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その事件、魔法ではありません。~魔力ゼロ転移者の魔法学園生活~  作者: にめ
1学年前期:ルミエールの相談

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第16話 土下座の告白と、奪われた形見

# 第16話 土下座の告白と、奪われた形見


 ルミエールとアリシアの部屋は、夕方の名残を残した薄明かりに包まれていた。


 窓の外に広がる城塞型学園の外壁は黒く沈み、等間隔に並ぶ灯火だけが規則正しく闇を刻んでいる。風が石壁を撫でる音が、遠くで低く鳴った。


 医務室での一件から、それほど時間は経っていない。空気にはまだ、放課後のざわめきの残響がわずかに漂っていた。


 蒼真の視線の先で、アリシアは椅子の前に立ち尽くしていた。


 顔色は紙のように白い。赤みがかった金髪を揺らしながらも整っているのに、目元だけが崩れている。呼吸が浅く、肩が小さく震えていた。


 蒼井蒼真は、部屋の奥の椅子に腰かけたまま、その様子を見ていた。感情を先に出さない。出すべきなのは、まず状況の骨格だ。


 アリシアは一歩、また一歩と部屋の中央まで進む。


 そして突然、膝が折れた。


 床に落ちる音が、やけに大きく響いた。


 続けて額が床に触れるまで上体を倒す。手のひらを揃え、指先を震わせ、深い土下座。


「ごめんなさい……っ」


 声が掠れ、最後が泣き息に変わった。


「許してください……ルミエール様……蒼真様……」


 ルミエールは言葉を失った。


「……どうして……? アリシア……なにが、あったの……?」


 声に怒りはない。困惑と、見たくない現実を前にした恐怖だけがある。


 蒼真は立ち上がらない。


 土下座は謝罪の形だが、ここまで深いのは「終わりにしたい」という叫びに近い。自主的な共犯者なら、もっと言葉を選び、逃げ道を作る。


 蒼真は静かに言った。


「……脅されていたんですよね」


 アリシアの肩が、びくりと跳ねた。


 ルミエールが蒼真を見る。


「え……?」


 蒼真は淡々と、核心をさらに押し込む。


「エドガー先生に」


 その名前が出た瞬間、空気が一段冷えた。


 アリシアは否定しない。否定できない。


 ルミエールの唇が震える。


「……嘘……。だって、エドガーは……」


 言葉が途切れた。彼女自身、否定の根拠が薄いことに気づいたのだ。


 蒼真は視線を動かさず続ける。


「どんな弱みを握られているんですか」


 アリシアは床に落ちた涙を拭うこともできず、しぼり出す。


「……母の形見……ブローチです……」


 ルミエールが目を見開く。


「ブローチ……あの、手のひらくらいの……」


 アリシアは土下座のまま頷いた。


「……実は……ルミエール様に、お話ししていないことがありまして……」


 声が震える。けれど、言わなければもう終われない。


「うちは……貧しくて……。母は、私にほとんど何も買ってあげられなかったんです……」


 アリシアは唇を噛み、続けた。


「でも……あのブローチだけは……私の誕生日に、無理をして……買ってくれました。母が……唯一、私にくれた贈り物でした……」


 ルミエールが一歩前に出かけ、止まった。


「どうして、すぐ言ってくれなかったの……!」


 怒りというより、苦しさが先に出た声だった。


 アリシアは首を振る。


「言えませんでした……。父もいなくて……母と私を養ってくれたのは、アルセリア家です。これ以上……ご迷惑を……」


 蒼真は、話を逸らさない。


「なくした直後、何があった」


 アリシアはゆっくり上体を起こし、震える手でポケットから折り畳まれた紙を取り出した。何度も開いて閉じた跡があり、角が擦り切れている。


「……下駄箱に、入っていました」


 アリシアは紙を差し出しながら言う。


「その時点で……確信しました。ブローチを持っているのは……エドガー先生だと……」


 蒼真は紙を受け取り、静かに開いた。


 そこに書かれているのは、短い命令。


『大切なブローチを返してほしければ

 今夜、医務室へ来い。

 誰にも言うな。』


 字は整っていて迷いがない。脅しに、感情が混じっていない。


 ルミエールの顔から血の気が引いた。


「……医務室……」


「はい……」


 アリシアは目を伏せた。


「夜……呼ばれて……行きました。灯りが少なくて……医務室の白い匂いが……夜は、余計に……」


 蒼真は淡々と促す。


「そこで、何を言われた」


 アリシアは喉を鳴らし、思い出すだけで体が縮むのを感じながら、言葉を吐き出した。


「……『返せない』って……言われました。代わりに……条件を出されました」


 ルミエールが唇を噛む。


「条件……」


 アリシアは頷く。


「最初は……盗撮しろって……言われました……」


 アリシアは嗚咽を噛み殺す。


「そうすれば……怖くなって……ルミエール様は……エドガー先生を……頼るようになるだろうって……」


 蒼真が確認する。


「手紙は」


「……投函を……させられました。ルミエール様宛ての……」


 ルミエールの肩が震えた。


 アリシアは続ける。


「それから……ルミエール様が、どこへ行くのか、誰と会うのか……行動を……報告しろって……」


 言葉の端々が、噛み砕かれた。


 蒼真は、その噛み砕かれ方を見逃さない。


「最近、要求が変わった」


 アリシアの目が揺れ、涙が溢れた。


「……はい……。どんどん……要求が……。私……こわくなってしまって……」


 そして、最も言いたくない言葉を言う。


「……睡眠薬を……飲ませろって……」


 ルミエールが息を呑む。


「……っ」


 蒼真の胸の奥で、冷たい警告が鳴った。


 それは「眠らせる」だけの道具じゃない。抵抗を奪い、運び、曖昧にする。被害は次の段階へ移る。


 アリシアは崩れるように泣いた。


「私……私、止めたかったんです……でも……ブローチが……母の……」


 ルミエールが、震える声で言う。


「……アリシア。あなたのお母さん……エレノアさん……」


 アリシアが顔を上げた。


「……母の名前……」


 ルミエールは、蒼真へ視線を向け、言葉を選びながら語り始めた。これはアリシアを裁くためではない。理解のためだ。


「アリシアの父は……女癖が悪くて……不倫相手と一緒に、ある日突然いなくなったの」


 アリシアが唇を噛む。


「父が蒸発したあと……行き場を失ったアリシアとエレノアを、アルセリア家が引き取ったの。母のエレノアは……そこで働くようになった。執事というより……家の“手足”みたいに何でもできて……有能で……そして、綺麗だった」


 ルミエールは続ける。


「それが、周りの嫉妬を買ったのよ。『旦那様の愛人だ』なんて……勝手な噂が流れた。でも……そんなの、事実無根。私が知ってる」


 アリシアの目から涙が落ちた。


「母は……病で亡くなりました……」


 ルミエールの声が震える。


「……ばかね……」


 怒鳴るようではなく、泣きそうな声。


「家族なんだから……もっと迷惑、かけなさいよ……」


 アリシアは何度も首を振る。


「私には……そんな資格……」


 蒼真は、そこで言葉を差し込んだ。


「話してくれて、ありがとう」


 アリシアが瞬きをする。


 蒼真は続ける。


「ブローチは取り戻します。心配しなくていい」


 その断言は、慰めではなく“行動の宣言”だった。


 アリシアは泣きながら息を吸う。


「……本当に……」


 蒼真は机の上の紙を一度だけ見下ろし、言葉を選ぶ。


 ここで、軽さが必要だ。


 重い事実を扱っているからこそ、卑猥にしないまま“心”を戻す一手。


 蒼真は、机の端に置かれていた封筒から、例の写真束を取り出した。


 ルミエールが反射的に目を逸らしそうになり、踏みとどまる。


 蒼真は一枚を持ち上げ、淡々と告げた。


「……それに、この写真」


 ルミエールの喉が鳴る。


 アリシアが怯えたように肩をすくめる。


 蒼真は、写真を批評するような口調で言った。


「ルミエールさん、すごく綺麗に写ってます」


 アリシアが目を丸くする。


「……え……?」


 ルミエールも一瞬固まり、それから――僅かに頬を赤らめた。


「な、なにを……そんな……!」


 蒼真は真顔のまま。


「事実です。被写体の条件がいい」


 アリシアの口元が、泣きながらほんの少しだけ緩む。


「……ありがとう……ございます……」


 ルミエールが咳払いをし、いつもの貴族令嬢らしい言葉を取り戻す。


「被写体が良いからでございますわ」


 場違いな自信満々の言い方に、アリシアが涙のまま小さく笑い、すぐに泣き顔へ戻った。


 ルミエールは、写真ではなく手紙の束へ視線を落とす。


「……この手紙……」


 指先が震える。


「私も……ちゃんと読んでいれば……もっと早く、気づけたかもしれない……」


 蒼真は首を横に振る。


「気づけなかったのは、あなたの罪じゃない。相手が“そう作った”」


 ルミエールが蒼真を見る。


「作った……?」


「信じたいものを信じさせる。疑うべきところを見えなくする。……それが、この事件の構造です」


 アリシアは、震える手を握りしめた。


「……私……職員室に行って……担任の先生に……全部……」


 ルミエールが息を呑む。


「アリシア……」


 しかし、蒼真ははっきり言った。


「……それでは、解決しません」


 二人が同時に蒼真を見る。


「どうして……!」


 ルミエールの声は怒りというより焦りだった。


 蒼真は淡々と説明する。


「今、告発しても、証拠の主導権は相手にある。相手は“善良な医師”として学園の信用を持ってる。あなたたちが壊れるだけです」


 アリシアが唇を噛む。


「……じゃあ……私、どうすれば……」


 蒼真は机の上の脅迫文に指を置いた。


「もっといい方法があります」


 ルミエールが息を止める。


 蒼真は静かに言う。


「アリシアさん」


 アリシアが顔を上げる。


「……少し、手伝ってください」


 アリシアの瞳が大きく揺れた。恐怖と、希望と、罪悪感が混ざった揺れ。


 蒼真は続ける。


「結果的に……あなたが疑われる可能性は、ゼロじゃありません。それでも……相手の“構造”を折るために、必要なんです」


 ルミエールが、ゆっくり頷く。


「……蒼真。あなた、何をするつもり?」


「最短で被害を止めます」


 蒼真の答えは、それだけだった。


 正義ではなく、最短。


 罰ではなく、停止。


 アリシアは息を吸い直し、深く頭を下げた。


 今度は土下座ではない。


 立ったままの、震えるお辞儀。


「……はい。……私、できることなら……何でも……」


 ルミエールがアリシアの手を取る。


「一人で背負わないで。……家族なんだから」


 ルミエールは蒼真を見て、はっきりと尋ねた。


「……蒼真。私に、できることは?」


 アリシアは泣きながら頷き、指先を握り返した。


 蒼真は、机の上の紙を見下ろす。


 整った字。迷いのない命令。


 迷いのない相手には、迷いのない論理で折り返すしかない。


 窓の外で、風がまた低く鳴った。


 白い医務室。


 夜。


 睡眠薬。


 そして――加害構造の中心にいる男。


 蒼真は、静かに結論だけを心の中で確定させた。


 ここから反撃が始まる。


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