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死に戻りは一度きり――「無才」の俺は禁忌の隠し職を手に入れ、クラスメイトの覚醒イベントを先回りする  作者: 夜守灯
王都祭壇編

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第16話 朝倉悠真の影からの指導

小野寺は勢いよく振り返った。


だが、背後にいるのは、危険を感じて後退し始めた野次馬(やじうま)たちだけだった。


「誰だ!?」


神谷が眉をひそめた。


「お前、誰と話してる?」


小野寺は答えなかった。


慌てて周囲へ視線を巡らせ、屋根の上まで見上げたが、怪しい人影はどこにもない。


再び、あの声が響いた。


「探す必要はない」


(われ)は、すでに(なんじ)の中にいる」


小野寺の身体が、びくりと固まった。


自分の中にいる?


反射的に胸元と両手を見下ろす。


そこには何もなかった。


ただ足元の影だけが、身体を包む雷光に照らされ、不安定に揺れている。


小野寺は、俺と同じく別の世界から来た人間だ。


元の世界では、勉強ができたわけでもない。


運動が得意だったわけでもない。


クラスにも、まともに会話できる相手はほとんどいなかった。


放課後に家へ帰ると、ベッドに寝転んでライトノベルやウェブ小説を読む。


あるいは、異世界もののアニメを一シーズン分、一気に見る。


それが、小野寺の最も一般的な過ごし方だった。


異世界へ召喚された、ごく普通の学生。


本人にしか聞こえない、謎めいた声。


身体の中へ宿る古代の強者。


絶体絶命(ぜったいぜつめい)の危機に陥って、初めて覚醒する本当の力。


そんな物語を、小野寺は何度見てきたか分からない。


だからこそ、一つの考えが抑えきれずに浮かび上がった。


この声も、自分の天賦(てんぷ)の一部なのではないか。


雷霆聖痕(らいていせいこん)】の本当の力は、単に雷を操ることではないのかもしれない。


聖痕(せいこん)の奥深くには、教会の鑑定(かんてい)すら通じない何者かが宿っているのではないか。


小野寺の鼓動が、一気に速くなった。


だが、すぐに顔を伏せ、慌てて周囲を探すのをやめる。


表面上は、変わらず神谷を睨みつけていた。


しかし、その意識はすでに、耳元で響く声だけへ向けられている。


影の中からその反応を見ていた俺は、小野寺をうまく信じ込ませられたことを悟った。


予想していたよりも、はるかに簡単だった。


「どうした?」


神谷が一歩前へ出る。


「さっきまで随分と威勢がよかったじゃねえか」


右手に炎が立ち上った。


小野寺の背後にいる野次馬たちが、再び距離を取る。


「早く教会の奴らを呼べよ。殴られて頭がおかしくなったんじゃないか?」


「誰もいないところに向かって叫んでるぞ。本当に狂ったんじゃねえの?」


「これがS+かよ?」


四方八方から嘲笑(ちょうしょう)が飛んでくる。


小野寺は、歯を(きし)ませるほど強く噛みしめた。


その足元の影から、俺は静かに問いかける。


「汝は、力を望むか?」


小野寺が望んでいることなど、聞くまでもない。


今すぐ神谷を足元へ組み伏せたい。


周囲で笑っている人間を、全員黙らせたい。


だが、声はあまりにも突然現れた。


相手が何者なのか。


何を代償として求めているのか。


小野寺には分からない。


物語の中に登場する謎の強者なら、主人公へ好機を与える。


だが、魂を差し出せと人間を誘惑する悪魔もいる。


小野寺は唇を引き結び、すぐには返事をしなかった。


俺も、答えを急かさない。


「汝は、目の前の男に勝ちたいようだな」


俺は言った。


「我ならば、無償で力を貸してやれる」


小野寺が大きく目を見開いた。


「本当か?」


口に出してから、自分が実際に声を発したことに気づいたらしい。


神谷の眉間に、さらに深い皺が寄った。


「さっきから、誰と話してんだ?」


「お前には関係ない!」


小野寺は即座に怒鳴り返した。


人垣から、また笑い声が漏れる。


だが、小野寺にはもう周囲を気にする余裕がなかった。


独り言を装うように声を落とす。


「俺は、どうすればいい?」


「我の言うとおりに動け」


俺は答えた。


「勝手な行動を取らなければ、汝を勝たせてやる」


小野寺は神谷を見た。


相手の右手には炎がまとわりついている。


左側には二本の氷槍(ひょうそう)が浮かび、足元の石畳もかすかに震えていた。


炎。


氷。


土。


先ほど、小野寺を一方的に追い詰めた三属性の魔法だ。


それでも、耳元の声には一切の迷いがなかった。


まるで神谷を倒すことなど、何でもないことのように。


「分かった」


小野寺は小さく答えた。


「言うとおりにする」


「直立するな」


俺はすぐさま指示を出した。


重心(じゅうしん)を下げろ。左足を半歩後ろへ」


小野寺は言われたとおりに動いた。


その構えを見た神谷が、冷笑する。


神谷の手元から、三発の火弾(かだん)が放たれた。


「防ぐな」


俺は言った。


「右へ二歩」


小野寺は反射的に雷網(らいもう)を展開しようとした。


だが、指示を聞くと、無理やり魔力を抑え込み、右へ二歩踏み出した。


三発の火弾が、小野寺の肩すれすれを通過する。


一発は礼装の袖を焦がしたが、身体には命中しなかった。


「左足、その一歩前を撃て」


小野寺が手を上げる。


青紫色の雷が、轟音(ごうおん)とともに落ちた。


神谷は後方へ跳ぶ。


だが、雷撃(らいげき)の狙いは神谷自身ではない。


神谷が着地しようとしていた石畳だった。


雷光が炸裂(さくれつ)する。


神谷が作り出したばかりの薄氷が砕け散り、足を止めざるを得なくなった。


「攻撃。右側だ」


小野寺は歯を食いしばり、雷蛇(らいじゃ)を放った。


細長い電流が、神谷の右側をかすめる。


次の瞬間、地面から伸びかけていた石柱(せきちゅう)へ雷蛇が巻きついた。


完全に形成される前に、轟音を上げて砕け散る。


神谷の顔から、笑みが消えた。


俺は一度目の人生で、長いあいだ神谷玲司とともに戦っていた。


元素掌握(げんそしょうあく)】は間違いなく強力な天賦だ。


だが神谷には、土属性の魔法を使う直前、右足で強く地面を踏みしめる癖がある。


氷属性へ切り替える際には、呼吸が一瞬止まる。


炎魔法は最も威力が高い。


その代わり、手の動きへの依存も大きい。


今の神谷自身も、まだ気づいていない習慣だった。


「急に戦い方が変わったぞ?」


「さっきまで一方的にやられてたよな?」


「どうして相手の魔法を全部読めるんだ?」


野次馬たちの反応も変化した。


先ほどまでの嘲笑が、少しずつ驚きと疑念へ変わっていく。


小野寺自身も、その変化を感じ取っていた。


神谷はもう、先ほどのように気軽に攻撃してこない。


距離を取り、こちらの動きを観察している。


侮辱する言葉すら口にしなくなっていた。


「止まるな」


俺は言った。


雷電強化(らいでんきょうか)。接近しろ」


小野寺は両脚へ雷をまとわせ、一気に駆け出した。


神谷が両手を地面へ向ける。


地刺(ちし)!」


「左へ」


小野寺は石槍(いしやり)が飛び出す直前に進路を変えた。


鋭い岩石が、腰のすぐ横を通り過ぎる。


「拳は使うな。膝を蹴れ」


小野寺が脚を横薙ぎに振り抜いた。


神谷は土の鎧で(すね)を覆い、その蹴りを正面から受け止める。


「雷を流せ」


小野寺の脚から電流が弾けた。


土鎧(つちよろい)の表面に生じた亀裂を通り、神谷の脚へ流れ込む。


神谷の身体が一度震え、即座に後方へ退いた。


ズボンの裾から、細い黒煙が立ち上っている。


「お前……」


神谷の顔が、次第に険しくなっていった。


先ほどまでの小野寺は、ただ魔法の威力に任せて攻撃していた。


それが今は、突然冷静になっている。


すべての行動が、神谷の魔法が完成する直前に差し込まれる。


回避する方向も、常に最も防御の薄い場所を選んでいた。


こいつは、最初から本気を出していなかったのか。


神谷は、そう判断したらしい。


「お前、さっきまでわざとあんな戦い方をしてたのか?」


声から、完全に熱が消えていた。


小野寺は答えない。


胸を激しく上下させながらも、瞳はますます明るく輝いている。


神谷は、その沈黙を肯定と受け取った。


額の血管が、ぴくりと脈打つ。


「俺を相手に魔法を試して、わざと無様なふりまでしてたってことか?」


右手から炎が立ち上がる。


左腕を白い霜が伝い、足元の石畳が再び震え始めた。


「いいだろう」


神谷は小野寺を睨みつけた。


その顔から、最後に残っていた侮りも消えている。


「そこまで隠すのが好きなら、何一つ隠せなくなるまで叩き潰してやる」


勝てる。


自分は、本当に神谷に勝てる。


小野寺の中で、その確信が膨らんでいるのが分かった。


周囲の野次馬たちも、再び騒ぎ始めた。


「S+が本気を出したぞ!」


「やっぱり、さっきは力の使い方が分かってなかっただけか!」


先ほどの嘲笑とは、まるで違う声だった。


小野寺は、これまで一度もこんな感覚を味わったことがない。


力を見せるだけで、周囲の人間の態度が変わる。


「続けろ!」


小野寺が小声で催促した。


「次はどうすればいい!? 早く教えろ!」


俺は、小野寺の興奮には応じなかった。


ただ、神谷の動きを観察していた。


神谷は本気になっている。


右側に炎。


左手には冷気。


土属性の魔力は、足元深くへ沈んでいる。


三種類の魔力を同時に循環(じゅんかん)させていた。


今の神谷が使える、最も強力な攻撃だ。


最初に氷で動きを制限する。


続いて土壁で退路を塞ぐ。


最後に、炎を正面から叩き込む。


「前へ出ろ」


俺は言った。


小野寺が一瞬固まった。


「何だって?」


「正面へ突っ込め」


地面には、すでに氷が広がり始めている。


小野寺に迷っている時間はなかった。


指示どおり、神谷へ向かって駆け出す。


神谷は両手を合わせた。


小野寺の左右から、二枚の土壁が同時にせり上がる。


逃げ道を奪うように、中央へ挟み込んだ。


そして正面では、赤熱した炎が急速に凝縮(ぎょうしゅく)していく。


「今度こそ、逃げ場はねえぞ!」


神谷の顔に、再び獰猛(どうもう)な笑みが浮かんだ。


炎は、高速で回転する灼熱(しゃくねつ)の球体へと変わる。


小野寺の瞳孔が縮んだ。


もう、避けられる場所はない。


「正面に雷網を張れ」


「防げるわけないだろ!」


「我を信じろ」


小野寺は歯を食いしばった。


すべての雷を正面へ集める。


青紫色の電流が複雑に絡み合い、絶えず震える障壁(しょうへき)を形作った。


神谷が大声で笑う。


「そんな壊れかけの網で、二度も防げると思ってんのか!」


火球が限界まで膨れ上がった。


神谷の腕が、前方へ振り抜かれる。


その瞬間――。


冷たい刃が、何の前触れもなく神谷の足元から突き出した。


肉を貫く湿った音が響く。


短剣は靴底を貫通し、神谷の足裏へ深く突き刺さった。


「なっ――!?」


神谷の身体が激しく跳ねた。


予想もしなかった激痛が、足裏から一気に駆け上がる。


何に攻撃されたのか分からない。


どこから刃が現れたのかも分からない。


神谷は反射的に足元を見下ろした。


その瞬間、手元で維持していた術式(じゅつしき)が乱れる。


回転していた火球が、激しく歪んだ。


神谷の顔色が変わる。


即座に魔力の供給を断ち切った。


爆発音が響いた。


制御を失った炎が神谷の手元で炸裂する。


衝撃が袖を吹き飛ばし、神谷の身体を後方へよろめかせた。


そのときになって、俺の目の前を淡い青緑色の文字が横切った。


【対象は攻撃者の存在を認識していません】


【スキル【暗殺(あんさつ)】が発動しました】


【ダメージ倍率:1.7倍】


【与ダメージ:5】


たったの五ダメージ。


物理攻撃だったため、判定に使われたのは筋力だ。


使ったのも、教会から支給された最低限の制式短剣(せいしきたんけん)にすぎない。


【暗殺】が発動したところで、この一撃だけで神谷へ重傷を負わせることなどできなかった。


だが、初めから短剣で倒すつもりはない。


五ダメージで十分だった。


戦闘中、視界の外から突然与えられる痛みは、精密な魔法を一度中断させるには十分な刺激になる。


ましてや足裏だ。


感覚が鋭く、立つためにも、魔法を使う際の重心を保つためにも欠かせない。


神谷は、誰に攻撃されたのか分からない。


攻撃がどこから来たのかも分からない。


次の一撃が来るのかどうかすら、判断できない。


その一瞬の混乱こそ、俺が本当に必要としていたものだ。


「今だ」


俺は小野寺の耳元で告げた。


「雷撃を放て」


小野寺は考えなかった。


残っている魔力を、すべて右手へ叩き込む。


神谷へ向けて、全力で解き放った。


「雷撃!」


青紫色の雷光が、神谷を正面から撃ち抜いた。


神谷は防御魔法を解除した直後だった。


新たな土壁を作り出す時間はない。


雷が全身を貫く。


轟音とともに、神谷の身体が後方へ吹き飛ばされた。


背後の土壁へ激しく叩きつけられる。


炎が消えた。


氷が砕けた。


土壁も、衝撃に耐えられず崩れ落ちる。


通りが、一瞬にして静まり返った。


神谷玲司は、砕けた石の中へ倒れていた。


身体の表面では、今も小さな電弧(でんこ)が跳ねている。


小野寺が反撃を始めてから勝利するまで、一分もかかっていなかった。


小野寺は、その場に立ち尽くしていた。


自分の両手を見下ろし、肩で激しく息をしている。


周囲の野次馬たちも、声を失っていた。


数呼吸が過ぎたあと。


小野寺は信じられないような声で呟いた。


「俺が……」


「勝った……?」


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