第20話 朝倉悠真VSオースティン
ぱしっ!
どんっ!
木剣が俺の肩をかすめ、そのまま横薙ぎに振るわれる。
俺は上体を後ろへ反らした。
剣先が鼻先すれすれを通り過ぎる。
つま先が床を捉えた瞬間、右手の短剣を下から突き上げ、オースティンの脇腹を狙った。
かんっ。
木剣が回転する。
短剣は正確に弾かれた。
俺は力で押し合おうとはしなかった。
手首の力を抜き、反動に逆らわず、即座に横へ踏み退く。
次の瞬間には、木剣が俺の立っていた場所へ振り下ろされていた。
「私の剣ばかりを見るな」
オースティンは軽々と木剣を引き戻した。
「まず肩を見ろ。次に腰と足だ」
「武器は嘘をつく。だが、身体は嘘をつかない」
言葉が終わると同時に、木剣が再び突き出された。
俺は剣先を見なかった。
視線をオースティンの肩へ置く。
右肩は前へ出ていない。
その代わり、腰がわずかに先行して回転していた。
突きに見せかけた横薙ぎ。
俺はすぐに姿勢を低くした。
木剣が頭上を通過する。
その剣身に沿うように踏み込み、短剣をオースティンの胸元へ突き出した。
彼女の目に、わずかな驚きが浮かぶ。
オースティンは手首を返した。
木剣の柄で短剣を打ち払いながら、半歩だけ後ろへ下がる。
「悪くない」
口元も、ほんの少しだけ持ち上がった。
「覚えるのが早いな」
俺は答えなかった。
半歩追いすがり、再び短剣を突き出す。
オースティンは身体を横へずらして避け、そのまま木剣の先で俺の手首を狙った。
俺は即座に腕を引く。
短剣で受け止めるつもりは、最初からなかった。
俺の筋力は3。
体質も4しかない。
オースティンが使っているのが木剣だとしても、正面から攻撃を受ける利点は何一つない。
互いの武器が衝突すれば、先に体勢を崩すのは間違いなく俺だ。
だから、避けるしかない。
木剣が休むことなく振るわれる。
突き。
横薙ぎ。
逆手からの斬り上げ。
俺は後退し、身体を横へずらし、姿勢を低くする。
毎回、攻撃が直撃する寸前でかわし続けた。
純粋な速度なら、俺のほうが明らかに速い。
オースティンは筋力、敏捷、魔力のすべてを、およそレベル5の職業者程度まで抑えている。
使っているのも木剣一本だけ。
スキルも一切発動していなかった。
それでも、俺の攻撃は届かない。
突きを放てば、必ず木剣に弾かれる。
側面へ回り込もうとすれば、その前に立ち位置を変えられる。
速度を活かして先に攻撃地点へ到達しても、オースティンは最小限の動きだけで進路を封じてくる。
身体能力で負けているわけではない。
俺の意図が、動き出す前から見抜かれている。
「足運びが焦りすぎだ」
オースティンが、正面から迫る短剣を弾いた。
「お前は攻撃へ移る直前、必ず右足を内側へ引いている」
俺は即座に歩法を変えた。
次の突進では右足を引かず、左足で直接床を蹴る。
「視線」
オースティンは、またしても短剣を受け止めた。
「攻撃する前に、狙う場所を先に見ている」
俺は視線を彼女の胸の中心に固定した。
だが短剣は途中で軌道を変え、腰へ向かう。
それでも木剣は正確に振り下ろされた。
かんっ!
「少しは良くなった」
オースティンが言う。
「だが、手首に力が入りすぎている」
彼女は問題点を指摘しながら、俺の攻撃をすべて捌いていく。
俺も一言聞くたび、即座に動きを修正した。
反論はしない。
迷いもしない。
オースティンの顔に浮かんでいた淡い笑みが、次第にはっきりしたものへ変わっていく。
異界人たちの主任教官として、一度目の人生でもオースティンは数え切れないほど俺と手合わせをしていた。
基礎訓練。
実戦演習。
任務へ出発する前の状態確認。
少なく見積もっても、数千回は戦っている。
だが、一度目の人生の最後まで、俺は一度も彼女に勝てなかった。
勝利どころではない。
まともに攻撃を当てられた回数さえ、片手で数えられるほどしかなかった。
あの頃の俺は、自分の天賦とレベルが低いからだと思っていた。
だが、今は違う。
一度目の人生の俺は、戦闘にまるで向いていない戦士だった。
今の俺は、【影渡り】だ。
敏捷は24。
速度だけを比べるなら、能力を抑えているオースティンを上回っている。
彼女を倒すところまでは求めない。
だが、せめて一度くらいは攻撃を当てられるはずだ。
俺は重心を低くし、再び前へ飛び出した。
まず短剣をオースティンの顔へ突き出す。
彼女は首を傾けてかわした。
俺は即座に軌道を変え、剣を握る手首へ刃を振り下ろす。
木剣が軽く持ち上がった。
攻撃は、またしても防がれる。
オースティンは一歩も退かなかった。
木剣を短剣の側面に沿って滑らせ、俺の指を正確に打つ。
鋭い痛みが走った。
短剣を落としかける。
直後、木剣が俺の胸元へ叩き込まれた。
どんっ!
身体の均衡を失い、背中から激しく床へ倒れ込む。
肺の中の空気が一瞬で押し出された。
すぐに転がろうとしたが、その前に木剣の切っ先が喉元で止まる。
「終わりだ」
オースティンは木剣を引いた。
「今のお前の能力を考えれば、十分に良い動きだった」
「速さがあり、判断にも迷いがない」
彼女は俺が握る短剣を一度見た。
「自分の筋力では正面から武器を打ち合わせるべきではないと、正しく理解している」
「だから最初から最後まで、一度も受け止めようとしなかった」
「これほど早く自分に合った戦い方を見つけられたのなら、昼間の開示結果で自暴自棄になったわけではないようだな」
オースティンは訓練所の壁に掛けられた時計を見た。
「だが、今日はここまでだ」
そう言って背を向け、木剣を武器棚へ戻そうとする。
「まだ終わっていません」
俺は床から立ち上がった。
オースティンが振り返る。
「お前はもう負けた」
「分かっています」
俺は短剣を握り直した。
「でも、まだ一度もあなたに攻撃を当てていない」
オースティンは二秒ほど俺を見つめた。
「倒されたあとも続けることが、必ずしも根性とは限らない」
「ただ負けを受け入れられないだけの場合もある」
「それなら、負けを受け入れられないということで構いません」
俺は再び駆け出した。
今度は、一般的な短剣の構えを取らなかった。
右腕を高く持ち上げる。
まるで短剣を片手剣のように扱い、正面から振り下ろした。
オースティンが眉を寄せる。
明らかに動きが崩れている。
筋力も足りない。
間合いにも、何の利点もない。
木剣が上へ持ち上がった。
二つの武器が衝突する――その直前。
俺は突然、短剣から手を離した。
短剣が手を離れ、そのまま前方へ飛ぶ。
腕の長さという制限を失い、攻撃の間合いが一気に伸びた。
オースティンの目に、驚きが走る。
それでも木剣は正確に振り下ろされた。
ぱしっ!
短剣が弾き飛ばされ、回転しながら遠くへ落ちていく。
通用しない。
だが、俺はすでにオースティンの懐へ入り込んでいた。
素手で攻撃しようとはしない。
腰の後ろから二本目の短剣を抜き、そのままオースティンへ投げつける。
距離が近い。
短剣は真正面から顔を狙った。
オースティンは半歩後退し、木剣を横薙ぎに振るう。
かんっ!
二本目の短剣も、正面から叩き落とされた。
「同じ手を二度も――」
オースティンの声が、不意に止まった。
背後から、微かな風切り音が迫る。
彼女は即座に振り返った。
だが、もう遅い。
冷たい刃先が、オースティンの腰の後ろをかすめた。
俺の視界に、淡い青緑色の文字が浮かび上がる。
【与ダメージ:1】
「……1?」
オースティンは俯き、自分の背後へ目を向けた。
最初に弾き飛ばされたはずの短剣が、宙に浮いている。
短剣の柄尻には、肉眼ではほとんど捉えられないほど細い銀色の糸が結ばれていた。
その糸は長く伸び、俺の指先へ繋がっている。
俺は銀糸を握ったまま、ゆっくりと息を吐いた。
ようやく。
一撃、届いた。




