↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死に戻りは一度きり――「無才」の俺は禁忌の隠し職を手に入れ、クラスメイトの覚醒イベントを先回りする  作者: 夜守灯
王都祭壇編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
21/60

第21話 戦闘の知恵

オースティンは、自分の腰の後ろへ視線を落とした。


服は破れていない。


短剣も軽くかすめただけで、実際に身体へ突き刺さったわけではなかった。


与えられたダメージは、わずか1。


彼女にとっては、負傷と呼ぶことすらできない。


だが、問題はダメージではなかった。


朝倉悠真の攻撃が、確かに彼女へ届いた。


オースティンは、ゆっくりと振り返った。


最初に弾き飛ばされた短剣は、すでに床へ落ちている。


短剣の柄尻には、ほとんど透明に近い黒い細糸が結ばれていた。


反対側は、朝倉悠真の指へ巻きついている。


先ほど、朝倉は意図的に一本目の短剣から手を離した。


短剣を弾き飛ばされたあと、今度は正面から二本目の短剣を投げ、オースティンに迎撃させた。


そして彼女が二本目を叩き落とした瞬間、細糸を使って一本目の短剣を背後から引き戻した。


前後からの挟撃。


最初から、本命は正面の攻撃ではなかったのだ。


オースティンの目に浮かぶ驚きが、次第に強くなっていく。


自分が攻撃を受けるとは、まったく想像していなかった。


能力値をレベル5前後まで抑えていたとはいえ、彼女は上級職への転職を終えた職業者だ。


レベルは抑えられる。


筋力や速度も制限できる。


だが、数え切れないほどの戦闘で培った判断力、視野、反応速度までは失われない。


これまで異界人たちを訓練してきた中で、実際にオースティンへ攻撃を届かせた者は、天城蓮しかいなかった。


天城は、同レベルの者を遥かに上回る六つの能力値によって、力ずくで防御を突破した。


だが、朝倉悠真は違う。


オースティンは鑑定(かんてい)系のスキルを持っていないため、彼のステータスを直接見ることはできない。


それでも異界人たちの初期能力値は、すべて教会に記録されていた。


朝倉の数値も覚えている。


筋力、7。


敏捷、16。


天賦なし。


成長適性も、わずか4。


その程度の能力値だけで、どうすれば自分に攻撃を当てられるというのか。


オースティンは、先ほどの戦いを思い返した。


最初から、朝倉が変わっていることには気づいていた。


移動に余計な動作がない。


攻撃を受けても、他の初心者のように慌てない。


自分の筋力が足りないことを理解し、一度も真正面から攻撃を受け止めようとしなかった。


欠点を指摘すれば、すぐに修正する。


視線。


足運び。


手首。


一度教えれば、同じ間違いを繰り返すことはほとんどない。


それだけでも、普通の初心者とは明らかに違っていた。


だが、オースティンが本当に理解できなかったのは、最後の一手だ。


自ら短剣を手放すこと自体は難しくない。


短剣を投擲武器として使うことも、珍しい戦法ではなかった。


だが、いつ細糸を結びつけた?


オースティンには、まったく見えなかった。


あの細糸も、その場で用意した物ではない。


つまり、朝倉は一本目の短剣を手放す前から、その後の攻撃まで考えていたことになる。


まず、短剣を投げることで間合いを伸ばせると見せた。


続いて二本目の短剣でも似た攻撃を繰り返し、同じ戦法を二度使ったのだと思わせる。


オースティンの意識が正面へ集中したところで、本命の攻撃が背後から現れた。


すべての手順が繋がっている。


どこか一つでもずれれば、計画全体が失敗していた。


そして、何より重要なのは――


朝倉が、戦いの最中にこのすべてを組み立てたということだった。


オースティンは、少し離れた場所に立つ少年を見つめた。


自分は彼を見誤っていたのかもしれない。


確かに、彼には天賦がない。


能力値も、優秀とは言い難い。


だが、決して他の異界人に劣る人間ではなかった。


むしろ天賦を持たないことは、彼にとって必ずしも不幸ではないのかもしれない。


高ランクの天賦を得た者は、能力そのものに依存しやすい。


能力値が高ければ。


スキルが強ければ。


どんな問題でも解決できると信じてしまう。


だが、朝倉悠真には、そんな戦い方を選ぶ余裕がない。


だからこそ、一つ一つの動作を観察する。


利用できるものを、すべて利用する。


速度。


距離。


視線。


武器。


そして、床へ弾き落とされた短剣さえも。


彼は能力値などより、百倍も重要なものを身につけていた。


戦闘の知恵を。


「ようやく届いた」


朝倉悠真が、小さな声で言った。


その声音に、誇らしさも興奮もない。


オースティンは、少しくらい得意げな顔をするものだと思っていた。


異界人たちの大半は、訓練でわずかに優位へ立っただけでも、周囲へ自慢せずにはいられない。


だが朝倉は腰を屈め、床へ落ちていた二本の短剣を拾い上げただけだった。


刃を確認する。


細糸を巻き直す。


そして、再び魔法訓練人形の前へ戻っていった。


まるでレベル46の上級職へ攻撃を当てたことなど、訓練中のありふれた一度の試行にすぎないかのように。


呼吸を整える。


重心を低くする。


短剣を、訓練人形のうなじへ突き刺す。


【与ダメージ:7】


刃を抜く。


立ち位置を調整し直す。


再び攻撃する。


【与ダメージ:6】


朝倉は、オースティンをもう一度見ることさえしなかった。


オースティンはその場に立ったまま、彼が動作を繰り返す姿を見つめた。


一度。


二度。


三度。


監督する者はいない。


褒める者もいない。


ただ純粋に、強くなろうとしている。


その執念は、純粋と呼べるほどだった。


目の前の目的以外、何一つ重要ではないかのように。


オースティンの口元が、わずかに持ち上がった。


昼間の礼拝堂で、朝倉悠真が『天賦なし』という結果を告げられたとき、彼女も残念に思っていた。


だが今になってみれば、そんな同情は必要なかったのかもしれない。


この少年は、すでに生まれ変わっている。


オースティンは、不意に期待を抱いた。


あと数年もすれば――


いや。


そこまで長くかからないかもしれない。


天城蓮や小野寺真也とは、まったく異なる天才の姿を目にすることになる。


彼女は木剣を武器棚へ戻し、右手を腰の後ろへ伸ばした。


佩剣とは別に、そこには一本の短剣が下げられている。


黒革で作られた鞘は、すでに古びていた。


縁には、何度も修繕された跡が残っている。


オースティンは短剣を引き抜いた。


刃渡りは前腕ほど。


刀身には華美な装飾が一切ない。


だが刃先だけは、極めて丁寧に手入れされていた。


訓練所の明かりを受け、冷たい銀色の光を放っている。


「朝倉悠真」


朝倉が攻撃を止め、振り返った。


オースティンは腕を上げ、短剣を投げ渡した。


鞘に収められた短剣が、空中で回転する。


朝倉は右手を伸ばし、正確に受け止めた。


視線を落とす。


重量と重心を確かめただけで、その武器が教会から支給された制式短剣より遥かに優れていることが分かった。


「お前にやる」


オースティンが言った。


朝倉は顔を上げた。


「なぜですか?」


「私が持っていても、もう使う機会はほとんどない」


オースティンは、それ以上説明しなかった。


背を向け、訓練所の外へ歩き出す。


あの短剣を手に入れたのは、オースティンが十二歳の頃だった。


当時の彼女は、まだ軍営に所属する見習い兵士にすぎなかった。


領地へ立ち寄った一人の冒険者が、三か月にわたって彼女を指導した。


別れの日。


その冒険者は、自分が長年使っていた短剣を彼女へ渡した。


オースティンが、その武器が冒険者にとっても大切な物だったと気づいたのは、ずっとあとのことだ。


レベルが上がるにつれて、短剣の性能は彼女が戦う敵に追いつかなくなった。


それでもオースティンは、決して捨てなかった。


狩りへ出たときには、今でも獲物を処理するために使うことがある。


縄を切る。


焚き火に適した枝を削り出す。


そうした用途にも、ずっと使い続けてきた。


昔のオースティンには理解できなかった。


なぜ、あの冒険者は長年自分に付き添ってきた武器を、わずか三か月しか指導していない子供へ渡したのか。


だが今なら、少し分かる気がした。


あれは、単に武器を贈ったのではない。


一人の若者の中に、期待するだけの価値がある未来を見たのだ。


立ち止まってほしくない。


いつか、自分の前まで辿り着いてほしい。


そして、できることなら――


自分を超えてほしい。


そこまで考えたとき、オースティンの胸に、久しく忘れていた高揚が湧き上がった。


いつの日か。


能力値を抑えず。


木剣も使わず。


聖契裁判官(せいけいさいばんかん)】として、全力で朝倉悠真と戦える日が来るかもしれない。


「オースティン様!」


廊下の向こうから、慌ただしい足音が聞こえた。


教会の侍従が一人、足早に駆けてくる。


額には、すでに汗が浮かんでいた。


「こちらにいらしたのですね」


「ずっとお探ししていました」


オースティンの顔から、笑みが一瞬で消えた。


「何があった?」


侍従は息を整えた。


「今夜の作戦会議が、すでに始まっています」


「全員が揃っています。あとはオースティン様だけです」


「作戦会議?」


オースティンの目が、わずかに動いた。


「標的が判明したのか?」


「はい」


侍従は声を潜めた。


血月教団(けつげつきょうだん)です」


オースティンは最後に一度、訓練所の中へ目を向けた。


朝倉悠真は、受け取ったばかりの短剣を腰へ下げ、再び訓練人形への攻撃を始めていた。


彼女は視線を戻した。


「行くぞ」


あとがき


いつも応援してくださり、本当にありがとうございます。


本作の連載を開始してから、一週間が経ちました。


ここまでお読みいただいて、皆さまはいかがでしたでしょうか?第一巻【王都祭壇編】も、ようやく大きな転換点を迎えました。実は第一巻はすでに書き終えており、全60話、約20万字となっています。


ここで少しだけ予告しておくと――


この先、物語はさらに盛り上がっていきます。転職を終えた朝倉悠真は、これから【影渡り(かげわたり)】本来の戦い方を見せていきます——すべてを暗闇の中から操る。そして、この世界の物語も、ここから本当の意味で動き始めます。


さて、前置きはこのくらいにして。今後の更新予定についてお知らせします。


これまでお約束していた「最初の一週間は毎日二話更新」は、今回で一区切りとなります。次回からは、毎日一話更新へ変更する予定です。


ただし、ご安心ください。これはあくまで一時的なものです。


作者はもうすぐ夏休みに入ります!夏休み中は、できるだけ頻繁に追加更新を行いたいと思っています。


新作の連載初期は、皆さまからの応援が本当に大きな力になります。


ぜひ、ブックマークや感想、評価で応援していただけると嬉しいです。


どうぞよろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。