表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その事件、魔法ではありません。~魔力ゼロ転移者の魔法学園生活~  作者: にめ
1学年前期:ルミエールとの出会い

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/26

第4話 覗き魔の正体と、最後の悪あがき

# 第4話 覗き魔の正体と、最後の悪あがき


  前夜の騒ぎが、まだ学園の空気に残っていた。


 女子寮で起きた覗きの件――蒼井蒼真が「魔法ではない可能性」を口にしたことで、事態は一気に動き出した。噂は噂のままでは済まされず、教師の判断で関係者が集められることになったのだ。


 昼下がりの女子寮は、いつもより静かだった。


 授業が終わり、本来なら談笑や足音が響くはずの時間帯。それでも廊下には、どこか張り詰めた空気が漂っている。


 原因はひとつ。


 女子寮の更衣室で、以前から何度も起きていた「覗き」の噂だ。最初は気のせいとして流され、次は勘違いとして処理され、それでも消えなかった違和感が、ここ数日で一気に表に噴き出した。


 最初に声を上げたのはアリシアだった。

 そして、つい最近になって、ルミエールも同じ被害を訴えた。


 それで、今。


 更衣室の前に、事件の関係者たちが集められていた。


「……ここ、ですのね」


 金髪が揺れる。絹のような髪と、堂々とした立ち姿。ルミエール・ド・アルセリア。


 貴族の令嬢らしい気品をまといながらも、彼女の頬には薄い緊張が残っていた。これまで何度も続いていた覗きの噂が、ようやく“事件”として扱われることになり、その渦中に自分が立たされているからだ。


「蒼井くん。ほんとうに、ここで……」


 隣で、アリシアが小声で言う。


 蒼井蒼真は、扉の前に立ったまま、周囲の視線を受け流していた。視線は刺さる。女子生徒の冷たいもの、男子生徒の好奇のもの、教師の警戒混じりのもの。だが、蒼真は肩をすくめるだけで、表情を変えない。


「証拠はこの中にある。……と言いたいところだけど」


 蒼真は扉の取っ手に手をかけ、わずかに引いた。


「証拠は、もっと『外』にある」


 更衣室の中は、夕方前の淡い光で満ちていた。


 鏡。長い横鏡が壁一面に設置され、足元まで映し出す。魔法学園らしく、鏡の縁には小さな魔術刻印が並び、曇り止めや傷防止の術式が施されているらしい。


「……普通の鏡にしか見えませんわ」


 ルミエールが、口元に指を当てる。


「普通の鏡だよ」


 蒼真は淡々と言った。


「ただし――普通の『使われ方』じゃない」


 蒼真は鏡の前まで歩き、壁の角、鏡の端、そして床の継ぎ目に視線を落とした。指先で縁をなぞり、少しだけ力を入れる。


 ――ぐらり。


 鏡が、ほんの数ミリ動いた。


「きゃっ……」


 誰かが短く声を上げる。


「い、今、動いた……?」


 蒼真は頷いた。


「立て付けが弱い。……というより、壁そのものが簡易だな」


 蒼真は鏡の縁を軽く押したまま続ける。


「この寮、内壁はかなり薄い。簡易建材だ。だから少し力をかけただけで歪むし、立て付けも最初から良くない。誰かが細工をしたって話じゃない。単に、構造的に弱いだけだ」


 教師が眉をひそめるが、蒼真は首を振る。


「点検とか、そういう話でもないです。これ、最初からこういう造りなんでしょう。生活区画は、魔法学園でも案外簡易ですから」


 蒼真は鏡の端に掌を当てる。


「覗きをよく見ようと思って、犯人が壁に手を当てた。力が加わって、動いてしまったんだろう。……こういうの、俺のいた世界じゃ通称がある」


 蒼真は鏡を見上げた。


「マジックミラー」


「……まじっく、みらー?」


 アリシアが復唱する。周囲の生徒たちは一斉に首をかしげた。魔法学園の用語ではない。教師でさえ知らない顔をしている。


「片側が鏡、片側が透けて見えるガラス。……いや、この世界だとガラスじゃないかもしれないけど、理屈は同じ。光の反射と透過のバランスを調整すれば、こういう『一方通行』ができる」


「魔法ではないのですの?」


 ルミエールが問いかける。


「魔法が使われてるのは事実だ。でも、『覗き』の原因は魔法じゃない」


 蒼真は鏡の縁に刻まれた術式に視線を滑らせた。


「曇り止め、明度調整……それから、ここ」


 指先が刻印を一つ示す。


「光の反射率を一定にする。これがあるから、鏡として成立し続ける。……つまり、魔法は『鏡を鏡のままにする』ために使われてるだけだ」


 ざわり、と声が広がる。


 誰かが戸惑ったように口を開くが、蒼真は首を振る。


「そもそも、特別な反応なんて出ていない。鏡として機能するための最低限の魔法が、ずっと働いているだけだ」


 蒼真は鏡に掌を当て、ゆっくりと横へ滑らせた。


「だから余計に、“魔法のせい”に見えただけ。実際には、誰かが覗ける位置に立っていただけだ」


 空気が変わる。


 魔法学園の生徒たちは、無意識のうちに「魔法」を万能の犯人として扱ってきた。わからないことは魔法のせいにする。解けない謎は魔法のせいにする。


 けれど、蒼真はその前提を、軽々とひっくり返して見せた。


 ルミエールが、ほんの少しだけ息を呑む。


 アリシアも、唇を噛んだ。


 蒼真は振り返る。


「……で。ここに来るまでの話、もう一回整理する」


 蒼真は、床に落ちた埃ひとつ見逃さないように、淡々と指摘していく。


 被害が出た時間帯。更衣室の利用が集中する前後。寮の巡回が手薄になる瞬間。廊下の死角。誰がどこを通れるか。


 それらを積み重ね、最後に、蒼真は言った。


「覗きをやってたのは――ジョージだ」


 名前が落ちた瞬間、視線が一斉に移動した。


  そこにいたのは、短い茶髪の男子生徒だった。切れ長で鋭い目つきは、普段からどこか刺々しい印象を与える。今はその視線が定まらず、焦りと動揺がはっきりと滲んでいた。


「ち、違う……!」


 ジョージが叫ぶ。


「俺じゃない! 俺は……俺はルミエールさんを守ろうと……!」


 ルミエールとアリシア、そして周りの女子たちの視線が刺さる。冷たい針のような視線。責めるような視線。信じられないという視線。


 ジョージはそれを浴びながら、必死に言い訳を続けた。


「ストーカーがいるかもしれないだろ! だから……だから、見張って……観察してたんだ……!」


 蒼真は少しだけ首を傾げた。


「ストーカー?」


 そして、静かに言う。


「なぜ、守ることが着替えの覗き見になるんだ?」


 ジョージの喉が詰まる。


「そ、それは……だって……」


 口が開いたまま、言葉が出ない。


 だが、次に出てきた言葉は、彼自身を終わらせるものだった。


「だって……一番、無防備な姿になるから……」


 言いながら、ジョージの目がどこか遠くを見る。


 ――思い出している。


 その瞬間、彼の頬が赤く染まり、呼吸が荒くなった。口角がわずかに歪み、喉が鳴る。ぞっとするほど生々しい興奮。


 女子たちの空気が一斉に冷えた。


「うわ……」


「最低……」


「守るって……なにそれ……」


 ささやきが刺さる。ルミエールは一瞬、顔を伏せた。怒りと羞恥と、言いようのない嫌悪が混ざっている。


 そこへ、教師の低い声が落ちた。


「ジョージ。職員室まで来なさい」


 教師は前へ出て、ジョージの腕を掴もうとする。


 その瞬間だった。


 ジョージが腕を振り払った。


「触るな!」


 足元から熱が立ち上がる。


 空気が乾いて、焦げた匂いが混じる。


 ジョージの掌に、赤い光が宿った。


「炎……?」


 誰かが呟く。


 ジョージは炎魔法の使い手だった。普段は実技でそこそこ評価される程度の生徒だ。だが今、怒りと興奮が混ざり合い、その魔力が暴走する。


「お前が出てきたせいで……全部、ぶち壊しだ!」


 ジョージの目が蒼真を捉える。


「くらえ!!」


 呪文が吐き出される。


「ファイア!」


 火球が、まっすぐに蒼真へ飛んだ。


 蒼真は反射的に腕をクロスし、顔の前で防御姿勢を取った。


(まずい! 魔法の防御なんてしたことがない!)


 熱が迫る。


 火球が蒼真に当たる寸前――


 ――消えた。


「……は?」


 ジョージが間抜けな声を出す。


 続けて二発目。


「ファイア!」


 火球が飛ぶ。


 ――また、消えた。


 三発目。


 ――消えた。


 まるで、火が存在しなかったかのように、熱だけが一瞬残って消える。


 蒼真の腕は震えていた。


 自分が何をしたのか、わからない。


 だが、目の前で確実に起きている。


 蒼真に向けられた魔法が、蒼真の前で「無効化」されている。


 ジョージの顔が歪む。


「なんだ……?」


 恐怖と苛立ちが混ざり、さらに魔力が膨れ上がる。


「なら、もっと……!」


 ジョージは炎を連発した。


「ファイア! ファイア! ファイア!」


 火球が次々に放たれる。


 蒼真は、もう逃げる余裕がない。


 再び腕をクロスし、防御姿勢を取った。


(……消えろ。消えろ、消えろ……!)


 願うように、息を飲む。


 次の瞬間。


 火球は――消えなかった。


 蒼真の目の前で、燃える塊が存在感を増し、彼の視界を赤く染めた。


 蒼真の喉が詰まる。


(終わ――)


 しかし、火球は蒼真に触れる直前で、軌道を変えた。


 まるで、見えない壁に当たって跳ね返るように。


 火球は反転し、今度はジョージの方へ戻っていく。


「……え?」


 ジョージが目を見開く。


 逃げる間もない。


 火球はそのままジョージの胸元に直撃した。


「ぐあぁぁっ!!」


 悲鳴。


 床に転がり、制服の袖を叩き、悶える。焦げた匂いが一気に広がる。


 蒼真は、腕を下ろせなかった。


 自分の体が、熱くも冷たくもない。


 ただ――皮膚の内側で、何かが動いた感覚だけが残っていた。


 まるで魔法が発動したみたいに。


 でも、蒼真は魔法を知らない。


 知らないはずなのに。


 周囲は凍りついた。


 教師も、ルミエールも、アリシアも。


 言葉を失い、蒼真を見ている。


 蒼真は、ようやく小さく息を吐いた。


「……魔法は嘘をつかない」


 誰に向けた言葉でもない。


 ただ、事実を確かめるように。


「嘘をつくのは、いつだって人だ」


 教師が我に返り、素早く手を伸ばす。


拘束バインド


 呪文とともに、光の鎖が現れ、ジョージの体を縛り上げた。炎が消え、騒ぎが収束する。


 教師はジョージを引き起こし、冷たい声で言った。


「行くぞ」


 ジョージは呻きながらも、蒼真を睨んだ。


 その目は、怒りと、壊れた執着と、恐怖が混ざった濁りだった。


 教師はジョージを連行しながら、ふと蒼真へ視線を向ける。


「蒼井くん、だったかな」


 蒼真の背筋が硬くなる。


「君も職員室へ来なさい。校長先生に会ってもらう」


「……!」


 蒼真は思わず目を見開いた。


 校長。


 この学園の頂点。


 異世界から来た自分が、いきなり会うような相手じゃない。


「……わかりました」


 蒼真は短く答えた。


 教師は頷き、ジョージを引きずるように扉へ向かう。


 だが、出ていく直前、教師は鏡の方をもう一度振り返った。


 そして、小さく呟く。


「……しかし」


 誰に言うでもなく。


「誰がこのミラーを設置したんだろうな?」


 その一言が、更衣室に残った空気をもう一度凍らせた。


 生徒たちは、今さらそんなことを――という顔をする。


 だが、蒼真だけは違った。


(設置……?)


 鏡は元からあったのか。


 誰かが用意したのか。


 覗きは、ただの偶然の悪行だったのか。


 それとも、誰かが「覗ける環境」を先に仕込んでいたのか。


 蒼真の頭の中で、事件の輪郭が一段深く沈んでいく。


 教師が去り、騒ぎは解散へ向かう。


 生徒たちは口々に言い合いながら散っていった。


「ジョージ最低」


「校長って……蒼井くん、なに者?」


「さっきの、反射……見た?」


 蒼真は、それらを聞き流しながら、扉の外へ出ようとした。


 そのとき。


「蒼真さん」


 ルミエールの声。


 彼女が蒼真に駆け寄り、距離を詰める。気品のある香りがふわりと漂い、思わず周囲が視線を寄せた。


 だがルミエールは、周りの視線を気にする余裕がないようだった。


 金の睫毛の奥の瞳が、揺れている。


 普段の令嬢然とした態度ではない。


 真剣で、少し怯えたような色。


 ルミエールは、蒼真の耳元に口を寄せる。


 吐息が触れるほど近く。


「……後で、話があります」


 囁きは小さく、しかしはっきりとした重みを持っていた。


 蒼真は一瞬だけ目を細め、そして短く頷いた。


「わかった」


 ルミエールは少しだけ安心したように息を吐く。


 だが、その表情はすぐにまた曇り、彼女は何か言いかけて口を閉じた。


 蒼真は、ルミエールの言葉の続きを待たず、ただ心の中で整理する。


 校長。


 設置者不明のミラー。


 そして、ルミエールの「話」。


 覗き事件は終わった。


 ――終わったはずなのに。


 蒼真の背中に、見えない糸が絡みつくような感覚があった。


 それがこの学園の“日常”なのか。


 それとも、蒼井蒼真という異物が来たことで、何かが動き出したのか。


 蒼真は廊下の先、職員室へ続く道を見つめる。


 そして、静かに歩き出した。


 真実は、いつも。


 誰かの都合の裏側に隠れている。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ