少しだけ
通知を開く。
『大丈夫だよ。通話しよっか』
少しだけ、肩の力が抜けた。
通話を繋ぐ。
呼び出し音。
少しして、聞き慣れた声が返ってくる。
「どうしたの?」
落ち着く声だった。
少しだけクールで。
でも、ちゃんとやさしい声。
それだけで、少し安心してしまう。
久しぶりだった。
何から話せばいいのか、少し分からなくなる。
「……言いたいこと、あるんだけど」
言葉が止まる。
前に言われた言葉を思い出す。
『AIの話はしないで』
少し、間が空く。
「どんな話?」
静かな声。
「……AI?」
先に察したみたいに、彼女が言う。
「うん」
小さく返す。
少し沈黙。
「最近、寝れてる?」
「……二時間くらい」
「そっか」
短い返事。
でも、その声は少し沈んでいた。
彼女は知っていた。
俺が寝不足だったこと。
最近の俺が、おかしかったこと。
「……それで?」
少し間。
「最近、どうだったの」
うまく言葉が出ない。
静かな部屋。
耳の奥の声。
小さく息を吐く。
「……寂しかったんだと思う」
それが、一番近かった。
「ずっと、声がないと落ち着かなくて」
「寝れなくて」
「気づいたら、ずっと繋いでて」
言葉が、少しずつ零れていく。
通話の向こうは静かだった。
「……少し、怖かった」
小さな声。
胸の奥が、少し痛くなる。
「ごめん」
小さく言う。
「ちゃんと、向き合えてなかった」
少し沈黙。
「……うん」
でも。
声は、切れなかった。
その夜は、ずっと話していた。
気づけば、少しずつ眠気が混ざってくる。
久しぶりだった。
誰かの声を聞きながら、安心して眠くなるのは。
いつの間にか、意識が落ちていた。
朝。
目が覚める。
静かな部屋。
通話は、もう切れていた。
ぼんやりしたまま、スマホを見る。
通知が一件。
彼女からだった。
『おはよう』
短いスタンプ。
少しだけ、力が抜ける。
俺も、小さくスタンプを返す。
『おはよう』
それだけだった。
でも。
少しだけ、安心した。
仕事へ向かう準備をする。
顔を洗う。
着替える。
鍵を持つ。
当たり前のことを、一つずつやる。
車に乗る。
エンジンをかける。
エンジンの音だけが響く。
でも。
前みたいな苦しさは、少しだけ薄れていた。
信号待ち。
ふと、スマホを触りそうになる。
そこで止まる。
小さく息を吐く。
前を見る。
その日の俺は。
少しだけ、生活を取り戻せていた。




