第5話 学園長の依頼
――第5話 学園長の依頼――
学園長に会ってもらう。
そう告げられたとき、蒼井蒼真は正直なところ「説教か、事情聴取か、そのどちらかだろう」と思っていた。
覗き事件は解決した。犯人も明確になった。だが、それはあくまで“結果”にすぎない。ノクティス魔法学園という巨大な学び舎の中で、異世界から来た一介の少年が勝手に推理をし、暴走した生徒を止めた――その事実が、どう受け取られるのかは分からなかった。
自分がやったことは、褒められる類の行為だったのか。
それとも、余計な首を突っ込んだだけだったのか。
蒼真は、その答えをまだ持っていなかった。
案内役の教師に連れられ、蒼真は旧校舎の扉をくぐる。
重い木製の扉が閉じた瞬間、空気が変わった。
外。
一度、学園の外気にさらされる形になる。
視界いっぱいに広がったのは、巨大な建築群だった。
白い石で組まれた外壁。空に向かって伸びる尖塔。アーチ状に連なる回廊と、色とりどりのステンドグラス。
どれもが、蒼真の知っている「学校」という概念から大きく逸脱している。
城だ、と素直に思った。
城郭都市の一部ではない。都市の中に城があるのでもない。
ノクティス魔法学園そのものが、ひとつの城のように存在している。
「……でかいな」
思わず漏れた独り言を、教師は聞き流した。
だが、蒼真はその規模以上に、建物が放つ“圧”を感じ取っていた。
威圧ではない。歓迎とも違う。
ここは学ぶ場であると同時に、選別される場なのだ――そんな無言の主張。
旧校舎は、どちらかといえば歴史と研究の匂いが強い建物だった。分厚い壁、狭い通路、長年の使用で摩耗した床。魔法研究の積み重ねが、そのまま染みついているような場所だ。
一方で、今向かっている新校舎は違う。
整然としていて、管理されていて、そして“見せる”ことを意識している。
(実用性より、象徴性……か)
蒼真は歩きながら、無意識にそう分析していた。
防衛拠点としては悪くないが、教育施設としてはやや過剰だ。だが、それをあえてやっている。
この学園は、力を誇示するための場でもあるのだろう。
中庭を横切る。
噴水の水音と、ざわめく生徒たちの声。
談笑する生徒。魔法の練習をしている集団。書物を抱えて急ぎ足の者。
どれもが、日常の一コマだ。
その中で、蒼真はふと足を緩めた。
(……女子、多くないか?)
明確に数えたわけではない。だが、視界に入る生徒の大半が女子だ。
男子生徒もいるにはいる。しかし、比率が明らかに偏っている。
誰も気にしていない。
それが、この違和感をより強いものにしていた。
だが、今は追及しない。
蒼真は、そう判断した。
違和感は、覚えておけばいい。意味は、後から追いついてくる。
やがて、新校舎の正面に辿り着く。
最上階。
そこに学園長室はあるらしい。
*
学園長室の扉は、重厚だった。
装飾は控えめだが、長い年月を経てきたことが一目で分かる。
扉の前で、案内役の教師が一度立ち止まる。
「ここから先は――」
言いかけたところで、扉の向こうから穏やかな声が響いた。
「そのままで結構。……いや、少し席を外してくれるかね」
教師は一瞬だけ驚いた表情を見せ、すぐに一礼した。
「承知しました」
そうして、その場を離れていく。
扉が閉まり、学園長室には蒼真と学園長、二人きりが残された。
部屋は、意外なほど落ち着いた空間だった。
豪奢さよりも、実用性と古さが同居している。
大きな窓からはノクティス魔法学園の全景が見渡せ、その中央に、ひときわ存在感を放つ水晶球が置かれていた。
学園長――アルベルト・ノクティスは、白髪の老人だった。
背は高くない。杖を手にしているが、それは威厳の演出というより、長年の習慣のように見える。
柔らかい雰囲気――どこか、祖父を思わせる空気をまとっていた。
だが、その目だけは違った。
鋭く、澄んでいて、よく“見ている”。
「まずは礼を言おう」
学園長は、蒼真に向かって穏やかに言った。
「覗きの件、見事だった。生徒を守ってくれた」
蒼真は、ほんのわずかに目を見開いた。
「……処分の話じゃ、ないんですか」
「はは。そう思うのも無理はないな」
学園長は軽く笑い、水晶球に手を置いた。
「ここには、映っておったよ。更衣室で起きた一部始終がな」
蒼真は、水晶を見る。
「これは学園管理のための観測装置だ。覗きのためのものではない」
言外に、言い訳の必要はないと言っている。
「君の推理も、ジョージの暴走も、魔法が消え……そして、反射した瞬間も。すべて見ていた」
蒼真は、静かに息を吐いた。
(偶然じゃない)
学園長は、蒼真を“結果だけ”で評価しているわけではない。
過程を見て、判断している。
「ジョージは退学処分だ」
学園長は、淡々と告げた。
「覗きは犯罪だ。加えて、魔法で他者に危害を加えた。ノクティス魔法学園として看過できるものではない」
隠蔽しない。
魔法事故として処理しない。
その姿勢に、蒼真は内心で評価を改めた。
「……一つ、聞いてもいいですか」
蒼真は、意を決して口を開いた。
「俺は……元いた場所に、戻れるんでしょうか」
学園長は、すぐには答えなかった。
少しだけ視線を外し、考える。
「正直に言おう。わからん」
率直な答えだった。
「人間の召喚は、極めて珍しい。ノクティス魔法学園にも前例はない。私自身、調べてはいるが……今のところ、確かなことは言えん」
希望も、絶望も、断定しない。
蒼真は、ゆっくりとうなずいた。
「……そうですか」
それでいい。
嘘を言われるより、ずっと。
学園長は、ここで話を切らず、少しだけ間を置いた。
窓の外に広がる学園を眺めながら、ぽつりと呟くように言う。
「この学園はな、魔法を教える場所だ。だが同時に、魔法に溺れぬための場所でもある」
蒼真は、黙って続きを待った。
「力があるから正しい、という考え方は危うい。だからこそ、人を見る目が要る」
その言葉は、どこか自戒にも聞こえた。
「さて」
学園長は向き直る。
「魔力測定をしよう」
学園長室に備え付けられた器具が起動する。
結果は、明確だった。
「魔力生成反応――ゼロ」
蒼真は、自分でもそれを確認する。
「……作れない、ってことですか」
「そうじゃ。君の身体は、魔力を生み出せない」
学園長は断言した。
だが、そのまま続ける。
「しかし、水晶で見た限り――君は魔力を吸収し、それを使って反射障壁のような現象を起こしている」
蒼真は、首をかしげた。
「理屈は……わかる気がします。でも、実感はないです」
「それでいい。分からぬままで構わん」
学園長は、穏やかに言った。
「最近、この学園で不可解な出来事が起きている」
声が、わずかに低くなる。
「魔法では説明がつかない。事故として片づけるには、違和感が残る」
蒼真は、自然と背筋を伸ばしていた。
「ノクティス魔法学園は、学ぶ場だ。だが、安心して学べる場でなければならん」
学園長は、蒼真を見据える。
「君に頼みたい。大事になる前に、真相を見てほしい」
それは組織の命令ではない。
学園を預かる者としての、率直な願いだった。
「生徒としての生活が最優先だ。試験も評価も、他の生徒と同じ。留年もある」
蒼真は、少しだけ考え――そして答えた。
「……わかりました。できる範囲で」
学園長は、満足そうにうなずいた。
*
学園長室を出ると、廊下に一人の女性が立っていた。
「はじめまして。あなたの担任になった、クラリス・ヴァルシュタインです」
穏やかな笑み。
年上の余裕。
蒼真は、改めてノクティス魔法学園を見渡す。
城のような校舎。
行き交う生徒たち。
(魔法がある世界でも、人は嘘をつく)
そして、その嘘が事件になる。
蒼真は、そう確信していた。




