第35話 隠された真実
「本当にあったのか……!?」
小野寺真也は、手にした記録を食い入るように見つめていた。
薄暗い密室には、抑えきれない彼の呼吸音だけが響いている。
あの声に教えられたとおり、教会の資料庫西側、三列目の書架、その最下段を探した。
そこには確かに、整理番号のない『旧王国暦法考』があった。
本を半分だけ引き出す。
隣にある真鍮の燭台を回す。
すると、壁の奥に隠されていた扉が本当に開いた。
地下の秘密資料室は、それほど広くない。
窓は一つもなく、書架には厚く埃が積もっている。
長いあいだ、誰も入っていないことは明らかだった。
だが、ここに保管されている記録は、地上に並ぶ神々を称える歴史書とはまるで違う。
小野寺は視線を落とし、続きを読む。
【第一次神戦初期、血月と狩猟の神は、いまだ正神の一柱として数えられていた】
【その信徒たちは、オルドラン教会と共同で深淵の眷属を迎撃した】
【戦争後期、神域の分割をめぐって対立が発生。豊穣と繁育の神を信奉する教会により、敵対信仰へ指定された】
【神戦終結後、正神としての名を抹消され、関連する信仰は邪教として再定義された】
血月教団。
小野寺も、その名は知っていた。
教官たちは授業のたびに繰り返し説明していた。
生きた人間を狩り、祭祀へ捧げる狂信者たちだと。
だが、この記録には明確に書かれている。
今では邪神と呼ばれている存在も、かつては正神だった。
それどころか、オルドラン教会と並んで戦ったことさえある。
小野寺は別の記録を開いた。
そこには、公開されている教典には一度も登場しない神々の名が記されていた。
世界の外へ追放された神。
封印された神。
第一次神戦で滅びた神。
正神と邪神の区別は、最初から決まっていたわけではない。
勝利した側の名だけが歴史へ残る。
敗北した側は、存在そのものを消される。
「やっぱり、全部嘘だったんじゃないか」
小野寺は冷たく笑った。
教会は毎日、自分たちへ祈りを強制する。
決められた時間に起きろ。
決められた時間に訓練しろ。
夜は決められた時間に明かりを消せ。
口では守るためだと言っている。
だが実際には、異界人全員を従順な兵士へ作り変えたいだけではないのか。
特に、天城蓮。
【聖器適格】を持っているというだけで、神官たちはいつもあいつを取り囲んでいる。
神術の指導。
専用装備。
個別訓練。
良いものは、何でも最初に天城へ与えられた。
自分も同じS+なのに。
受けている待遇には、常に差がある。
なぜだ?
小野寺は、さらに記録を探した。
二列分の書架を調べ終えても、『雷霆の神』について明確に記された資料は見つからなかった。
ただし、破損した文献のいくつかには、第一次神戦以前、雷、天空、嵐を司る複数の神が存在したと書かれていた。
その大半は、名前の部分だけが削り取られている。
あの声が語ったすべてが真実だとは証明できない。
だが、少なくとも半分は本当だった。
秘密資料室の場所を知っていた。
隠し扉の開け方も知っていた。
教会が第一次神戦の歴史を隠していることも知っていた。
そして、何より――
本当に自分へ力を与えた。
「雷霆の神……」
小野寺は、ゆっくりと拳を握り締めた。
指の隙間から、小さな電弧が跳ねる。
パチッ。
青白い光が、その顔に浮かぶ笑みを照らした。
自分はすでにS+天賦を持っている。
だが、まだ足りない。
Aランク天賦しか持たない神谷でさえ、自分を見下していた。
天城に至っては、この世界へ来たときから、ずっとクラスの代表者のように振る舞っている。
誰もが自分の言葉へ従って当然だとでも思っているかのように。
【雷霆聖痕】だけで、いつになればあいつらを完全に引き離せる?
もっと力が必要だ。
完全な力が。
あの太古の雷霆神を本当に目覚めさせることができれば。
神谷など問題ではない。
天城でさえ、もう自分の敵ではなくなる。
カラウ通りへ行く。
地下祭壇を見つける。
小野寺は、すでに決断していた。
もっとも、すぐに資料室を出たわけではない。
あの声は、祭壇が今、別の者たちに使われていると言っていた。
教会の捜索をかいくぐり、古代祭壇を占拠できる勢力。
十中八九、邪教か何らかの地下組織だ。
一人で正面から乗り込むなど、死にに行くのと変わらない。
小野寺も、そこまで馬鹿ではなかった。
クラスの連中は、彼の成長適性が7しかないと思っている。
だが本当は――42。
しかも数日前には、人知れず転職も終えていた。
【雷剣士】。
レベルも、すでに12へ達している。
それでも、人数さえ分からない邪教の拠点を相手にする自信はなかった。
レベル12だから何だというのか。
十数人に囲まれれば、同じように死ぬ。
「何か方法を考えないと」
小野寺は記録を閉じ、元の位置へ戻した。
階段を上り、地上の資料庫へ戻る。
真鍮の燭台を再び回す。
壁が音もなく閉じた。
書架も、何事もなかったかのように元の姿へ戻る。
廊下に誰もいないことを確認してから、小野寺は書架の陰から姿を現した。
資料庫の外側にある閲覧室には、まだ明かりが灯っている。
数人が長机に座り、本を読んでいた。
小野寺は一目で天城蓮を見つけた。
天城の向かい側に座っているのは、椎名綾音。
確か、彼女が目覚めさせたのはSランク天賦【生命聖杯】だった。
具体的な効果までは知らないが、おそらく治癒に関係する力だろう。
椎名は本の一節を指差しながら、何かを話していた。
天城が俯いてそこを読み、穏やかな笑みを浮かべる。
天城の隣には、髪を低い位置で一つに結んだ少女もいた。
相沢美咲。
小野寺は、彼女についてほとんど覚えていない。
Aランク天賦【守護方陣】を得たことだけは記憶していた。
所詮はAランク。
わざわざ覚えておく必要もない。
三人は同じ机を囲んでいた。
空気は穏やかで、ときおり笑い声まで上がっている。
小野寺の表情が、一瞬で険しくなった。
まただ。
天城は何もしなくても、自然と周囲に人が集まる。
教師に好かれる。
教会から重視される。
女たちも、自分から近づいていく。
自分だって同じS+だ。
実戦になれば、天城に負けるとも限らない。
それなのに、周囲の人間が自分へ向ける目には、いつも疑いと警戒が混じっている。
昼間、神谷を殴っただけで?
あんなクズは、殴られて当然だった。
小野寺は、そのまま立ち去ろうとした。
だが、机を囲む三人を見ているうちに、一つの考えが浮かんだ。
小野寺は真っすぐ長机へ向かった。
三人の会話が、すぐに止まる。
相沢美咲は彼が近づいてくるのを見ると、身体をわずかに強張らせた。
椅子を天城の側へ、そっと寄せる。
何も言わない。
ただ俯き、指で本の端を強く掴んでいた。
小野寺は空いている椅子を引き、腰を下ろした。
「お前たちに、重要な話がある」




