第2話 二つのS+天賦!?
礼拝堂が、爆発したような騒ぎに包まれた。
「S+? 開示水晶って、S+まで表示されるのか?」
「そんなランク、聞いたこともないぞ!」
「王都の記録でも、最後に現れたのは三百年前の初代聖剣士じゃなかったか?」
「さすが天城だ! 異世界に来た初日からずっとこうだよな。誰にも負けたことがない!」
「クラスどころか、王都中の勇者候補を集めたって、あいつに並べる奴が一人でもいるのか?」
祭壇の上では、真っ白な光の柱が天井を貫いていた。
神官の手から滑り落ちた羽根ペンが、羊皮紙の上に転がる。
だが、神官はそれを拾おうともしなかった。
開示水晶の内部に浮かび上がった文字を食い入るように見つめ、何度も喉を鳴らしている。
「天城蓮。固有天賦――【聖器適格】」
神官は震える声で読み上げた。
「希少度……S+」
そして一度、深く息を吸った。
「Sランクを超える――皆様、最高位のS+です!」
歓声が礼拝堂を揺らした。
開示水晶が他人に示すのは、天賦の名称と希少度だけだ。
具体的な効果を確認できるのは、本人のステータス画面に限られている。
この場にいる三十二人の中で、【聖器適格】がどのような力を持つのか知っている者は、一人もいない。
彼らが知っているのは、Sの文字と、その後ろについた+。
そして、これまで常に全員の先頭に立ってきた天城蓮という少年だけだった。
だが、最後列に立つ俺だけは、その効果説明を一字一句違えずに暗唱できる。
――【聖器適格】:〈聖〉シリーズの装備を使用できる。
たった、それだけだ。
この説明を見れば、ここにいる連中の大半はがっかりするだろう。
最高位のS+にしては、大した効果ではないと思うかもしれない。
それは、彼らが〈聖〉シリーズの正体を知らないからだ。
俺は知っている。
〈聖〉シリーズは、神戦の時代から残された七つの装備の総称だ。
アルセリア聖王国が保有しているのは、そのうち一つ。
〈断誓〉の聖剣。
今は王都大神殿の地下深くに封印されている。
さらに二、三点の所在については、教会の上層部に知る者がいる。
ただし、その情報が文書に残されることは決してない。
残りの聖器がどこにあるのかは、おそらく教皇ですら知らないだろう。
それがどれほどの力を持つのか。
俺は頭の中で、ごく単純な比較をした。
仮に今、誰かが天城蓮に〈断誓〉を握らせたとする。
そうなれば、一度目の人生でレベル42に達し、上位職を修め、全身を最高級の装備で固めていた俺でさえ――まだレベル10にも届いていない今の天城を相手に、確実に死ぬ。
勝てないという話ではない。
戦いを挑んだ時点で、死ぬ。
七つある聖器は、そのうちのどれか一つを戦場へ持ち込むだけで、戦役の行方を変えられる代物だ。
俺は天城から視線を外した。
どのみち、俺には関係のない話だ。
〈聖〉シリーズは、今の俺にはあまりにも遠い。
それどころか、今の俺には自分の身を守る力さえない。
「うわぁ……S+かぁ……」
すぐ隣から、ひどく間延びした、上ずったため息が聞こえた。
小野寺真也が首を目いっぱい伸ばし、祭壇を見上げている。
その瞳には白い光の柱が映り込み、両手の指は礼装の裾をきつく握りしめていた。
「朝倉」
小野寺が突然、声を潜めた。
だが、その目は一瞬たりとも祭壇から離れない。
「見たか?」
「……」
「S+だぞ」
小野寺は熱に浮かされたように呟いた。
「なあ。俺もSランクの天賦に目覚められると思うか?」
俺は答えなかった。
十分前、俺の手の下で開示水晶の光が消えたとき。
すぐ隣に立っていた小野寺真也は、小さく吹き出していた。
直後、慌てたように手で口元を覆い、俺の顔を盗み見た。
あの目に浮かんでいたのは、嘲笑ではない。
安堵だった。
自分はまだ祭壇に上がっていない。
自分の番が来る前に、少なくとも一人、自分より下の人間が見つかった。
小野寺がそう考えていたことを、俺は誰よりもよく理解している。
元の世界で、ゴミ箱に押し込まれていたのは小野寺だった。
教科書をずたずたに破られていたのも、小野寺だった。
昼休みになるたび、階段の踊り場に隠れてパンをかじっていたのも、小野寺だった。
俺は、そんな小野寺を庇った。
そのせいで、俺までいじめの標的にされた。
それから二年間、俺たちは同じ階段の踊り場で肩を並べて過ごした。
あのとき小野寺を助けたことを、後悔したわけではない。
だが、異世界で過ごした二年間が、俺に一つのことを教えた。
役に立たない善意など、銅貨一枚よりも価値がない。
「何すかしてんだよ」
小野寺が鼻を鳴らし、小声で吐き捨てた。
「天賦もないくせに」
「おい、そこの」
祭壇右側の階段から、気だるげな声が飛んできた。
神谷玲司が手すりに背を預け、腕を組んでいた。
その掌には、まだ消えきっていない火の粉がいくつか残っている。
胸元には先ほどまでなかった、Aランクの判定を示す赤い飾り房が揺れていた。
神谷は小野寺のほうへ顔すら向けず、顎をわずかに持ち上げた。
「お前に言ってんだよ。神官がもう二度も名前を呼んでるぞ。耳は飾りか?」
それから、面倒そうに続けた。
「それとも、クラス全員を日が暮れるまで付き合わせるつもりか?」
小野寺の全身が大きく震えた。
顔から血の気が引いたかと思えば、次の瞬間には耳まで真っ赤に染まる。
慌てて礼装の襟元を整えると、足早に祭壇へ向かった。
神谷のそばを通り過ぎようとしたところで、ふいに足を止める。
そして、何かに弾かれたような勢いで深く腰を折った。
「ご、ごめん、神谷君!」
小野寺の声が突然大きくなり、前列にいた何人かが振り返った。
「さっきの天城君のS+、本当にすごかったよな! でも俺は、神谷君の天賦も、その……ものすごく迫力があると思った! 下から見てて、思わず固まったくらいで!」
神谷玲司はわずかに眉を上げた。
視線が小野寺の上に留まったのは、一瞬にも満たなかった。
すぐに興味を失ったように目を逸らす。
「上がれ」
小野寺はまだ腰を曲げたままだった。
その姿勢でさらに二秒ほど固まり、ようやくゆっくりと上体を起こす。
耳の先まで真っ赤にしたまま、もう誰の顔も見ようとはせず、足早に階段を上った。
そして、開示水晶に手を押し当てた。
水晶が輝いた。
青紫色の光が、水晶の底で爆発した。
光は内部を走る銀色の筋に沿って、凄まじい勢いで上昇する。
小野寺真也の掌の下で激しく弾けたかと思うと、そのまま天井を貫き、ステンドグラスの上に眩い電弧を走らせた。
礼拝堂に雷鳴が轟いた。
誰かが悲鳴を上げる。
神官はよろめきながら二歩後退し、背後に置かれていたインク壺を倒した。
青紫色の雷光に包まれながら、小野寺真也は顔を上げて立ち尽くしていた。
口はわずかに開き、目は限界まで見開かれている。
やがて、何が起きたのか確かめるように、ゆっくりと自分の手へ視線を落とした。
神官が開示水晶へ飛びついた。
ほとんど水晶に覆いかぶさるような格好で、内部に浮かんだ文字を読み取る。
神官の手は震えていた。
一度読み上げたものの、その声はあまりに小さく、誰の耳にも届かなかった。
大きく唾を飲み込み、もう一度読み上げる。
「小野寺真也」
「固有天賦――【雷霆聖痕】」
神官の唇が震えた。
「希少度……こちらもS+です!」
礼拝堂は、今度こそ完全な騒乱に陥った。
「またS+!?」
「一度の開示で、S+が二人も出るなんてあり得るのか!?」
「いったい、どうなってるんだ……」
「小野寺? 小野寺って誰だ? 全然覚えてないんだけど――」
驚愕の声。
拍手。
倒された椅子が床を打つ音。
そして、神官が張り上げる甲高い「静粛に!」という声。
そのすべてが、混ざり合っていた。
俺は最後列に立ったまま、雷光に包まれた祭壇上の少年を見上げていた。
一度目の人生。
天賦開示の儀式が始まる前に、俺は小野寺へ成長適性を尋ねたことがある。
あいつがなんと答えたのか、今でもはっきり覚えている。
小野寺は気まずそうに身をよじりながら、申し訳なさそうに言った。
「7」
当時の俺にとって、その数字は何よりの救いだった。
俺の成長適性は、わずか4。
周囲にいるクラスメイトの多くは20を超え、天城に至っては驚異の48だった。
神官の説明によれば、初期成長適性が40を超える者は、万人に一人も存在しないという。
だが、小野寺は俺を騙していた。
天賦開示の儀式が行われた翌日。
S+の天賦に目覚めたことで気が大きくなったのか、それとも、もう自分を偽る必要はないと思ったのか。
小野寺は深谷と揉めた。
その際、神谷からこう嘲られたのだ。
「S+の天賦があったところで、成長適性が低けりゃ、まともに力を引き出せねえだろ!」
その言葉に逆上した小野寺は、クラス全員の前で本当の成長適性を公開した。
42。
天城に次ぐ、クラス第二位の数値。
このクラスで40を超えていたのは、天城と小野寺の二人だけだった。
そして、小野寺の天賦についても。
この場にいる者は誰一人、【雷霆聖痕】がどのような力なのか知らない。
彼らが聞いたのは、S+という最高位の評価だけだ。
だが俺は、小野寺が今まさに俯きながら読んでいる効果説明を知っている。
――対象と判定された者を一人殺害するたび、その能力値の一部を奪い、雷罰の権能を一つ蓄積する。
要するに――人を殺すほど、強くなる。
最初のうち、小野寺が殺していたのは罪人だけだった。
邪教徒。
賞金首。
奴隷商人。
小野寺の仕事は鮮やかで、後始末も完璧だった。
民衆から支持され、王国から功績を認められ、教会から勲章を授けられた。
新聞は、彼を次代の剣聖だと書き立てた。
だが、人間の欲には際限がない。
俺が死ぬ頃には、小野寺真也の名は、とっくに王国の名簿から消えていた。
あいつは王国を裏切った。
七つの国の城門に手配書が張り出され、懸賞金は六桁に達した。
小野寺が手にかけた人間の数を知る者はいない。
後半になると、各国の政府でさえ、正確な人数を把握できなくなっていたからだ。
そして今。
その小野寺真也が、祭壇の上に立っている。
青紫色の雷光に包まれ、顔を上げ、目を大きく見開いていた。
まるで、自分の身に何が起きたのか、まだ理解できていないようだった。
やがて、小野寺は笑い始めた。
全身を震わせながら、声もなく笑っていた。
祭壇の下では、天城が無表情でその姿を見つめている。
神谷は、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
周囲の連中も、誰一人として目の前の光景を信じられずにいる。
無理もない。
普段から見下し、好き放題に扱ってきた小野寺が、最高位のS+天賦に目覚めたのだ。
俺も一度目の人生を経験していなければ、この目で見たところで信じられなかっただろう。
俺は静かに俯いた。
三十二人全員の開示は、まだ終わっていない。
それにもかかわらず、礼拝堂はすでに収拾がつかないほど混乱していた。
俺は誰にも気づかれないよう、そっと列を離れた。
そして、そのまま礼拝堂を抜け出した。
今は、一分一秒すら惜しい。
最後列から一人いなくなったところで、気づく者など誰もいなかった。




