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魔力ゼロ探偵と美少女たちの魔法学園事件簿 ~その事件、魔法じゃありません!~  作者: にめ
1学年前期:ボタニカル・マギアフェスタ

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第86話 祭りの翌朝と、広まりすぎた噂(2)

第86話 祭りの翌朝と、広まりすぎた噂




 ルミエールは、ゆっくり顔を上げた。


 金色の髪が肩に流れる。普段なら品よく微笑むところだが、今日は少しだけ唇を尖らせていた。


「……私ですか?」


「ああ。昨日、エルミナ先輩と会ったところまでは見てただろ」


「見ていました」


「なら、説明を」


 ルミエールは少し考えるように視線を逸らした。


 それから、にこりと笑った。


 笑顔は綺麗だった。


 だが、蒼真はその笑顔に嫌な予感を覚えた。


「私は、夕方までは蒼真さんと一緒にいました」


「そうだな」


「屋台で一緒に食事をして、花冠を作ってもらって、香り占いもして、アクセサリーもいただきました」


 教室がざわつく。


 フレイアがこちらを見る。


「アクセサリー?」


「それは昨日の記念で……」


 セレナが反応する。


「花冠まで?」


「いや、それは体験屋台で」


 ルミエールは続けた。


「そのあと、エルミナ先輩の研究発表を見に行きました。そこでエルミナ先輩と合流して……」


 蒼真は頷く。


「そう、そこからだ。そこまでは問題ない」


「はい。そこまでは」


 ルミエールは、そこで少しだけ頬を膨らませた。


「その後、エルミナ先輩に蒼真さんを取られてしまったので、そのあとのことは私は知りません」


「ルミエール……」


 蒼真は絶望的な声を出した。


 事実だ。


 確かに事実だけを言っている。


 だが、その言い方では完全に疑惑が深まる。


 フレイアが勢いよく指を差した。


「やっぱり!」


「やっぱりじゃない」


 セレナは冷静に頷いた。


「ルミエールの証言により、少なくとも途中から二人きりになったことは確定しましたわ」


「確定させるな」


「では否定できるのですか?」


「……二人きりだった時間はある」


「不潔ですわ」


 セレナがばっさり言った。


 その瞬間、自分で言った言葉に驚いたのか、セレナの顔が少し赤くなった。


 フレイアが目ざとく見る。


「セレナ、今すごく感情入ってた」


「入っていませんわ」


「絶対入ってた」


「事実を述べただけです」


 蒼真は頭痛を覚えた。


 事件なら、証言の矛盾を探す。

 犯人なら、動機と機会を整理する。

 トリックなら、物理法則や魔法の性質を確認する。


 だが、この状況では、何を整理しても自分が追い詰められていく。


「だから、本当に何もしてない」


 蒼真はもう一度言った。


「昨日は、パレードのあと、エルミナさん……いや、エルミナ先輩に部屋に誘われた。そこまでは事実だ」


「部屋に誘われたんだ」


 フレイアの声が低くなる。


「誘われたというか、来ないかと言われて」


「同じですわ」


 セレナが即座に言う。


 蒼真は続ける。


「部屋に行った。植物が多くて、少し落ち着く部屋だった。それで、座って待っている間に眠くなって……気づいたら朝だった」


「その間、エルミナ先輩は?」


「分からない。朝にはいなかった。手紙だけ残っていた」


 フレイアの目が光った。


「手紙?」


「……あ」


 蒼真はしまったと思った。


 言わなくていいことを言った。


 ルミエールの目が細くなる。


「手紙、ですか」


 セレナも静かに言う。


「内容は?」


「たいした内容じゃない」


「それは、こちらが判断しますわ」


「いや、プライベートな……」


 フレイアがずいっと近づく。


「読んで」


「嫌だ」


「やましいから?」


「違う」


「じゃあ読めるでしょ?」


 完全に詰められている。


 蒼真は視線を逸らした。


「……昨日は楽しかった。今度はゆっくりしましょう、みたいな内容だ」


 教室が爆発したようにざわついた。


「今度はゆっくり!?」

「完全に次の約束じゃん!」

「エルミナ先輩がそんなことを……」

「すごい……」


 フレイアは口をぱくぱくさせた。


「ゆ、ゆっくりって何よ!」


「知らない」


「知らないわけないでしょ!」


「本当に知らない」


 セレナは手を口元に当て、真剣に考え込んでいる。


「つまり、昨夜はゆっくりできなかったという意味……」


「分析しなくていい」


「そして、次回はゆっくりしたいという意思表示……」


「やめろ」


「これは、かなり進んだ関係の表現では……」


「違う」


 蒼真は思わず声を強めた。


 すると、ルミエールがぽつりと言った。


「……私とは、まだそんなお手紙のやり取り、していません」


 その声は小さかった。


 だが、蒼真にははっきり聞こえた。


 ルミエールはすぐに顔を逸らす。


「いえ、何でもありません」


 蒼真は言葉に詰まった。


 ルミエールが嫉妬している。


 そう判断するには、まだ証拠が足りない。


 だが、今の声には明らかに寂しさがあった。


 フレイアもそれに気づいたのか、少しだけ勢いを落とす。


「……ルミエール」


「大丈夫よ。私は事実を言っただけだから」


 ルミエールは微笑む。


 けれど、その微笑みはいつものように明るくなかった。


 セレナが視線を落とす。


「……軽率ですわ、蒼真」


 今度の声は、責めるというより、どこか拗ねていた。


「エルミナ先輩が魅力的な方であることは分かっています。植物に対する知識も、人格も、立場も、尊敬すべき方です。けれど……」


 セレナはそこで言葉を切った。


「けれど?」


 蒼真が聞くと、セレナは顔を赤くした。


「けれど、順序というものが……」


「順序?」


「な、何でもありませんわ!」


 フレイアがにやっとする。


「セレナ、また本音出かけた」


「出ていません」


「“私とはまだなのに”って顔してた」


「していません!」


 セレナは珍しく声を荒げた。


 教室の空気が少しだけ緩む。


 だが、蒼真への視線はまだ消えない。


 アリシアが恐る恐る近づいてきた。


「蒼真さん」


「アリシアさん」


「私は……その、蒼真さんが本当に疲れて眠ってしまっただけかもしれないと思います」


 蒼真は少し救われた気がした。


「ありがとう」


 しかし、アリシアは続けた。


「でも、エルミナ先輩のお部屋に泊まったこと自体は、やっぱり誤解されても仕方ないと思います」


「……はい」


 救いは半分だった。


 フレイアが頷く。


「アリシアの言う通り」


 ルミエールも静かに頷く。


「そうですね」


 セレナも言う。


「反省すべきですわ」


 蒼真は完全に囲まれていた。


 これ以上、何を言っても状況は改善しない。


 むしろ悪化する。


 蒼真は、事件現場で得た経験から判断した。


 無理に発言を続けると、不要な証言が増える。

 不要な証言は、誤解の材料になる。

 ここは撤退するべきだ。


「……少し、頭を冷やしてくる」


 蒼真は静かに言った。


 フレイアがすぐに反応する。


「逃げた!」


「逃げてない。状況整理だ」


「逃げる人はみんなそう言うのよ」


 セレナが冷静に追撃する。


「説明責任を放棄するのですか?」


「説明はした」


「不十分ですわ」


「これ以上説明しても、俺に不利な情報しか増えない気がする」


 ルミエールが小さく笑った。


「蒼真さんらしい判断ですね」


「褒めてるのか?」


「半分は」


「残り半分は?」


「少し、怒っています」


 その言葉に、蒼真は胸が詰まった。


 ルミエールは笑っている。


 でも、怒っている。


 その怒りは、嫌悪ではない。


 もっと柔らかくて、扱いに困るものだ。


 蒼真は、どう返せばいいか分からなかった。


「……悪かった」


 自然に謝罪が出た。


 ルミエールは少しだけ目を見開く。


「蒼真さんが、そこで謝るのはずるいです」


「ずるい?」


「はい」


 ルミエールは視線を逸らした。


「怒りにくくなります」


 フレイアがむっとする。


「私はまだ怒ってるからね」


「分かってる」


「本当に分かってる?」


「たぶん」


「ほら、またたぶん!」


 蒼真は小さくため息をついた。


 もう駄目だ。


 この場では何を言っても炎上する。


 物理的な炎上ではないだけ、教室暴走事件よりましなのかもしれないが、精神的にはかなり厄介だった。


 蒼真は鞄を手に取る。


「図書室に行ってくる」


 その瞬間、ルミエールが言った。


「やっぱり」


 蒼真は振り返る。


「なんで分かるんだ」


「蒼真さんが困ったときに行く場所ですから」


 ルミエールは、少し寂しそうに笑った。


「事件でも、勉強でも、気持ちの整理でも。蒼真さんは本に囲まれる場所へ行くでしょう?」


 蒼真は返事に困った。


 確かにその通りだった。


 この世界に来てから、何度も図書室へ行った。

 召喚について調べるため。

 魔法を知るため。

 事件を整理するため。

 そして、気持ちを落ち着けるため。


 ルミエールは、それを見ていた。


「……よく見てるな」


 蒼真が言うと、ルミエールは少しだけ頬を赤くした。


「見ていますよ。蒼真さんのことは」


 教室の空気がまた変わる。


 フレイアが「あ」と声を漏らす。


 セレナが視線を逸らす。


 アリシアは小さく微笑む。


 ルミエール自身も、今の言葉に気づいたらしく、慌てて咳払いした。


「と、とにかく。図書室に行くなら、ちゃんと戻ってきてくださいね」


「ああ」


「逃げっぱなしは駄目です」


「分かった」


 フレイアが腕を組む。


「あとでちゃんと説明してよね」


「できる範囲でな」


「全部」


「……努力する」


 セレナが静かに言う。


「私は、軽率な行動について再考を求めますわ」


「分かった」


「それと……」


 セレナは少し言い淀む。


「それと?」


「……次に誰かの部屋へ行くなら、せめて事前に誰かへ知らせるべきですわ」


「それはそうだな」


「特に、夜は」


「反省してる」


「ならよろしいですわ」


 セレナは満足したように頷いた。


 だが、すぐに小さく付け足した。


「……まったく、私ともまだなのに」


「え?」


「何でもありませんわ!」


 今度は完全に聞こえた。


 だが、蒼真は聞かなかったことにした。


 聞いたことにすると、さらに面倒になる。


 フレイアは聞いていたらしく、にやにやしている。


「セレナ、やっぱり言った」


「言っていません!」


「言ったわよ」


「言ってません!」


 そのやり取りを背に、蒼真は教室を出た。


 廊下に出ると、少しだけ空気が軽くなった気がした。


 だが、安心したのも束の間。


 廊下を歩いていた女子生徒二人が、蒼真を見るなり足を止めた。


「あ……」


「エルミナ先輩の……」


 蒼真は目を伏せた。


 教室だけではない。


 やはり、噂は学園中に広がっている。


 中庭の後片付けをしていた生徒も、こちらをちらりと見る。


「魔力ゼロなのに、恋愛方面はすごいんだな」

「エルミナ先輩って、男子を近づけない人じゃなかった?」

「昨日のパレードで一緒にいたらしいよ」


 蒼真は歩きながら、頭の中で状況を整理しようとした。


 噂の発生源。

 目撃者。

 伝達経路。

 内容の変化。


 だが、途中でやめた。


 これは事件ではない。


 いや、ある意味では事件かもしれないが、犯人を捜しても仕方がない。


 エルミナの部屋から朝に出てきたのは事実なのだ。


 その事実がある限り、噂は消えない。


「……魔法犯罪より厄介かもしれないな」


 蒼真は小さく呟いた。


 昨日まで華やかだった植物祭の飾りが、廊下の端に積まれている。


 花の香りはまだ残っているのに、空気はもう次の日常へ戻ろうとしている。


 けれど、蒼真の周囲だけは、まだ祭りの余熱が消えていない。


 エルミナの手紙。

 ルミエールの寂しそうな目。

 フレイアの怒った顔。

 セレナの赤い耳。

 アリシアの控えめなフォロー。


 どれも、推理の材料にはならない。


 けれど、無視していいものでもなかった。


 蒼真は図書室へ向かう廊下を進む。


 紙とインクの匂いがする場所。


 静かで、少しだけ世界から距離を取れる場所。


 そこでなら、少しは落ち着けるかもしれない。


 そう思いながら、蒼真は図書室の扉へ向かった。

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