第28話 ドーンとの再会
俺は部屋を出た。
背後で、分厚い木製の扉がゆっくりと閉じていく。
扉の外には、先ほどと変わらず二人の衛兵が立っていた。
俺は、そのうちの一人へ視線を向ける。
「お前」
「出口まで案内しろ」
衛兵は頭を下げた。
「承知しました、上使様」
男は身を翻し、先に歩き始めた。
俺はそれ以上何も言わず、あとに続く。
二人で地下通路を進んでいった。
最初の曲がり角を越えた時点で、俺は異変に気づいた。
ここは、来るときに通った道ではない。
出口へ向かうなら、左へ曲がるはずだった。
だが衛兵は、俺を右側の通路へ案内している。
進むにつれ、廊下は次第に狭くなっていった。
周囲から、他の信徒の姿も消えていく。
俺は何も尋ねなかった。
足を止めることもしない。
ただ静かに、相手の背後を歩き続けた。
衛兵も説明しなかった。
一人が前を歩き、一人が後ろを進む。
さらに二本の通路を抜け、やがて物置として使われている空き部屋へ辿り着いた。
衛兵が扉を開け、中へ入る。
俺も続いて入り、背後の扉を閉じた。
部屋に窓はない。
壁に掛けられた油灯が一つ、薄暗い赤色の光を放っているだけだった。
衛兵が振り返った。
俺は【無貌者の残面】越しに、部屋の隅へわずかに顔を傾けた。
衛兵は、すぐに意図を理解した。
次の瞬間。
男の身体が足元の影へ沈み、その場から消えた。
部屋が静まり返る。
数呼吸も経たないうちに、同じ影が再び揺れた。
衛兵が暗闇から姿を現す。
今度は、その足元に一人の人間が転がっていた。
全身を黒い布で包んだ男。
すでに意識を失っており、荷物のように床へ放り捨てられている。
その光景を見て、俺はわずかに息を吐いた。
【無貌者の残面】を外す。
「店主」
「また会ったな」
衛兵が顔を上げた。
顔の筋肉が、水面のようにわずかに波打つ。
荒れた皮膚。
幅の広い鼻筋。
垂れ下がった口元。
それらが急速に形を変え、やがて俺の見覚えのある老いた顔へ戻った。
ドーンは身に着けていた衛兵の上着を、片手で脱ぎ捨てた。
「まさか、見破られるとはな」
あの扉の前で、この『衛兵』を初めて見た瞬間から、俺は違和感を覚えていた。
俺を見た瞬間、相手は明らかに驚いた。
ただの衛兵が、なぜ驚く?
おそらく【鑑定】を使い、仮面の下にいる俺の正体を見たのだ。
【無貌者の残面】は、レベル40以下の職業者による鑑定を阻害できる。
だが、絶対ではない。
相手がレベル40を超え、なおかつ鑑定スキルを持っている可能性もある。
あるいは、特殊な魔法道具を使った可能性も考えられた。
だが、本物の血月教団の信徒なら、外部の人間が上使へ成りすましていると知った瞬間、グレゴリーへ報告するはずだ。
この衛兵は、何もしなかった。
仮面を見破れるだけの鑑定能力を持ちながら、血月教団の人間ではない。
ならば、答えは明白だった。
今夜、同じようにこの拠点へ潜入しようとしている人物。
変装、暗殺、影を利用した移動を得意とし、高レベルの鑑定能力まで持っている人物。
ドーン。
もちろん、あの時点で百パーセント確信していたわけではない。
だから部屋を出たあと、俺から案内役を命じた。
ただの衛兵なら、素直に入口まで連れていく。
だが、来たときとまったく違う道へ進み始めた時点で、最後の疑いも消えた。
ドーンは、気絶している黒衣の男へ目を落とした。
「グレゴリーがお前を尾行させた男だ」
「腕は大したことがないが、隠れることだけは随分と真面目だった」
ドーンは男を蹴り、部屋の隅へ転がした。
そして再び俺を見る。
その目には、まだ驚きが残っていた。
先ほど【鑑定】を使った瞬間、ドーンは危うく変装を崩しかけていた。
血月教団の拠点で、朝倉悠真と再会するとは思っていなかった。
それだけではない。
数時間前まで、奇妙な能力値を持つ無職の異界人だった少年が、すでに転職を終えている。
しかも、六つの能力値すべてが大きく変化していた。
とりわけ敏捷と精神。
この上昇幅は、一般的な初級職によるものではない。
そしてドーンを最も驚かせたのは、職業名だった。
【影渡り】。
影の教会に保管されている記録の中でさえ、初級職として【影渡り】へ就いた者は、百人にも満たない。
希少で、転職条件が厳しいからというだけではない。
【影渡り】は、能力値の偏りがあまりにも極端なのだ。
転職候補として【影渡り】が現れても、実際には選ばない者が多い。
ドーン自身も、そうだった。
彼が選んだのは【影法師】。
当時のドーンにも、【影渡り】を選択する機会はあった。
だが【影渡り】の能力値配分は極端すぎて、当時の自分が目指していた成長には適していなかった。
それでも。
もう一度選び直せるのなら、ドーンは【影渡り】を選ぶ。
初級職で【影渡り】を選んだ者こそが、英雄職【暗影】へ至る可能性を最も高く持つからだ。
残念ながら、ドーンが持つ【鑑定】は、まだ十分なレベルへ達していない。
確認できるのは、俺の職業と基礎能力値まで。
さらに深い偽装を突破し、スキルや天賦を読み取ることはできなかった。
できることなら、ドーンは見てみたかった。
この少年が、いったいどれほど常識外れの能力を隠しているのか。
「くくっ」
ドーンが低く笑った。
「お前の肝は、俺が思っていたより遥かに据わっているらしい」
「転職したばかりだというのに、血月教団の拠点へ乗り込み、上使になりすますとはな」
俺は平然と答えた。
「現状で取れる、最善の手段を選んだだけだ」
具体的な目的までは説明しなかった。
ドーンは俺を見つめ、しばらく沈黙した。
やがて、堪えきれないように笑い始める。
「最善の手段、か」
「面白い」
ドーンは、自分がこの少年をますます気に入り始めていることに気づいていた。




