第22話 跳ね上がるダメージ!
俺は、手にした短剣へ視線を落とした。
黒革の鞘はすでに古び、表面には何度も修繕された跡が残っている。
だが、鞘から抜いた刀身は丁寧に手入れされていた。
銀灰色の刃はわずかに内側へ湾曲しており、教会から支給された制式短剣よりも少し短い。
一方で、柄を握った際の重心は明らかに前方へ寄っていた。
俺は試すように二度振ってみる。
軽い。
だが、安価な武器が材料を削ったことで生じる、頼りない軽さではない。
刀身が自然に手首の動きへ追従し、ほとんど遅れを感じなかった。
俺はステータス画面を開く。
【朝倉悠真】
レベル:Lv.1
筋力 STR:3
敏捷 DEX:24(+8)
体質 CON:4
知力 INT:21
精神 WIS:35
魅力 CHA:6
俺の視線が、敏捷の後ろに表示された数値で止まった。
プラス8。
この短剣が与える能力補正は、筋力ではなかった。
敏捷だ。
俺は柄を握り締め、思わず笑いそうになった。
教会から支給された制式短剣にも、能力値への補正は存在する。
筋力、プラス2。
一般的な戦士にとっては、初期装備として決して悪くない。
だが、筋力が3しかない俺にとって、そこから2増えたところで、攻撃力の低さを覆すことはできない。
敏捷なら、話はまったく違う。
俺の基礎敏捷は、すでに24。
この短剣による補正を加えれば、実際の数値は32に達する。
何より重要なのは、補正値の大きさではない。
敏捷という能力値に補正が入ることだ。
俺は魔法訓練人形の背後へ回った。
呼吸を抑える。
短剣を、うなじへ突き刺した。
ズブッ。
【対象は攻撃者の存在を認識していません】
【スキル【暗殺】が発動しました】
【ダメージ倍率:2倍】
【与ダメージ:72】
「72……」
俺の目に、わずかな光が宿った。
やはりそうだ。
この世界には、ありとあらゆる武器が存在する。
炎を纏う長剣を使う者もいる。
放たれたあと、自動で標的を追尾する弓もある。
魔力を注ぐだけで形状を変える、特殊な武器すら存在した。
だが、どれほど珍しい能力が付与されていようと、その武器が自分に適しているかを判断するうえで、最も重要なのは二つだけだ。
一つ目は、能力値補正。
二つ目は、ダメージの判定方式。
教会から支給された制式短剣は、短い刃物ではあるものの、攻撃時のダメージは主に筋力で判定される。
俺の筋力は3。
そのため、訓練人形の弱点へ命中させても、通常は7前後のダメージしか与えられなかった。
だが、オースティンから受け取った短剣は違う。
敏捷によってダメージが判定される。
長剣、戦斧、長槍といった武器の大半は、筋力を主な判定能力としている。
一方で、盗賊、斥候、暗殺者が使う特殊な短剣は、速度、角度、刃を差し込む位置を重視する。
そのため、敏捷でダメージを判定するものが多い。
オースティンのような、明らかに戦士系統へ偏った職業者が、敏捷判定の短剣を持ち歩いていたとは思わなかった。
だが、俺にとっては都合がいい。
この武器は、まるで【影渡り】のために用意されたかのようだった。
もっとも、覚えたばかりの【影刃】が無意味になったわけではない。
俺は左手を持ち上げた。
足元の影がゆっくりと伸び、腕に沿って這い上がる。
やがて、右手に握った短剣の表面へ絡みついた。
銀灰色の刀身が、少しずつ闇に覆われていく。
刃に密着した影が流動し、その外側に薄く鋭い黒の輪郭を形成した。
これは【影刃】の、最も単純で汎用性の高い使い方だ。
影そのものから武器を作るのではない。
すでに存在する刃へ、影を纏わせる。
独立した【影刃】を維持する場合、およそ二秒ごとにMPを1消費する。
今の俺の魔力量では、【暗影初級習熟】による消費軽減を加味しても、長時間は維持できない。
だが、実物の武器へ影を纏わせるだけなら、負担は遥かに小さい。
消費するMPは、およそ十秒につき1。
そして何より、影を纏わせた攻撃には、本来の武器判定に加えて、知力の半分が追加で反映される。
つまり――
次の攻撃には、俺の敏捷と知力の一部が同時に使われる。
俺は再び、訓練人形の背後へ回った。
短剣を突き出す。
黒い刃が、うなじへ深く沈んだ。
【対象は攻撃者の存在を認識していません】
【スキル【暗殺】が発動しました】
【ダメージ倍率:2倍】
【与ダメージ:87】
「87」
短剣だけで攻撃したときより、15も増えている。
しかも影を纏わせるだけなら、【影刃】そのものを作り出すよりも消費が遥かに少ない。
継続的な戦闘でも、十分に使える。
俺は短剣を引き抜いた。
悪くない。
転職を終えた防御系職業者が相手なら、87というダメージでも決して高くはない。
だが、標的が魔法使いや弓使いのような体質の低い職業者なら。
あるいは、そもそも転職すら終えていない人間なら――
背後から正確に急所を貫けば、一撃で仕留めるには十分な威力だ。
俺は改めて、手の中の短剣を眺めた。
見れば見るほど気に入った。
残念ながら、俺は【鑑定】系のスキルを持っていない。
そのため、この武器が本来持つ名前や品質、詳しい性能までは確認できなかった。
だが、呼びやすい名前を自分でつけることはできる。
これほど俺に適した武器を譲ってくれたことについて、オースティンには素直に感謝している。
「名前は……」
俺は少しだけ考えた。
「【|オースティンの暗殺短剣】でいいか」
単純だが、正確な名前だ。
今後、この短剣は俺にとって最も重要な武器になる。
俺は再びスキル画面を開いた。
【習得済みスキル】
【暗影初級習熟 Lv.1】
【暗殺 Lv.1】
【影刃 Lv.1】
【影潜行 Lv.1】
【短剣初級習熟 Lv.1】
視線が最後の項目で止まった。
【短剣初級習熟 Lv.1】
効果:
・短剣によって与えるダメージが5%上昇する
・短剣で攻撃する際、標的の弱点へ命中しやすくなる
なるほど。
増加したダメージの一部は、【短剣初級習熟】によるものだったらしい。
昼間、神谷を攻撃したときから、俺は短剣を使い続けている。
その後も訓練所で人形への攻撃を何度も繰り返し、オースティンとの高強度の実戦訓練も行った。
積み重なった経験が、ようやくスキルの習得条件を満たしたのだ。
初級の習熟スキルにすぎないとはいえ、5%のダメージ上昇は【暗殺】と重ねることができる。
弱点へ命中しやすくなる効果も、俺にとっては同じように重要だった。
【影渡り】が求めるのは、連続攻撃ではない。
一度の攻撃へ、成立するすべての条件を重ねることだ。
武器によるダメージ判定。
影の付与。
暗殺の倍率。
急所への命中。
条件が一つ増えるたびに、俺は本当の意味での一撃必殺へ近づいていく。
残念なのは、先ほどオースティンと戦った際、影の能力を明かせなかったことだ。
あの戦闘の強度なら、【暗影初級習熟】と【暗殺】のどちらかが、その場でレベルアップしていてもおかしくない。
それでも、俺は十分に満足していた。
一晩にわたって訓練を繰り返したことで、複数のスキルの熟練度が十数ポイントずつ上昇している。
訓練人形から得られる熟練度は、すでに減少し始めていた。
残りは、実戦で積み上げたほうが効率がいい。
ゴーン――
長く響く鐘の音が、夜の闇を通り抜け、遠方から訓練所へ届いた。
俺は顔を上げ、窓の外を見る。
鐘が、もう一度鳴った。
約束した三度目の鐘まで、もう時間がない。
これ以上、ここに留まるわけにはいかなかった。
今夜の作戦が、間もなく始まる。
まずは、小野寺真也のもとへ向かう。




