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死に戻りは一度きり――「無才」の俺は禁忌の隠し職を手に入れ、クラスメイトの覚醒イベントを先回りする  作者: 夜守灯
王都祭壇編

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第39話 無用な慈悲

地下第二層へ続く階段は狭かった。


オースティンが破壊した石壁の瓦礫が辺り一面に散らばっており、部隊は二列に分かれて順番に進むしかない。


地下第二層へ足を踏み入れた瞬間、小野寺真也の鼻を刺激臭が突いた。


血。


腐った肉。


それに、吐き気を催す薬品の臭い。


ここは地下第一層とは、まるで違っていた。


壁の両側には、鉄鉤や鎖が無数に吊るされている。


透明なガラス容器の中には、人間や魔獣の手足が浸されていた。


獣毛に覆われた腕。


複数の眼球を縫いつけられた頭部。


身体の半分を失った状態で石台へ固定され、それでも胸がかすかに上下している人間までいる。


小野寺は眉間に深く皺を寄せた。


胃の中を、力任せに掻き回されたような感覚がする。


「うっ……」


相沢美咲が口元を押さえ、瞬く間に青ざめた。


椎名綾音も足を止める。


傍らの鉄製トレイに置かれた、まだ血の固まっていない臓器を見た瞬間、身体がふらついた。


今にも吐きそうだった。


天城蓮は、二人より少しだけましな反応を見せた。


視線を逸らすことはない。


ただ剣の柄を強く握り、手の甲に青い筋を浮かべていた。


神谷玲司は隊列の最後尾に立っている。


顔色はほとんど変わらなかった。


ガラス容器を何度か見ただけで、すぐに前方へ意識を戻す。


邪教徒が生きた人間を生贄にすることは、授業で聞かされていた。


神官が整理した絵図を見たこともある。


だが、絵は悲鳴を上げない。


血を流さない。


こんな臭いを放つこともない。


「この畜生ども……」


天城が歯の隙間から声を絞り出した。


次の瞬間。


通路の先から、鋭い叫び声が響いた。


「敵襲!」


直後、武器同士が激しくぶつかり合う音が続く。


轟音。


曲がり角の向こうから炎が噴き出し、神官の展開した結界へ激突した。


前方を進んでいた第一突入隊が、すでに敵と交戦している。


「第二隊、陣形を維持しろ!」


一人の執行官(しっこうかん)が即座に振り返り、怒鳴った。


「異界人は全員後方に残れ! 前へ出るな!」


だが、天城はすでに走り出していた。


「天城君!」


椎名が反射的に呼び止める。


天城は止まらない。


小野寺は、急速に遠ざかるその背中を見て一瞬呆然とした。


すぐに奥歯を噛み締める。


さっきまで、勝手な行動はするなと言っていたくせに。


いざ戦いが始まれば、自分が誰より先に飛び出すのか。


「一人で経験値を独占させるかよ」


小野寺も長剣を抜き、すぐに追いかけた。


「おい、お前たち!」


護衛を任されていた執行官が腕を伸ばす。


だが、小野寺はその脇をすり抜けた。


神谷も低く悪態をつき、短杖を握って二人のあとに続く。


椎名は三人の背中を見た。


続いて、青ざめた相沢へ目を向ける。


「三人だけで行かせるわけにはいかないよ」


相沢は一瞬迷ったあと、強く頷いた。


二人も走り出す。


「全員戻れ!」


背後から聞こえる命令は、次第に遠ざかっていった。


小野寺が曲がり角を抜けると、眼前が魔法の光で一気に明るくなった。


十数人の血月教団(けつげつきょうだん)の信徒が、教会の神官や執行官と入り乱れて戦っている。


狭い通路では、完全な陣形を組むことができない。


一人の血月教徒が、鋸状の長刀を振り回し、正面の盾へ狂ったように斬りつけていた。


別の信徒は後方に立ち、自分の手首を切り裂いて、流れ出た血を床へ撒く。


血液が地面へ落ちた瞬間、細長い赤蛇へ変わり、教会の隊列へ飛びかかった。


「焼き払え!」


神官の一人が杖を掲げる。


白い炎が床を走り、血蛇を黒煙へ変えた。


反対側では、すでに天城が戦場へ踏み込んでいた。


隊列から飛び出した彼に気づき、一人の血月教徒が刃を振り下ろす。


天城は身体を横へずらして回避した。


長剣を下から上へ振り抜く。


ガンッ!


血月教徒の武器が、手から弾き飛ばされた。


続けて胸元へ蹴りを叩き込み、男の身体を石壁へ吹き飛ばす。


血月教徒は壁へ激突し、血を吐きながら床へ倒れた。


「天城、深入りするな!」


前方の執行官が鋭く叫ぶ。


だが、天城は聞いていなかった。


その視線は戦場を越え、通路の突き当たりへ向けられている。


そこには鉄製の牢があった。


中に残っているのは、二人だけ。


白髪の老人が壁際に倒れ、両脚は不自然な方向へ折れ曲がっている。


もう一人は、ぼろぼろの服を着た若い男だった。


全身に傷が刻まれ、手首は鎖との摩擦で肉が裂けている。


鉄格子へ寄りかかり、苦しそうに息をしていた。


「助け……」


若い男が顔を上げる。


「助けてくれ……」


天城の表情が一変した。


「まだ生きている人がいる!」


すぐに牢へ向かって走り出す。


「近づくな!」


一人の神官が制止しようとした。


だが、天城はすでに乱戦を抜けていた。


牢の前を守っていた血月教徒が、笑みを浮かべて立ちはだかる。


「神官様は、ずいぶんと人助けに熱心だな?」


「どけ!」


天城は両手で剣を握った。


刀身に、眩い金色の光が灯る。


血月教徒が武器を持ち上げるより早く、長剣が横薙ぎに振るわれた。


ガキンッ!


敵の刃が、中央から真っ二つに折れる。


その身体も凄まじい力で吹き飛ばされ、傍らの木製棚へ激突した。


棚が砕け散る。


天城は追撃しなかった。


牢の前まで駆け寄り、鉄格子へ剣を振り下ろす。


金色の斬光が走った。


腕ほどの太さがある鉄柱が、数本まとめて断ち切られる。


天城は残った格子を蹴り倒し、すぐに牢の中へ入った。


「もう大丈夫だ」


若い男の傍らへ屈み、その腕を自分の肩へ回す。


「立てるか?」


男の唇が震えた。


「わ、分からない……」


「怖がらなくていい」


天城は男を支えて立たせた。


「俺たちはオルドラン教会の者だ」


「必ず、ここから連れ出す」


小野寺たちも、そのとき牢へ辿り着いた。


中にいる二人を見て、椎名が息を呑む。


老人は、すでに意識を失っている。


若い男は、衣服の下に無傷の肌がほとんど残っていなかった。


「ひどすぎる……」


相沢が口元を押さえた。


すぐに、その目へ涙が浮かぶ。


神谷は眉を寄せたまま、何も言わなかった。


小野寺だけは一度見ただけで視線を外し、警戒するように周囲を見渡した。


天城は若い男を支え、牢の外へ向かう。


「綾音!」


振り返って呼びかけた。


「早く、この人を治療してくれ!」


「うん!」


椎名は迷わなかった。


すぐに牢へ駆け込み、若い男の前へ膝をつく。


柔らかな緑色の光が、両手の間へ灯った。


「まず傷を確認します」


「少し痛むかもしれません」


天城は男から手を離し、再び長剣を握った。


周囲に並ぶ、血に濡れた拷問器具を見つめる。


その顔には、抑えきれない怒りが浮かんでいた。


「普通の人を、こんな姿になるまで……」


「この畜生ども――」


ズブッ。


小さな音だった。


天城の言葉が、途中で止まった。


小野寺も目を見開く。


先ほどまで、一人で立つことさえ困難に見えた若い男が。


今は椎名の身体へ、ぴったりと密着していた。


俯いたまま。


片方の手で椎名の肩を強く掴んでいる。


もう片方の手には、いつ取り出したのかも分からない短剣。


刃は、すでに根元まで椎名の腹部へ突き刺さっていた。


緑色の治癒光が、瞬時に消える。


白い法衣へ、鮮血が急速に広がっていった。


椎名は、自分の腹部へ視線を落とした。


身体へ突き刺さった刃を見つめる。


その顔には、何も浮かんでいなかった。


「どう……して……?」


若い男が、ゆっくりと顔を上げる。


先ほどまでの衰弱も。


怯えも。


すべて消えていた。


口元が大きく裂ける。


そこに浮かんでいたのは、狂気に満ちた笑みだった。


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