り言のように続ける。
「神経を摘出して保存すれば、良い研究材料になるだろう」
「気持ち悪いことを言ってんじゃねえ!」
小野寺が怒鳴り、さらに力を込めた。
セレスは手首を捻る。
剣を覆っていた雷が、一瞬で横へ受け流された。
小野寺自身も、その動きに引かれて体勢を崩す。
セレスの蹴りが、腹部へ迫った。
ドンッ!
淡黄色の光幕が、寸前で出現した。
相沢が小野寺の代わりに一撃を受け止める。
それでも、小野寺の身体は強烈な衝撃に押され、後方へ弾き飛ばされた。
相沢の顔も、一瞬で青ざめる。
「重い……」
「止まるな!」
天城が再び剣を振るう。
小野寺も右側から間合いへ戻った。
神谷は後方から氷錐を連続で放ち、セレスが回避できる場所を制限する。
椎名は相沢の身体へ生命力を注ぎ続け、防御魔法を維持していた。
五人が初めて、本当の意味で連携し始める。
天城が正面から圧力をかける。
小野寺が攻撃の隙を探す。
神谷が元素魔法で移動範囲を制限する。
相沢が回避できない反撃を受け止める。
椎名は全員の体力と負傷を回復する。
だが。
セレスには、まだ余裕があった。
観察しながら、記録を取るような口調で呟き続ける。
「金色の魔力。筋力を中心とした強化」
「雷剣士の攻撃は、あまりにも直線的」
「元素魔法使いは、属性を切り替える際に約半秒の硬直が生じる」
「防御魔法は損傷を分散できるが、使用者本人の耐久力が足りない」
一つ見抜くたび。
セレスの攻撃は、より正確になっていった。
天城の剣を手術刀で外側へ弾く。
小野寺が隙を埋めようとした瞬間には、すでに膝へ蹴りを放っていた。
神谷が土属性へ切り替えた直後。
わずかな硬直を狙い、一本の細針を投げる。
相沢が盾を掲げて防いだ。
だが、針は盾へ触れた瞬間に破裂する。
数十本の、さらに細い銀針へ分裂した。
淡黄色の光幕が激しく揺れる。
相沢が苦しそうに呻き、何歩も後退した。
「美咲!」
椎名がすぐに背中へ手を当てた。
緑色の光が、相沢の身体へ流れ込む。
だが、そのときには。
セレスが光幕の正面まで迫っていた。
「耐久限界は、そろそろか」
右手を持ち上げる。
手術刀が、勢いよく振り下ろされた。
相沢は歯を食いしばり、円盾を掲げる。
ガンッ!
盾の表面を覆う光幕が、大きく内側へ陥没した。
無数の亀裂が、瞬く間に四方へ広がる。
相沢の両足が地面から浮いた。
そのまま身体ごと吹き飛ばされる。
椎名は慌てて彼女を抱き止めた。
二人揃って床へ倒れる。
「美咲!」
「わ、私は……大丈夫……」
口ではそう答えている。
だが、盾を持つ手は制御できないほど震えていた。
再び近づいてくるセレスを見て、神谷が堪えきれず怒鳴った。
「小野寺、この野郎!」
「俺たちを、いったいどこへ連れてきたんだ!」
小野寺も、すでに怒りが溜まっていた。
すぐに怒鳴り返す。
「俺がお前についてこいって頼んだのかよ!」
「勝手についてきたくせに、今さら俺のせいにするな!」
「お前――」
「二人とも黙れ!」
天城が再びセレスの前へ立った。
「今は喧嘩している場合じゃない!」
セレスは五人を見て、失望したような顔をした。
「戦闘中に仲間割れか」
「もういい」
「まずは、防御役から処理しよう」
床を強く蹴る。
天城を一気に飛び越え。
倒れている相沢へ、真っすぐ迫った。
天城も即座に追う。
だが、速度が違いすぎる。
セレスの手術刀は、すでに相沢の首へ向けて突き出されていた。
「止めろ!」
小野寺は、心の中で焦ったように叫んだ。
「神様、どうすればいいんですか!」
「俺たちじゃ、こいつに勝てない!」
俺は変わらず、平静な声で答えた。
『焦るな』
『汝の仲間は、まだ真の切り札を見せていない』
小野寺が目を見開く。
仲間?
誰だ?
神谷の役立たずか?
それとも、床に倒れている女二人か?
セレスの刃が、【守護方陣】の最後の光幕を突き破った。
相沢の瞳孔が縮む。
振り下ろされる刃を見た瞬間。
天城の顔から、迷いが完全に消えた。
手にしていた普通の長剣を放す。
教会から支給された武器が、床へ落ちた。
次の瞬間。
天城の右手が腰元へ伸びる。
これまで鞘の中へ隠されていた、もう一本の剣。
柄を握る。
抜剣。
灰白色の剣影が、空気を切り裂いた。
ガキィィン――!
セレスの手術刀が、初めて真正面から弾き飛ばされた。
凄まじい力が腕を伝う。
セレスの身体も、十数メートル後方まで押し戻された。
両足が石床を削り、深い二本の跡を残す。
セレスは、ようやく止まった。
常に余裕を崩さなかった顔へ。
初めて、本物の驚きが浮かんでいた。
影の中にいる俺も、思わず息を呑んだ。
天城が実力を隠していることは知っていた。
S+天賦【聖器適格】を持つ天城が、いずれ聖器を手にすることも。
だが。
まさか、これほど早いとは思わなかった。
天城は、すでにあれを手に入れていた。
灰白色の剣身には、装飾が一つもない。
刃の表面には、無数の誓約によって刻みつけられたような細い亀裂が走っている。
天城は両手で剣を握った。
相沢と椎名を守るように、その前へ立つ。
彼が手にしていたのは――
〈断誓〉の聖剣。




