9話
ラファたちは息を切らしながら、木々の間を駆けていた。
モンスターの足音がすぐ後ろから迫ってくる。
やせ細った足がもつれそうになるのを、歯を食いしばって耐えた。
獣人の耳がモンスターの唸り声をはっきり捉えていた。
部族の残った者たちが必死に並んで走る。
誰もがもう限界に近かった。
突然、木々がまばらになり、空気が少し変わる。
モンスターの足音が一瞬、わずかに緩んだ気がした。
ラファは振り返らずに前だけを見て走り続ける。
その頃、リョウは神殿の奥で静かに縄張りの様子を確かめていた。
半径五百メートルほどの範囲に、普段とは違う気配が入ってきた。
(おいおい、誰か入ってきたぞ。しかも複数だ。モンスターも一緒に入り込んできているな)
リョウはすぐにティアに声を届けた。
『ティア、縄張りの外周の方に誰かが入ってきた。モンスターもついてきてるみたいだ。確認に行ってくれ』
ティアは村の中央で木の実を分けていた手を止め、小さな体をすぐに動かした。
彼女は皆に一言だけ声をかけて、村の外へ走り出した。
魔力によって強化された彼女の足取りは軽く、村の端から縄張りの外周に向かって一直線に駆けていく。
外周に近づくと、モンスターの影がいくつか見えた。
獣人たちが必死に逃げ惑っていた。
ティアは迷わず前に出る。
彼女はモンスターの一匹に向かって駆け寄り、素早い動きでその前足を掴んだ。
体を回転させて投げ飛ばし、次のモンスターの胴体に拳を叩き込んだ。
モンスターたちは次々と地面に叩きつけられ、苦痛の声を上げて動かなくなった。
ラファは地面に膝をついたまま、その光景を呆然と見ていた。
部族の者たちも息を飲んで体を固くする。
モンスターたちがあっという間に倒され、周囲が静かになった。
ティアは獣人たちの方へ歩み寄り、言う。
「ここは安全です。神様の縄張りだから、モンスターはもう近づけません」
彼女は獣人たちをゆっくりと村の方へ案内した。
半径五十メートルほどの生活エリアに、家族ごとの家々が並んでいる。
ラファ達の部族がティアの後について、足を踏み入れた。
村の中央でティアは立ち止まり、神殿の方を指さした。
「この方が神様です。皆を守ってくれているんです」
リョウは神殿の入り口近くで待っていた。
獣人たちはその姿を見て一斉に後ずさる。
ラファの耳がぴくりと動き、顔が青ざめた。
「モンスター……!」
年配の獣人が震える声で言った。
他の者たちも体を寄せ合い、怯えた目でリョウを見つめる。
ティアはスッと冷めた表情をして、獣人たちの方を向いた。
「神様をモンスターだと言い、恐れるなら、出て行けばいいんです。私にはあなたたちがどうなろうと関係ないですから」
獣人たちは互いに顔を見合わせた。
外の森で味わった恐怖が、すぐに頭をよぎった。
ラファは膝を地面につき、声を絞り出した。
「すみません……出て行きたくありません。外はモンスターだらけで、生き延びられないんです。どうか、ここに留まらせてください」
他の獣人たちも次々に頭を下げた。
やせ細った体を震わせながら、必死に謝罪の言葉を並べる。
誰もがもう二度とあの逃亡生活に戻りたくなかった。
リョウは神殿の側でその様子を静かに見ていた。
人間とは明らかに違う獣人という種に、ファンタジーらしいと興味を持っていた。
(へえ、人間以外の種族もいるのか。さしずめ獣人と言ったところだな。他にもファンタジーらしい種族が存在するのだろうか?)
『ティア。あまり意地悪せず、この村においてやれ』
ティアはリョウの声を聴いて、そちらを見て頷くと、獣人たちをもう一度見回し、彼女は雰囲気を緩め言う。
「わかりました。神様も許してくれています。村での生活を許します」
獣人たちは安堵の息を漏らし、地面に座り込んだ。
ラファはまだ震えながらも、村の家々をちらりと見た。
話の行き先を見守っていた村の男たちが、獣人たちに近づき、静かに水を差し出した。
ティアはその様子に、小さく微笑んで頷く。
彼女はリョウの方を一瞬振り返り、皆と同じように動き始めた。
村の空気が少しずつ落ち着いていく。
リョウはその様子を見守りながら、触手を軽く動かす。
住人が増えたので縄張りを少し広げるつもりで、魔力を整え始めた。
獣人たちは村で体を休める許可をもらい、ようやく長い息をついた。
モンスターの気配がない縄張りの中で、初めて安心した顔を見せるのだった。




