2話
リョウはティアを抱えたまま、ゆっくりと歩を進めていた。
人間たちの集団がその後ろに続いていた。
森の端から離れた開けた場所まで来ると、周囲にモンスターの気配はほとんどなくなっていた。
男たちが息を整えながら地面に腰を下ろし、女たちが子供たちを抱き寄せて周りを見回した。
ティアはリョウの触手に包まれるように抱かれていたまま、皆の様子を静かに見守ってる。
汗で額に黒い髪が張り付き、その小さな顔には疲れが浮かぶが、それでも瞳だけは、はっきりとした光を宿している。
リョウは一本の触手を慎重に動かし、ティアの体に近づけた。
粗末な獣皮の服の裾をそっとめくり、露わになったお腹の中央――臍の部分に、触手の先端を優しく当てた。
(体温高くて、ぷにぷにだな。まぁ、それはいいとして、意思疎通できないのは不便だ。魔法って万能だから誰にだって念話みたいなの出来るけど、ここはティアを特別にして、ティアとだけやり取りできるっていう風にするのが特別感があっていいだろ)
優しく当てられていた触手の先が、ゆっくりと彼女の臍に沈み込んだ。
ティアは一瞬体をびくりとさせたが、反射的に驚いただけで、痛み無く、ただ温かい感触が広がるのを感じ、すぐにリョウの触手に寄りかかるように力を抜いた。
触手の先の一部が切り離され、彼女の体内に残った。
それは寄生するように肉体に溶け込み、急速に馴染んでいく。
(これで魔力を与え、体を強化することも可能になったな。ティアと呼ばれてるこの子だけじゃなく、この人間たちの集団──部族とでも言えばいいのか? ──からは魔力をほとんど感じない。魔力があれば色々できるし、与えても損はないだろう)
ティアの瞳が大きく見開かれた。
「神様?」
彼女は自分の臍の辺りをそっと撫でた。そこはきれいなモノで傷などもない。
リョウは内心で小さく笑った。
『聞こえるか、ティア? お前はこれから俺に仕える巫女とする。俺の手足として部族を守る特別な存在になるんだ』
ティアは小さくうなずいた。彼女の声が周囲には聞こえない形で、リョウの頭にも返ってきた。
『はい……私は巫女として、神様のために頑張ります』
リョウは他の人間たちの方を見た。
男の一人が立ち上がり、近づいてきた。髭の生えた顔に警戒の色を浮かべながら、言う。
「神様……ここは安全そうです。ありがとうございます」
目の前で起きた異様な行為に言いたいこともあったが、ティアが痛みを訴えたり逃げ出そうとしてないため、とりあえず男は見なかったことにするという選択をした。
女の一人はティアに視線を向け、同じように内心でこの状況をどう受け止めればいいか迷っている様子だった。
リョウは寄生させた触手を媒介にして、ティアの体に魔力を少し送り込む。
魔力が彼女の体内に流れていく。
急な温かな力を感じティアの体が軽く驚くように動く。
次第に小さな手足が魔力によって、活性化して力がこもっていくのが分かった。
いきなり魔力を大量に流し込んでも、使いこなせない。
リョウは少しずつ魔力に慣らして、彼女を強くしていくつもりだ。
部族を守る存在として、十分に役立つようになるはずである。
リョウは抱きかかえていたティアを、自分の前に降ろした。
おなかを撫でうっとりとした様子のティアは、皆に向かって声を出した。
「神様が私を巫女にしてくれました。今、私の体に神様の力が宿っています。これからは私が皆を守る手伝いをします」
男たちは顔を見合わせた。一人の年配の男が、ゆっくりと口を開いた。
「巫女……ティアが?」
彼の声にはまだ警戒があるが、ティアの表情を見てそれ以上は何も言わなかった。
女たちが子供たちを抱きながら少しずつ近づいてきて、ティアの周りに輪を作った。
リョウはティアに、寄生した触手を介して少しずつ魔力を送り続け、その肉体を少しずつ魔力に最適化していくように造り替えていく。
ティアは自分の体が徐々に変化していくのがわかった。
細い腕に力が宿り、瞳の奥により強く神への信仰心という光が加わる。
リョウはこれから先ティアを部族の守護者として位置づけるつもりだった。
(ティアは俺の巫女として、みんなを守る特別な存在になる。見た目化け物な俺が直接導くより、人間を間に挟んだ方がトラブルも少ないだろ)
ティアはリョウのそばで、演説するように皆に説明を続けた。
「神様の声が、私の頭の中に直接届きます。神様は特別な存在だから、普通の人には声が聞こえないんです。だから私が巫女としてつながって、神様の代わりにみんなを守って導きます!」
大人たちはそれに耳を傾けていた。男の一人が棍棒を握り直しながら、うなずいた。
「それなら……ティア、お前が巫女として皆を導いてくれ」
彼の内心ではまだ触手だらけの存在を、神として完全に信じきれていないが、モンスターから守られた今、従うしかなかった。
女の一人がティアの肩に手を置き、優しく言った。
「ティア、痛くなかったの? 神様の……その……力が体に入ってるなんて……」
言葉を濁すように迷う女に、ティアは首を振った。
「痛くありません。神様の力は温かくて、力が出てくるんです。この力で皆を守ります」
リョウは触手を軽く動かして周囲を確認した。
少し離れたところに小さなモンスターの気配が一つあったので、石を拾い上げて投げつけた。
モンスターの悲鳴が聞こえてきて、人間たちはその行動の意味を理解した。
人間たちは安堵の息を漏らす。
男の一人が、ティアに声をかけた。
「巫女として……これからどうするんだ」
ティアは、皆を見回した。
「神様の指示で、皆を安全な場所に連れていきます。神様と、その力を借りた私で皆を守ります」
リョウは内心で満足していた。
(かわいい子が戦うなんて、ロマンがあるしファンタジーだよな。神様として好き勝手楽しませてもらおう)
寄生した触手を介して、ティアは魔力を受け取り続ける。
彼女は体が軽くなっていくのを感じ、溢れる力に全能感が湧き上がっていた。
「みんな、行きましょう!」
ティアが歩きだす。
子供の一人がティアの手を握ろうとして近づき、女がそれを優しく止めた。
みんな、ティアの言葉に導かれるように動き始めた。
リョウは彼女が歩き出すのを、静かに見守っていた。
人間たちの集団は再び動き出し、ティアを先頭に安全な場所を目指して進み始めた。
ティアは歩きながら、時折後方のリョウに視線を向け、小さく微笑んだ。
彼女の黒い髪が風に少し揺れ、頰の赤みが少し引いていた。
「神様。私、巫女として頑張ります」
『期待している』
リョウは少し離れていても、彼女の言葉が小さくつぶやいた言葉を聞き逃さず、触手を軽く振って応えた。
男の一人が後ろからティアに並んで歩きながら、声を低くした。
「本当に……神様の声が聞こえるのか?」
「はい。神様は私だけに特別に話してくれます」
女たちが子供たちを連れながら、互いにささやき合った。
警戒の目はまだ消えていなかったが、ティアの様子を見て少しずつ信頼を寄せ始めていた。
リョウは集団の後ろから全体を見渡していた。
寄生した触手を介して、ティアの体調を常に確認し、必要に応じて魔力を補給した。
彼女が部族を守る存在になるまで、しっかり支えるつもりだ。
(これで一歩前進だ。ティアが巫女として強くなれば、みんなも安心する。そうなったら俺は神様として、のんびり見守ってるだけでいい。楽勝だな)
人間たちはティアを中心にまとまりながら、ゆっくりと歩き続けた。
モンスターの脅威から一時的に解放された彼らの足取りは、わずかながら軽くなっていた。




