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魔力ゼロ探偵と美少女たちの魔法学園事件簿 ~その事件、魔法じゃありません!~  作者: にめ
1学年前期:ボタニカル・マギアフェスタ

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第63話 エルフの耳とマンドラゴン(1)

第63話 エルフの耳とマンドラゴン


 数日後。


 放課後の鐘が鳴ると同時に、教室の空気が少しだけ緩んだ。


 教師が教材をまとめ、生徒たちが席を立つ。廊下の向こうからは、別の教室の生徒たちの声も聞こえてきた。今日の授業が終わったというだけで、学園全体が小さく息を吐いたような雰囲気になる。


 蒼井蒼真は机の上の教科書を閉じ、鞄にしまった。


 今日は実技訓練もない。


 クラリス先生から呼び出されてもいない。


 事件も、今のところ起きていない。


 つまり、珍しく自由な放課後だった。


「蒼真、今日はどうするの?」


 隣からルミエールが尋ねてきた。


 彼女はクラス委員らしく、今日配られた連絡紙を綺麗にまとめている。金色の髪が夕方の光を受けて、柔らかく輝いていた。


「少し、植物研究施設に行ってみる」


「植物研究施設?」


 ルミエールが首を傾げる。


 その声に、前の席で鞄を持ち上げていたフレイアが反応した。


「あー、あそこね。植物祭の準備で最近忙しいんじゃない?」


「植物祭?」


 蒼真が聞き返すと、ルミエールが頷いた。


「少し先だけれど、学園の恒例行事よ。魔法植物や薬草、精霊花の展示があるの。外部の来客も多いから、かなり大きな行事ね」


「なるほど」


 以前、エルミナから聞いた話と一致する。


 植物祭。


 この世界の植物を知るには、ちょうどいい機会になりそうだった。


「でも、蒼真が植物研究施設に行くなんて珍しいわね」


 ルミエールが少し不思議そうに見る。


「前に少し見学させてもらった。魔法植物って、思ったより面白い」


「へえ」


 フレイアがにやっと笑う。


「もしかして、植物より案内してくれた先輩が面白かったんじゃないの?」


「先輩?」


 ルミエールの視線が少しだけ鋭くなった。


 蒼真は気づかず、普通に答える。


「エルミナ・リーフグレイス先輩。二年生で、植物研究会に所属してるらしい」


「ああ、エルミナ先輩ね」


 ルミエールはすぐに納得したようだった。


「エルフ族の方で、植物学にとても詳しい先輩よ。穏やかな方だけれど、植物のことになると少し熱が入るの」


「まさにそんな感じだった」


「ふーん」


 フレイアがさらに楽しそうに笑う。


「蒼真、また女の子の先輩と仲良くなってる」


「植物を教えてもらっただけだ」


「はいはい」


 フレイアは完全に面白がっている。


 ルミエールは何か言いたげに蒼真を見たが、すぐに小さく息を吐いた。


「危険な植物も多いから、勝手に触らないようにね」


「それは前回学んだ」


「何があったの?」


「指を食べられかけた」


「えっ」


 ルミエールとフレイアの声が重なった。


 蒼真は真顔で頷く。


「食人植物だった」


「さらっと怖いこと言わないでよ!」


 フレイアが叫ぶ。


 ルミエールは額に手を当てた。


「本当に気をつけてね、蒼真」


「わかってる」


 蒼真は鞄を持って立ち上がった。


 自分では十分注意するつもりだった。


 ただ、この世界では、自分の常識で安全と判断することほど危険なものはない。


 それも、前回よくわかった。


 教室を出て、廊下を歩く。


 窓の外には夕方の光が差していた。


 校庭ではまだ生徒たちが訓練を続けている。火球が飛び、水の壁が立ち上がり、風が砂埃を巻き上げる。魔法学園らしい光景だった。


 けれど、蒼真の足は実技場ではなく、校舎裏の植物研究施設へ向かっていた。


 正直に言えば、魔法植物への興味は確かにあった。


 だが、それだけではない。


 エルミナの話は、聞いていて面白かった。


 危険植物を危険だと説明しながら、それでも愛情を持って接している。その姿が、どこか印象に残っていた。


 この世界を知るには、人から学ぶのが一番早い。


 そしてエルミナは、植物という分野において、おそらく最高の案内人だった。


 植物研究施設の前に着くと、前回と同じように、ガラス張りの建物が淡く光っていた。


 外壁に浮かぶ魔法陣は、ゆっくりと流れる水のように動いている。温度や湿度、光量を調整しているのだろう。


 扉の前まで来たところで、中からかすかな声が聞こえた。


「いい子だから、今日は暴れないでね。あなたが暴れると、こっちの鉢まで倒れちゃうの」


 誰かが植物に話しかけている。


 というより、この声は聞き覚えがあった。


 蒼真は扉を開けた。


 土と草の匂いがふわりと広がる。


 施設内に入ると、奥の作業台の近くでエルミナがしゃがみ込んでいた。


 緑色の長い髪を背中に流し、袖を少しまくっている。白い手袋には土がつき、足元には小さな鉢や道具が並んでいた。


 彼女は何かの植物の根元を見つめながら、真剣な顔をしている。


「エルミナ先輩」


 蒼真が声をかけると、エルミナはぱっと顔を上げた。


「あら、蒼真くん」


 その表情が、すぐに明るくなる。


「本当に来てくれたのね」


「はい。邪魔でしたか?」


「全然。むしろ助かるわ」


 エルミナは立ち上がり、手袋についた土を軽く払った。


「ちょうど、人手が欲しかったところなの」


「手伝えることがあるなら手伝います」


 蒼真がそう言うと、エルミナは少し驚いたように目を開き、それから嬉しそうに微笑んだ。


「ありがとう。じゃあ、さっそくお願いしてもいい?」


「もちろんです」


 エルミナは作業台の上に置かれた鉢を指した。


 そこには、人の形に似た奇妙な根を持つ植物が植えられていた。


 葉は小さく、根元から出ている茎は細い。しかし土の中から少しだけ覗く根は、まるで小さな人間の腕のように見える。


「これは?」


「マンドラゴンよ」


「マンドラゴン」


「別名、叫び根。眠っている状態で植え替えれば大丈夫だけど、起こすと大変なの」


「叫ぶんですか?」


「叫ぶわ」


 エルミナは真剣な顔で頷いた。


「小さい個体なら、耳がきーんとするくらい。大きい個体だと、近くにいる人が気絶することもあるの」


「危険ですね」


「だから、ゆっくり、優しく、起こさないように植え替えるの」


 そう言いながら、エルミナは別の鉢を用意した。


 新しい土が入っている。


 土の表面には、細かな白い砂のようなものが混ぜ込まれていた。


「これは眠り砂。マンドラゴンの植え替えに使うの。根が落ち着くまで、少し眠りを深くしてくれるわ」


「植物なのに、本当に寝るんですね」


「寝るわよ。いびきもかく子がいるわ」


「いびき」


 蒼真はマンドラゴンを見た。


 確かに、葉がわずかに上下している。


 呼吸しているようにも見えた。


 この世界の植物は、やはり一筋縄ではいかない。


「じゃあ、まずはこの小さな移植ごてを持って」


 エルミナは蒼真に道具を渡した。


「根を傷つけないように、周りの土から少しずつ崩していくの。急に引っ張ったら起きちゃうからね」


「わかりました」


 蒼真は作業台の前に立ち、慎重に移植ごてを土へ差し込んだ。


 柔らかい。


 しかし、少し奥へ進むと根に当たりそうになる。


 蒼真は力を緩めた。


「そう、ゆっくり」


 エルミナの声がすぐ後ろから聞こえた。


「起こさないように、優しくね」


 次の瞬間、エルミナの手が蒼真の手に重なった。


 彼女は後ろから蒼真の腕を支え、移植ごての角度を直してくれる。


「こう。土をすくうんじゃなくて、根の周りに隙間を作る感じ」


「……はい」


 蒼真は返事をした。


 返事はしたが、意識の半分くらいは別のところに持っていかれていた。


 近い。


 エルミナが近い。


 背中に柔らかい感触がある。


 彼女の髪から、草花のような香りがする。


 手袋越しとはいえ、手が重なっている。


 エルミナ本人は、完全にマンドラゴンしか見ていない。


 蒼真が緊張していることなど、少しも気づいていないようだった。


「蒼真くん?」


「はい」


「手、少し固いわ。緊張してる?」


「……少し」


「大丈夫よ。この子は今、よく眠っているから。怖がらなくても平気」


 違う。


 緊張している理由は植物ではない。


 しかし、それを説明するわけにもいかない。


「慎重にやります」


「うん。その調子」


 エルミナは優しく言った。


 蒼真は深呼吸し、意識を作業へ戻した。


 土を崩す。


 根を傷つけない。


 力を入れすぎない。


 植物に触れるという行為にも、観察が必要だった。


 どこに根が伸びているのか。


 どこが柔らかく、どこが固いのか。


 土の湿り気。


 葉の動き。


 マンドラゴンの眠りが浅くなっていないか。


 蒼真は一つずつ確認しながら、ゆっくり作業を進めた。


「そう。いい感じ」


 エルミナが後ろで小さく頷く。


「次は、根元を両手で支えて。急に持ち上げないで、土ごと移すの」


「はい」


 蒼真は慎重に手を差し込んだ。


 土の塊ごと、マンドラゴンを持ち上げる。


 その瞬間、葉がぴくりと震えた。


 蒼真の動きが止まる。


「大丈夫。止まって」


 エルミナが小声で言う。


 二人とも息を潜める。


 マンドラゴンの葉がもう一度揺れた。


 しかし、叫び声は上がらない。


 数秒後、葉はまた静かに垂れた。


「……寝てますか?」


「寝てるわ」


 エルミナも小声で答えた。


 蒼真はゆっくりと新しい鉢へ移した。


「そう、ゆっくりゆっくりね。あと少し」


 エルミナの声は穏やかだった。


 けれど、いつもより少しだけ真剣さがある。


 植物を扱う時の彼女は、普段のおっとりした雰囲気とは違う。


 優しいだけではない。


 集中している。


 蒼真はその横顔をちらりと見た。


 エルミナはマンドラゴンを見つめている。


 植物を大切にしているのが、表情だけでわかった。


「マンドラゴンの移動はできたね。あとは土をゆっくりかけてあげれば大丈夫」


「わかりました」


 蒼真は新しい土を少しずつかけた。


 根元を埋める。


 強く押さえない。


 空気が入りすぎないように、しかし固めすぎないように。


 最後にエルミナが眠り砂をひとつまみふりかけた。


 マンドラゴンの葉が気持ちよさそうに揺れる。


「……できた」


 蒼真は小さく息を吐いた。


「お疲れさま。上手だったわ」


 エルミナが嬉しそうに言う。


「ありがとうございます。エルミナ先輩の教え方が上手いからですよ」


「そう?」


「はい。植物を大切にしてるのが伝わります。だから、どう扱えばいいのかもわかりやすいんだと思います」


 その言葉に、エルミナは一瞬、動きを止めた。


 それから、ゆっくりと頬を赤くする。


「……そう? ありがとう」


 小さな声だった。


 いつもの柔らかい笑顔とは違う。


 少し照れて、少し戸惑っているような表情。


 エルミナは手袋についた土を見下ろした。


「私、いつも植物施設にいるから」


 ぽつりと、彼女が言った。


「植物の世話ばかりしているし、土も触るし、薬草の匂いもつくし……あまり、友達も多くないの」


 蒼真は黙って聞いた。



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