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その事件、魔法ではありません。~魔力ゼロ転移者の魔法学園生活~  作者: にめ
1学年前期:ルミエールの相談

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第15話 縦読みの手紙と、助けを求める声

# 第15話 縦読みの手紙と、助けを求める声


 放課後の女子寮は、授業の余韻を残しながらも、どこか落ち着いた空気に包まれていた。医務室での騒ぎと同じ日の、まだ完全に夜にはなりきらない時間帯だ。


 廊下の窓から差し込む橙の光が、磨かれた床板に細い帯を作っている。遠くで誰かが扉を閉める音がした。部活帰りの生徒たちの足音も、ここまで届くころには角が取れて、どこか柔らかい。


 蒼真は、息をひとつ整えてから女子寮の廊下に足を踏み入れた。


 医務室でのやり取りが頭から離れない。ルミエールの怒りと涙、アリシアの必死の追いかけ方。そして、扉の向こうで最後に見えた背中。


 ルミエールとアリシアが使っている部屋の前、そのすぐ脇の廊下で、蒼真は足を止めた。


 そこに、アリシアがいた。


 ルミエールの部屋の横、壁際に背を預けるようにして座り込んでいる。両手で顔を覆い、声を殺して泣いているのが分かった。肩が小刻みに揺れ、まとめた髪も少し乱れている。頬には、拭いきれなかった涙の跡が残っていた。


 蒼真は近づき、しゃがみ込む。


「アリシアさん、大丈夫?」


 声をかけると、アリシアははっとしたように顔を上げた。目が赤い。驚きよりも、責めるような怯えが先に浮かぶ。


「蒼真さま……」


 アリシアは唇を噛み、言葉を探すように視線を落とした。


「ごめんなさい……わたしのせいで……」


「君のせいじゃない」


 蒼真は即答した。慰める口調ではなく、事実として切り捨てる言い方。


 アリシアの肩がわずかに揺れた。


「でも……わたしが、止めきれなかったから……ルミエール様が……あんなふうに……」


「止められる相手じゃない。――止めるべき相手でもない」


 アリシアは小さく目を見開く。


 蒼真は、視線を逸らさず言った。


「今夜、決着をつけよう」


「……え?」


 決着、という言葉は強い。けれど蒼真の表情は、怒りではなく、淡々としていた。


「暴れるって意味じゃない。整理する。事実を繋げる。君が知ってることも、全部」


 アリシアは、胸の前で指を絡めた。揺れるまつ毛の奥に、罪悪感と、縋るような希望が混ざっている。


「……ルミエール様、今……お部屋にいます。わたし、ここで待ってたんです。入ったら、余計に……」


「それでいい」


 蒼真は立ち上がり、ルミエールの部屋の扉へ向かった。


 扉の前で、一度だけ振り返る。


「アリシアさん。君も一緒に来て」


 アリシアは迷ったが、こくりと頷いて立ち上がった。


 ◇


 蒼真は扉をノックした。


「ルミエール。……俺だ」


 返事はない。


 もう一度、少しだけ優しくノックする。


「蒼真だ。入ってもいいか」


 沈黙。


 それでも蒼真は焦らなかった。扉の向こうにあるのは、答えを用意した人間ではなく、感情に追い詰められた人間だ。


 やがて、扉がほんの少しだけ開いた。


 覗いた顔は、泣いていた。


 目が真っ赤になっている。いつも整っている金髪は少し乱れ、頬のあたりに涙の跡が残っている。強い光をまとっていたはずのルミエールが、今は小さく見えた。


「……蒼真……」


 名前を呼ぶ声が、かすれている。


 蒼真が何か言う前に、ルミエールはとっさに扉を開け、蒼真の胸へ飛び込んできた。


 ぎゅっと、力任せに抱きつく。


 蒼真は一瞬だけ固まったが、すぐに腕を回し、背中にそっと手を置いた。


 そして、頭を撫でる。


「……大丈夫だ」


 短い言葉。


 それだけで、ルミエールの肩の震えが強くなった。


「……っ、……うぅ……」


 泣き声が漏れる。堪えようとしても堪えきれない、息を吸うたびに壊れていくような音。


 蒼真は何も言わず、ただ撫で続けた。慰めの言葉を重ねると、逆に彼女の誇りを削る気がした。


 背後で、アリシアが息を呑む気配がした。


「ルミエール様……」


 アリシアの声は震えていた。


 ルミエールはようやく顔を上げ、アリシアの姿に気づく。とたんに、泣き顔のまま、申し訳なさそうに唇を噛んだ。


「……アリシア……ごめんなさい」


「いいえ……ルミエール様……」


 蒼真は二人を見て、短く言った。


「中に入ろう」


 ◇


 部屋の中は、普段より少し散らかっていた。


 椅子が机からずれている。鏡台の上に小物が乱雑に置かれ、ベッドの上には脱ぎかけのカーディガンが投げ出されていた。乱れは、ルミエールの内側の乱れをそのまま写している。


 ルミエールはベッドの端に座り、両手で顔を覆った。アリシアは少し離れた位置で立ち尽くし、蒼真は机の横に立って状況を見渡す。


 しばらく沈黙が落ちた。


 その沈黙を破ったのは、ルミエールだった。


「……私なら、まだ……我慢できたの」


 指の隙間から、声が漏れる。


「貴族ならこうしろ、委員長ならこうあるべきだって……言われるの、慣れてる。……きっと、これからも」


 肩が小さく震えた。


「着る服も、好きな場所も、行きたいカフェも……全部、勝手に決められて。息ができなくても……“貴族だから”って、笑えばいい」


 ゆっくりと手を下ろし、涙で濡れた目で蒼真を見る。


「……でもね」


 声が少しだけ強くなる。


「蒼真の悪口は……許せなかったの」


 その言葉で、アリシアが小さく息を吸った。


「“どこの馬の骨かわからない”って……」


 ルミエールは、唇を噛んだ。


「……蒼真は、私をちゃんと見てくれるのに」


 目尻から涙が落ちる。


「私の服を、笑わないで褒めてくれた。……あんなふうに言われたの、初めてだった」


 そして、少しだけ頬を赤くする。


「……だから、先日……嬉しくて。あのカフェも……本当は、ずっと行ってみたかったの」


 沈黙。


 蒼真は、まっすぐに頷いた。


「怒っていい」


 短い肯定。


 ルミエールが瞬きをする。


「それは、正しい感情だ」


 蒼真は淡々と続ける。


「大切にしてる人を侮辱されたら、怒らない方がおかしい」


 その言葉は、ルミエールの胸の奥に刺さっていた針を一本、抜くみたいに作用した。


 ルミエールは目を伏せ、涙を袖で拭く。


「……蒼真って、変」


「どこが」


「こういうとき……もっと……優しい言葉を、言うのかと思った」


「優しい言葉は、相手のためじゃなくて自分のために言うこともある」


 蒼真の返答は冷静だった。


「今、必要なのは、君が悪くないってことと、君が怒っていいってこと。それだけだ」


 ルミエールは、今度は小さく笑った。涙を残したままの笑顔。


「……うん」


 それから、少しだけ蒼真の方にもたれかかる。


 肩が触れるか触れないかの距離。けれど蒼真は逃げなかった。


 アリシアはその光景を見て、目を伏せた。安心と、複雑な感情が交じったような表情。


 蒼真は、そこで空気を切り替えた。


「……ここからは、探偵の話をする」


 ルミエールが顔を上げる。


「探偵……」


「君に届いている手紙と写真。あれを“事件”として扱う」


 蒼真は机の上に置かれた封筒の束に目を向けた。ルミエールが大切に――あるいは恐れて保管していたもの。


「犯人が誰かは、まだ決めない。でも、構造を整理する」


 ルミエールは小さく頷き、引き出しから封筒を一つ取り出した。


「……これ」


 蒼真は受け取り、封を切らずに外側を見た。筆跡は丁寧で、癖が少ない。だが丁寧すぎる字は、逆に“感情”が薄い。


「写真も」


 ルミエールは、小さな束を出した。学園内の回廊、図書館前、寮の中庭。どれも日常のワンシーンなのに、撮影者の視線がまとわりつく。


 蒼真は写真を一枚ずつ眺め、距離感を測る。


「……近い」


 ルミエールが苦い顔をする。


「そう。……気づかないくらい近くにいるの。私の背後とか、横とか……」


 蒼真は写真を戻し、改めて一枚一枚を確認した。


 学園内の回廊や中庭だけではない。女子更衣室の中から撮られたもの、背後から不意に写されたもの、そして――ルミエール自身が心から笑っている瞬間を切り取った写真もあった。


「……これは、エドガー先生じゃ撮れない」


 蒼真は低く言った。


「少なくとも、単独では無理だ。君のすぐ近くにいられる人間じゃないと撮れない写真が混ざってる」


 そう言ってから、封筒の中身――手紙を取り出した。


 そこには、歪んだ愛情が綴られていた。


> **る**みえーる、今日も綺麗だった

> **み**んな君を見ていたけど、本当は僕だけを見ればいい

> **え**らばれる立場にいる君は、間違えちゃいけない

> **ー**つもより感情が揺れているように見えた

> **る**ールを守れないときもある、それは仕方ない

>

> **ゆ**っくりでいいんだ

> **る**みえーるが正しくなれるまで、僕がそばにいる

> **し**んじてほしい、これは愛なんだ

> **て**ばなさなければ、きっと全部うまくいく

>

> **た**だ君が拒むから、少しおかしくなる

> **す**べて君のためにやっているのに

> **け**っして君を傷つけたいわけじゃない

> **て**を伸ばして、許してほしい


 紙は高級で、香りが移っている。だがその香りは花の甘さというより、何かを覆い隠すための甘さだった。


 蒼真は手紙を読み、途中で視線を止めた。


「……これ、縦に読んで」


 ルミエールが首を傾げる。


「縦……?」


 蒼真は、手紙を机の上に置き、行頭を指で追った。


 ――一行目の最初の文字。


 ル。


 次の行。


 ミ。


 その次。


 エ。


 ゆっくりと繋いでいくと、最初の数行が一つの言葉になる。


 ルミエールは目を見開いた。


「……る、み、え……」


 蒼真が頷く。


「続けて」


 ルミエールは震える指で、行頭を辿った。


 ――やがて、文字列が完成する。


「……るみえーる……」


 次の段。


「……ゆるして……」


 そして。


「……たすけて……」


 ルミエールの顔から、血の気が引いた。


 アリシアも息を呑み、口元に手を当てた。


「……なに、これ……」


 ルミエールの声が、掠れる。


 蒼真は静かに、手紙の本文を読める角度に直した。


 手紙は――整っているようで、歪んでいた。


 相手を褒める言葉の中に、命令が混ざる。守ると言いながら、選択肢を奪う。愛と言いながら、相手の意思を無視する。


 そして何より。


 縦読みの「たすけて」が、本文の“所有”と噛み合っていない。


「犯人が、こういう縦読みを入れる理由は二つ」


 蒼真は淡々と言った。


「一つは、遊び。相手を怖がらせるための悪趣味」


 ルミエールが身をすくめる。


「でも、それなら“たすけて”は不自然だ」


 蒼真は指先で机を軽く叩いた。


「もう一つは、別の人間が混ざっている」


 アリシアが小さく首を振る。


「別の……人?」


「協力者。……あるいは、書かされている人」


 ルミエールの唇が震えた。


「そんな……」


「写真の距離もそうだ。君のすぐ近くにいられる人間がいる」


 蒼真は写真の束を指で整える。


「それがエドガー本人だとしても、手紙の文章の“質”が一致しない。彼はもっと“正しさ”を振りかざすタイプだ。――医務室で聞いた限りでは」


 ルミエールは、思い出したように肩を震わせた。


「……あの人は……“運命”って言った」


「そう」


 蒼真は頷く。


「運命を口にする人間が、こそこそ手紙を送るか? 送るとしても、縦読みで助けを求めるような形にするか?」


 答えは、まだ出せない。


 だからこそ、蒼真は最後に視線を横へ滑らせた。


 アリシアを見る。


 アリシアは、固まっていた。何か言いたいのに言えない顔。知っているのに、言葉にした瞬間、壊れてしまうものを抱えている顔。


 蒼真は声を落とし、けれど逃げ道を残さない問いを投げた。


「どう思います?」


 アリシアの喉が、小さく鳴った。


「アリシアさん」


 その瞬間、部屋の空気が、ぴんと張った。


 ルミエールも、泣き腫らした目でアリシアを見つめる。


 アリシアは、唇を震わせた。


 ――言うべきか。


 ――言ったら、何が変わるのか。


 蒼真は待った。


 今夜、決着をつけると口にしたのは、ただの強がりじゃない。


 この一言が、事件の輪郭を変える。


 そして、ルミエールの未来も。


 アリシアは、息を吸った。


 答えが、こぼれ落ちる直前。


 


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