28話
村の学校である小屋では、子供たちが床に座って静かに授業を受けていた。
ティアが大きな板の前に立ち、指でゆっくりと文字を書く。
板には「神様」「縄張り」「広げる」「安心」という文字が書かれていく。
パンッと一度手を叩き、ティアは子供たちの視線を集めて、喋り始める。
「神様が縄張りを広げてくれるおかげで、みんなは安心して暮らせています。毎日感謝の気持ちを忘れてはいけませんよ」
日常的に使われる言葉も、板には書き記されていくが、殆どは神であるリョウに結び付けられ、讃える言葉となる。
そんな文字の授業が終われば、休憩を挟んだ後、ラファの授業が始まる。
ラファは表面が薄く削られ文字の消えた大きな板に、数字を並べ始めた。
彼女は子供たちに数字を指させながら、言う。
「村の人数がこのように増えたのも、神様のおかげです。外の世界ではこんなにたくさんの人類は一緒に生きられないって、皆ならわかるよね? 神様に感謝して、村のために頑張っていこうね」
ラファは数字を並べ、リョウの偉業を数値として子供たちに教えていく。
自然の恵みは、リョウからの恵みであり、それを管理分配すると想定した四則計算の問題。
文字にしても数字の授業にしても、リョウを讃え、それを子供たちへ刷り込む授業だ。
数字の授業の後は、振り返りも含めた、より刷り込みの強い授業になる。
「神様は私たちを命がけで守ってくれています。人類とは違いますが、とてもやさしく、見た目で判断してはいけません。今日は神様の偉業を板に書きました。みんなで神様に感謝しながら読みましょう」
子供たちは板の文字と数字を交互に見ながら、小さく復唱を始めた。
授業の合間に神様の話が必ず入る。
感謝の言葉、守られているという安心感、村のために生きるという気持ちが、繰り返し子供たちの耳に流れ込む。
リョウは神殿の奥で、その様子をすべて見ていた。
彼は切り離した触手の一本を気配を消して小屋の近くに這わせ、子供たちの表情や声まで鮮明に見聞きしている
現代の価値観で考えれば、これは明らかに洗脳教育だ。
子供たちの心に神様への絶対的な好意と服従を植え付けている。
文字や数字の勉強以上に、信仰の部分が授業の大部分を占めている。
それでもリョウは内心で冷静に割り切った。
この世界ではモンスターが人類を遊び半分で狩り、定住を許さない。
縄張りがなければ村は一瞬で壊滅する。
この村は、リョウという生命線がいるからこそ、存続できているだけで、
多種族が混ざり合う今、共通の神様への信仰だけが皆を一つにまとめられる方法だ。
子供たちが外の恐怖を忘れ、希望を持って生きるためには、この教育は必要だ。
洗脳だとわかっていても、現状ではこれが村の存続に直結する。
だからこそティアとラファは毎回、感謝と神様のすごさを丁寧に教え込んでいる。
リョウは触手を軽く巻きながら、少し考える。
ラファが縄張りの外で、追い回されていた時の話の記憶がよみがえる。
あの恐怖を知る子供たちにとって、神様への強い好意は単なる教えではなく、生きるための支えになる。
村がこれだけ大きくなった今、人類をまとめるのに、宗教色の強い教育はむしろ効率的で現実的でもある。
現代的に見てどうであれ、ここではこれが正しい選択だ。
小屋の中では授業が続いている。
ティアが子供の一人に板を渡し、神様の文字を自分で書かせた。
子供たちは真剣な顔で指を動かし、時には教え合う。
彼はもう一度小屋の様子を複数の視点で確認し、静かに息を吐く。
現代人的な感覚で洗脳だと自覚しながらも、現状ではこれが最善だと割り切る。
村は今日も穏やかに回り、村人たちの声が小さく響いている。
授業の終わりが近づき、ティアが子供たちに最後の言葉をかけた。
「今日学んだことを家に帰ってからも忘れないようにしましょう。神様に感謝する気持ちを、毎日大切にしてね」
子供たちはうなずきながら小屋から出て行った。
リョウはそんな光景を静かに見守りながら、内心で自分を納得させる。
色々な可能性はあったが、この教育がなければ、村はここまで来られなかった。
そう信じるのだった。




