第23話 【喰城者】と【貪欲の口】
食淵教団。
数千年前から存在していながら、第一次神戦の終結後、完全に姿を消した教団だ。
彼らが崇拝しているのは、一般的な意味での邪神ではない。
【暴食】と呼ばれる存在。
この世界の外から来た神だ。
一年後に起こる第三次神戦は、表向きには正神と邪神の戦争だった。
だが戦火が拡大するにつれ、本来この世界に属していない存在までもが、密かに介入し始める。
それらは、旧神と呼ばれていた。
その大半は第一次神戦の時代、正神と邪神が手を組み、世界の外へ追放した古き存在だ。
今、旧神たちは再びこの世界へ帰還する方法を探している。
もっとも、それらが本格的に動き始めるのは一年後のことだ。
今、最も重要なのは、カラウ通りの地下にある祭壇だった。
一度目の人生の歴史では、教会があの場所を発見するのは三か月後だ。
その頃には、食淵教団の邪教徒たちはすでに撤退していた。
地下に残されていたのは、何の反応も示さない古い祭壇だけ。
教会は、それが食淵教団のものだと見抜くことさえできなかった。
何度調査しても魔力反応が検出されなかったため、担当者は祭壇がすでに機能を失っていると判断した。
厳重な封鎖も行われなかった。
そして一年後。
何者かが地下へ忍び込み、祭壇を起動させることに成功した。
その人物が祭壇から手に入れたのが、一つのスキルだった。
【貪欲の口】。
他者の肉体の一部を喰らうことで、相手の能力の一部を奪える可能性を得る。
筋力。
スキル。
能力値。
さらには、一部の特殊な体質さえも。
一度に奪える力は、決して多くない。
だが、喰らい続ける限り、際限なく成長できる。
成長型のスキルとしては、小野寺真也のS+天賦にも匹敵する力だ。
【貪欲の口】を得たその男は、わずか半年足らずで、名もなき人物から王国最高位の指名手配犯へと成長した。
人々は、彼に一つの異名を与えた。
【喰城者】。
彼はかつて、教会の直轄地である聖堂都市カメロンへ潜入した。
最初に姿を消したのは、数人の浮浪者だった。
次に夜警の兵士。
下級神官。
そして、調査へ向かった異端審問官。
一人喰らうたびに、彼は相手の能力の一部を奪った。
兵士の筋力。
神官の魔力。
斥候の感知能力。
錬金術師の毒耐性。
教会が事態を把握した頃には、彼はもはや人目を避けて獲物を喰らうだけでは満足できなくなっていた。
城門を封鎖。
邪教徒から奪った結界術を発動し、都市全体を自分の食卓へ変えた。
七日間。
三千人を超える人間が行方不明になった。
中央大聖堂に所属する十二名の神官。
二百名を超える聖堂騎士。
そして、都市に駐在していた裁判官たち。
そのすべてが、彼に喰われた。
最終日には、都市結界を維持するための魔力炉さえ、守備兵ごと『喰らった』という。
その日から、彼は【喰城者】と呼ばれるようになった。
教会は、英雄系職業を持つ三名の強者を派遣した。
【聖剣勇者】。
【白銀竜騎士】。
【太陽賢者】。
さらに十七名の上級聖職者を加え、四十一日間にわたって彼を追跡した。
【喰城者】は逃走中も、追っ手や一般市民を喰らい続けた。
奪い取った回復能力。
再生能力。
毒耐性。
それらを利用し、何度も死の淵から生還した。
結局、教会は彼を殺すことができなかった。
生きたまま捕らえることしかできなかったのだ。
その頃の【喰城者】は、すでに本当の意味で殺すことが極めて難しい存在になっていた。
体内には、複数の再生能力が同時に存在していた。
心臓を貫かれても、新しい心臓が生える。
首を切断されても、腹部に蓄えられた血肉が自動的に生命力へ変換される。
自ら呼吸を止めようとしても、他者から奪った身体制御系のスキルが、強制的に臓器を動かし続ける。
異端審問庁へ収監されたあとも、彼は何度も自殺を試みた。
舌を噛み切った。
頭蓋骨を壁へ叩きつけて砕いた。
体内の魔力を意図的に逆流させたことさえある。
だが、一度も成功しなかった。
彼は、あまりにも多くを喰らいすぎた。
他者から奪った能力が、皮肉にも、死ぬことすら許さない牢獄へ変わっていたのだ。
俺も、彼の審問に関わったことがある。
正確に言えば、【喰城者】そのものが、審問官見習いたちの教材として使われていた。
彼は最高位の封印架へ釘で固定されていた。
再生した肉体によって拘束を破られないよう、四肢は毎日切り落とされた。
どれほどの苦痛を与えられても、彼は死ねなかった。
俺が、あの祭壇の本当の由来を知ったのも、その場所だった。
あれは食淵教団が太古の時代から残していた祭壇だ。
【暴食】は今も世界の外へ追放されたまま。
そのため祭壇を起動しても、神そのものから直接注目されることはない。
だが、祭壇自体の機能は失われていなかった。
今の俺にとって、【貪欲の口】以上に適した力は存在しない。
成長適性は、すでに4から13へ上昇した。
一度目の人生と比べれば、遥かに高い。
だが、本物の天才たちへ追いつくには、まだ足りない。
俺には、さらに成長し続けられる力が必要だった。
祭壇を起動するための第一条件。
それは――
大量の血液と魂。
俺は窓の外に広がる夜の闇を見た。
今夜、カラウ通りには大勢の食淵教団の邪教徒たちが集まる。
教会も、間もなく攻撃を開始する。
あの場所では、すぐに戦闘が起きる。
血液。
魂。
どちらも、十分な量が生まれることになる。
祭壇を起動するためのもう一つの条件には、小野寺真也の『協力』が必要だ。
それに、今夜俺が教会を抜け出したことを発覚させないためにも、小野寺には注意を引きつけてもらう必要がある。
俺は訓練所を出ると、暗闇に紛れて異界人用の宿舎へ戻った。
まず、自分の部屋へ入る。
扉に鍵をかける。
明かりを消す。
窓を閉める。
廊下から足音が聞こえないことを確認してから、窓辺に立った。
【影潜行】を発動する。
身体が闇へ沈んだ。
窓枠と壁の隙間から部屋の外へ滑り出る。
そのまま、建物の外壁に落ちる影を伝って上へ進んだ。
小野寺の部屋は、一つ上の階の右側にある。
カーテンは完全には閉じられていなかった。
部屋の中には、まだ明かりが灯っている。
窓の隙間から潜り込むと、小野寺はベッドの端に腰掛け、誰もいない空間へ向かって小声で呟いていた。
「先輩?」
「達人?」
「もう一人の俺?」
「まだいるのか?」
しばらく待ってから、さらに探るように問いかける。
「【雷霆聖痕】の中にいる古代の意志?」
「聞こえてるか?」
俺は物音一つ立てずに彼の足元へ移動し、その影の中へ潜り込んだ。
小野寺は、まだ呼びかけ続けている。
「もうすぐ鐘が三回鳴るぞ」
「その頃には、また目覚めるって言ってただろ」
「どうしてまだ出てこないんだ?」
部屋の蝋燭の炎が、かすかに揺れた。
その耳元で、低く重い声が響く。
「我はすでに目覚めている」
小野寺真也は、勢いよく立ち上がった。
その顔に、抑えきれない歓喜が一瞬で広がった。




