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その事件、魔法ではありません。~魔力ゼロ転移者の魔法学園生活~  作者: にめ
1学年前期:リリアの相談

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第24話 第六日の夜に消えるもの

第24話 第六日の夜に消えるもの



 図書室の奥、閲覧席としてもあまり使われない小さな空きスペースは、放課後になると驚くほど静かだった。


 外では部活動の掛け声や足音がまだ聞こえているが、分厚い壁と本棚に遮られ、この一角だけは時間がゆっくりと流れているように感じられる。


 リリアは椅子に腰を下ろし、両手でカップを包み込んでいた。淡い香りを立てる静霊茶の湯気が、彼女の眼鏡を少しだけ曇らせる。


 さっきまでの涙は止まっていたが、肩の力はまだ抜け切っていない。


「……もう、大丈夫?」


 蒼真が静かに声をかける。


 リリアは一瞬だけ視線を彷徨わせ、それから小さく頷いた。


「うん。さっきよりは……」


 無理に明るくしようとしていない分、その声は正直だった。


 蒼真はそれ以上踏み込まず、机の上に置いた星糖サイダーを一口飲む。泡の中で微かな光が弾け、喉を通る。


 沈黙が、数拍続いた。


 居心地の悪い沈黙ではない。ただ、言葉を選ぶための間だった。


 先に口を開いたのは、リリアだった。


「……ねえ」


「ルミエールさんの事件、解決したでしょう?」


 蒼真は顔を上げる。


「ああ」


「恋人の“ふり”……もう、終わったんだよね」


 確認するような口調だった。


「そういう話だ」


 淡々とした答え。


 リリアは少しだけ唇を噛み、それから意を決したように続ける。


「……どう思ってるの?」


「ふりでも、好きだった?」


 唐突で、直球の質問だった。


 蒼真はすぐに答えなかった。視線を窓の外へ向け、考える。


「……守る必要がある人だった」


「それ以上のことは、今は考えてない」


 言葉を選んだつもりだったが、正直すぎたかもしれない。


 リリアは一瞬、目を丸くし、それから小さく息を吐いた。


「……そっか」


 どこか、安心したようにも聞こえた。


 しばらくして、彼女は話題を変えるように、頬を赤く染めながら言った。


「あの……私もね」


「蒼井くんじゃなくて……蒼真って、呼びたいんだけど……いいかな?」


 視線は合わない。指先がカップの縁をなぞっている。


「いつの間にか、私のことは……リリアって、呼び捨てだし……」


 蒼真は少しだけ目を瞬かせた。


「あ、いや……最初から呼びやすくて……俺のことは好きに呼んでいいよ」


 言い訳になっていない。


「……改めて、リリアって呼ばせてもらうよ」


 そう言うと、リリアはぱっと顔を上げた。


 耳まで赤い。


「……うん」


 小さく、嬉しそうに頷く。


 その様子を見て、蒼真は自分が思っている以上に、この距離感に慣れてしまっていることに気づいた。



 少し空気が和らいだところで、リリアは姿勢を正した。


 とはいえ、完全に落ち着いたわけではない。蒼真の前に座っているというだけで、意識してしまう距離感がある。


 リリアはカップを持ったまま、ちらりと蒼真を見た。


「……ねえ、蒼真」


「さっきの話だけど……その、呼び方のこと」


 蒼真が顔を向けると、リリアは慌てて視線を逸らす。


「嫌だったら、言って。無理に距離を縮めたいわけじゃなくて……」


「でも……名前で呼ばれると、ちょっとだけ……嬉しくて」


 声が小さくなる。


 蒼真は一瞬だけ黙り込み、それから短く息を吐いた。


「……嫌じゃない」


「呼び方なんて、それぞれが呼びやすいのでいい」


 リリアは驚いたように目を瞬かせ、次の瞬間、頬がさらに赤くなった。


「……ずるい」


「そういうところ」


 蒼真は返答に困り、星糖サイダーをもう一口飲んだ。


「……それでね」


 声の調子が変わる。


「実は、しばらく前から……下着泥棒の被害に遭ってるの」


 蒼真の動きが、わずかに止まった。


「……!」


 思わず視線が泳ぎ、リリアの胸元へ向かいそうになる。


「ちょっと!」


 リリアがすかさず突っ込む。


「今はちゃんと下着つけてます!」


「蒼真のえっち……」


「いや、その……ごめん」


 蒼真は即座に謝った。


 リリアは一瞬だけ呆れた顔をし、それから小さく笑う。


「素直でよろしいわ」


「……今度、見せてあげようか?」


「な、何を言ってるんだ!」


 蒼真が慌てると、リリアは肩をすくめた。


「冗談よ、冗談」


「……冗談はこの辺にして、話を続けるわね」



「私、こう見えて……胸が大きいじゃない?」


 そう前置きしてから、リリアはわざと胸を張る。


 蒼真の視線が、反射的に逸れた。


「……見ないで」


「いや、見てない」


「見てたわ」


「……不可抗力だ」


 リリアは呆れたようにため息をつき、それから少しだけ口元を緩めた。


「ほんと、分かりやすいんだから」


 蒼真は、今度こそ吹きそうになった。


「……なによ」


「乙女が真剣に悩んでるのよ」


「……ごめん」


 真顔で謝る。


 リリアは一度深呼吸してから続けた。


「だから、ブラジャーは特注なの」


「一つ一つがとても高価で……」


「寮の部屋のタンスにしまっておいたはずなのに、気づいたらなくなってるの」


 蒼真はすぐに確認に入った。


「部屋の鍵は?」


「一人部屋よ。留守にするときは必ず閉めてる」


「最初から買ってなかった可能性は?」


「ないわ。ショーツと必ずペアで買うもの」


「ブラだけがなくなって、ショーツだけが残ってる」


 蒼真は小さく息を吸う。


(……目的性が高い)


「密室からの盗難、か……」


 リリアの指先が、膝の上で震えた。


「それに……今までは、不在のときだけだったの」


「でも……」


 言葉が途切れ、リリアの目に涙が浮かぶ。


「……大丈夫。ゆっくりでいい」


 蒼真は声を低くして言った。


「……ごめんね。怖くて……」


 リリアはそう言って、涙をこぼした。


「もしかして……」


 蒼真は慎重に言葉を選ぶ。


「部屋にいる間に、なくなった?」


 リリアは、ゆっくりと頷いた。


「……正確には、寝てるとき」


「次の日の着替えを、ベッドの横のサイドテーブルに置くの」


「でも……朝起きると、ブラだけがなくなってる」


 蒼真の表情が、わずかに変わった。



「時期や曜日に、心当たりはあるか?」


 蒼真の声は、完全に探偵のそれだった。


 リリアは少し考え、静かに答える。


「……たぶん、いつも同じ夜」


「**第六日の夜**……」


「翌朝、**第七日の朝**になると、気づくの」


 蒼真は即座に理解した。


「学園で言う、区切りの前日だな」


「その日は、何か決まった予定があるか?」


「特別なことはないわ」


「ただ……毎週、第六日の放課後に、図書室全体の本の整理があるの」


「それが、とても疲れるの」


「それ以外は?」


「その日は図書委員の仕事があるから、部活にも出てない」


 蒼真は、頭の中で要素を並べていく。



「最近、鍵をなくしたことは?」


 リリアは一瞬、言葉に詰まった。


「……あるわ」


「でも、すぐ見つかったから……気にしてなかった」


「どこにあった?」


「図書委員長が見つけてくれたの」


「図書室のどこかに、置いてあったみたい」


 蒼真は、ゆっくりと頷いた。


「部屋にいるときは、ドアガードもしてるんだな」


「ええ。寮の鍵は、魔法を無効化する特殊鍵よ」


「魔法では、開けられないはず」


 蒼真は、短く息を吐いた。


「……話してくれてありがとう」


「必ず、解決する」


 その言葉に、リリアは縋るような視線を向ける。


「……ほんとう?」


「蒼真……」


「今日、**第五日**なんだけど……」


 蒼真は、間髪入れずに答えた。


「……明日、また盗難が起こるかもしれない」


 夕陽が傾き、図書室の影が長く伸びる。


 窓の外では、空の色がゆっくりと変わり始めていた。昼と夜の境目。学園全体が、一日の終わりへ向かって動き出す時間帯だ。


 リリアはカップを握りしめたまま、小さく呟いた。


「……今日が第五日で、明日が第六日」


 リリアは喉の奥で言葉をつかえさせた。


「……だから……明日の夜が、一番怖い」


 肩が、ほんの少しだけ震える。


「第六日の夜に起きるって分かってるのに……一日、待たなきゃいけないのが、怖いの」


「眠ろうとしても、考えちゃう。明日の放課後、図書室の整理が終わって……寮に戻って……そのあと」


 言葉が、先へ進まない。


 蒼真は頷いた。


「理屈は分かった」


「明日の夜、無事なら一つ可能性が消える。もし起きたなら……」


 言葉を切り、視線をリリアに向ける。


「必ず、現場で止める」


 断定だった。


 リリアは一瞬、息を呑み、それから小さく笑った。


「……探偵さんみたい」


「違う」


「被害を、これ以上増やさないだけだ」


 リリアはその言葉を噛みしめるように頷く。


 そして、少しだけ身体を前に乗り出した。


「……蒼真」


「今日は……一緒に考えてくれる?」


「もちろんだ」


 夕暮れの静かな空間に、二人だけの小さな同盟が結ばれた。


 その夜、何かが起きることを、二人とも――否定できずにいた。


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